第12話 俺には休日というものはないのか
休日だ。
休日となれば俺は俺にとっては最高の日だ。
今日は新刊のラノベが発売される。それを買いに行かないといけなかった。
電子書籍でも読めるが俺は紙媒体で読む派なのだ。
紙媒体の方が呼んでる感触があるし、なにより目が疲れない。
手に入れたいラノベは手に入れた。
あとは家に帰ってじっくりと読むだけだ。
俺は新しく買ったラノベは3回読むのがルーティーンだ。
最初の一回目は純粋に読書。二回目はもう少し深く読む。言葉遣いや最初に読んで気が付かなかった点を見つけたりする。三回目はそれを踏まえてもう一度読む。それによってさらに深い理解と満足感を得られる。
だから一冊満足するために一日かかる。
時間は有限だ。
すぐさま帰らなければ。すぐに帰って一秒でも早く読み始めなければ。
速足で俺は家へと急ぐ。
休日は女の子と接触することはない。つまりストレスが少しもかからない日だ。
しかし、外に出ればその可能性は出てくる。
外は危険な場所だ。
そういう面でも早く安全なうちに帰らなければならない。
「あれ~?有馬君じゃん」
背中に鳥肌が立った。
背筋が凍るような声が今聞こえてきた。
後ろの方から聞きなれた声で俺の名前が呼ばれた。
危険だ。危険な人物からの声だ。
確実にあの人だとわかる。俺の第六感がある特定の人物の声だと理解した。
振り返ってはいけない。振り返っていいことなんてない。
それにあれだ。そもそも俺を呼んだんじゃないかもしれない。
有馬という苗字はそれなりにある。もしかしたら俺じゃないかもしれない。
きっとそうだ。
俺は呼ばれていない。
中学時代にも俺が呼ばれたと思って振り返ったら全く別の人が呼ばれていて、なんか嫌な顔されたこともあった。そうなってしまうかもしれない。
今回もそんなパターンだろう。
そうそう。外見はこんな感じだけど中身は所詮陰キャオタクだ。三次元で自意識過剰はいけないことなのだ。
早く家に帰ろう。早く帰って買った本を味わいつくさないと。
「有馬君」
今度は正面から聞こえてきた。
後ろから聞こえてきた声が今度は前から聞こえてくるはずはない。
ということは空耳だったのか。
そっか。俺の頭が空耳を聞いてしまって体が反応してしまったのか。
そうかそうか。そういうことか。
「あ~り~ま~君」
そこにいた。
そこに立っていた。
声の主が。
雨宮寧々さんが立っている。
なぜだ⁉後ろから声をかけられたはずなのになぜか俺の前に立っているんだ⁉。
俺は思わず後退して距離をとった。
「有馬君。こんにちは」
「こ、こんにちは……………」
最悪だ。
休日というストレスから解放される日に彼女に出会うなんて。
しかも彼女の服装がよくない。
派手じゃないが露出が多い。足も出てるし、胸元も普通の服より見えやすくなっている。しゃがんだら見えてしまうようなタイプだ。
そんな服装をしている彼女と俺は相性が悪すぎる。
「ねえ、有馬君」
少しばかり怪訝そうな表情を彼女はしていた。
「さっき私のことを無視したでしょ?」
「む、無視?なんことですか?俺がそんなことするはずないじゃないですか」
「でも私が呼んだ瞬間一瞬止まったよね」
「た、確かに自分が呼ばれたかもとは思いましたけど。別人だと思ったので」
「何しているの?」
「ちょっと…………買い物を……」
「買い物か。何買ったの?」
「ほ、本です」
「どんな本?」
「小説………です」
「へえ~小説か。どのジャンル?」
「えっと…………恋愛系」
ヤバい。本は全部ラノベだ。
こういうタイプの人はラノベをエロ本だと認識するタイプの人だ。オタクとしてはイラストが少しエッチなだけでエロ本扱いされるのは困ってしまう。
特に彼女みたいな人が知ってしまうのはまずい。
「意外だね」
「雨宮さんはほんとか読まれるんですか」
「読まないよ」
読まないのかい。
「それじゃあ俺ここで失礼しますね」
危ない。これ以上は危険すぎる。本の中身を見せてなんて言われたときには俺は終わってしまう。今すぐここから立ち去らないと。
「おっと」
ショルダーバッグを掴まれた。
「こんなところであったんだしちょっとお茶しようよ」
「お、お茶って………。雨宮さん何か用事があるんじゃ…………」
「なんとかく出かけただけだよ」
きっと夜まで時間つぶしだろ。
夜とかにどっかの男といけないことをするって感じか。大学生か社会人か。
昼は俺で時間つぶしということですか。
俺としては今すぐに帰りたいところなんですがね。
「ね?せっかくだしさ」
「そ、そうですね……………」
連れてこられたのはス●バだった。
こんな陽キャしかこないような場所に行かないといけないっていうのか。
「何飲む?」
すらすらと何かを注文していた。
俺には理解できない。
「あれ?頼まないの?」
「あ、いや、まあ………‥…ここ来たことがなくてですね」
「へぇ~そうなんだ」
自分の弱みを見せるようなことをしてしまった。
どうしよう。
このままだと俺
「何飲みたい?コーヒー?ラテ系?」
「ら、ラテ系がいいです」
「抹茶とかいろいろあるけど」
「普通のでいいです」
「甘さは?」
「甘めがいいですかね」
「おっけ~」
何言っているか全然わからない。
おそらく注文をしているとは思うんだが、呪文のように聞こえてしまう。
「注文できたよ」
はやっ!
しかもなんか女性店員さんの目なんかキラキラしているし。
先に会計を済ませて、待つこと少し。注文した商品を受け取る。遠目でしか見たことのないこの店の商品を俺は手にしていることに少し感動を覚える。
これ持ってるだけでリア充感あるな。なんかできる人みたいな感覚になれる。
「さてどこに座ろうか」
雨宮さんが店内を見渡す。
これどこかに座るんだよな。
カウンターとテーブルの二種類あるけどどうするんだろうか。
どっちでも嫌なんだけど。
「二人だしテーブル席に座ろうか」
そう言って彼女は開いている二人掛けのテーブル席に座った。
テーブル席か。
対面に座ったら必然的に雨宮さんの顔を見ることになる。しかも雨宮さんの胸元が見えやすくなってしまう。
「座らないの?」
ここで変な行動をしてたらよくないか。
俺は彼女の体面に座った。
「こうしてるとなんかデートしてるみたいだね」
なんで両頬をついているから余計に彼女の顔が近くに来ている。
そのせいで胸元緩んでるし。
大丈夫だ。見てえてない。見えてない。
白い肌と水色の紐なんて見えてない。
「目頭抑えてるけどどうしたの?」
「いえ、気にしないでください」
自分の命とあなたがセクハラにさらされないようしているだけなので。
「ありがとうございました」
一応彼女に感謝の言葉を伝えた。
「別にいいよ。苦手な人は苦手だろうからね。私も慣れるまで時間かかったし」
「中々難しいですよね」
「慣れたら大したことないんだけどね」
そういえばレシートもらっていたな。
あれ?なんかもう一枚紙が入ってるな。
そこに書かれていたのはあの店員さんの連絡先だった。名前と電話番号とラインのアドレスが書かれてた。
大丈夫か。まるっきり個人情報書かれているんだが。
「何か書かれてた?」
「え?何も?レシートとかに何も書かれていなかったですよ」
「レシート?じゃなくてカップに」
「カップ?」
そういえばこういう系のお店だとカップに何かを書かれることがあるってラノベで呼んだことあったな。
実際にあるもんだとは。
それはそれでなんか感慨深いな。
どれどれ何が書かれているのか。
『いつでも彼女と別れて私に乗り換えていいですよ』
何てこと書いてやがる。
店員さんがお客さんにこんなこと書いていいのか。
というか何か彼女だ。
雨宮さんのこと彼女だって思っているのか。残念ながらこの人は彼女じゃないです。彼女にしたら一か月もしないうちに浮気されます。
「何書かれてたの?」
「何も書かれてないですね…………」
「ほほう………………えいっ!」
撮られてしまった。
「ありゃりゃ。すごいこと書かれてるね。しかも私有馬君の彼女認定されてるじゃん」
「色々誤解されてますね」
「私は有馬君の彼女か。いいね」
「よくないですよ」
「私は思われて全然オッケーなんだけど。むしろウェルカム」
俺としては困るんですがね。
「こんにちは有馬君の彼女です!って堂々と自己紹介できるね」
「そんな自己紹介したいですか…………」
「ちなみに私はこんなこと書かれてたよ」
『可愛いですね』
がちがちのナンパじゃんか。こんなこと書いていいのかよ。
絶対これ男の店員さんが書いているよな。
そんな偏見持ちたくないぞ。
なるほど。もしかして雨宮さんがこういう場所で年上の男の人を見つけているのか。
「可愛いって嬉しいな~」
「それはよかったですね…………」
「有馬君も言ってくれていいよ」
確かに一般的に見て雨宮さんは可愛いのかもしれないが俺からすれば悪魔だ。
可愛いどころか怖いまである。
「せっかく注文してあげたんだから何か一つお礼とかあってもいいと思うんだよね」
「まあそうですね…………」
さっき全然いいよ~って言ってたのに。
こういうことをしてくるから嫌なんだよ。
でもお礼の一つはしておくのも手か。変に貸しを作るのも困るし。
「か、可愛いと………思います」
全身に鳥肌がたった。
「えへへ。ありがとう」
こういう女子は自分の可愛さを存分に生かして男をたぶらかすタイプだ。
これが二次元の女の子だったら完全に落ちていたかもしれないが雨宮さんは三次元女子だ。
「あ、雨宮さんはよく利用するんですか」
「うん。よく来るよ」
「有馬君はどこに視線を向けてるの?」
「視線ですか?」
「明らかに私の顔に言ってないよね」
「そ、そんなことないです。ちゃんと顔を見て話してるつもりです」
「どう見たって上に視線行ってるように見えるよ」
「ぐ、偶然です」
目なんて合わせるってそんなこと怖くてできない。
「私が眼鏡をかけてるのは?」
「見えてます。視力悪いんですか」
「これはただの伊達メガネ」
「私、眼鏡に憧れたりするんだよね。おしゃれだし、頭よさそうに見えるし」
「有馬君は目悪かったりする?」
「よくもないですね。俺もコンタクトつけてます」
俺は目が悪い。オタクは目が悪いことはよくあるが俺もその一人。中学時代はそれこそ目が悪いから眼鏡をかけていた。
「め、眼鏡でもいいですけど………部活の時に危ないですから……」
「バスケ部だとボールが顔に来たりするもんね」
「眼鏡をかけてる有馬君か。見てみたな」
「そんないい物じゃないですよ………」
「私、普段コンタクトしている人がふと眼鏡をかけてるの好きなんだよね」
そりゃあかっこいい人はそんなことでかっこいいと思いますが。
俺が眼鏡をかけたところでオタクがオタク男子が登場するだけだ。
「眼鏡かけてたらおしゃれだと思うよ。今も十分おしゃれだけど」
「おしゃれさんだね。ファッションとかに興味あったりするの?」
「家族にコーディネートしてもらってる程度です………」
今の俺の服装は凪に見繕ってもらっているものがほとんどだ。
俺はファッションに関する知識は皆無だ。
一方で凪は流行とかに詳しいしセンスもある。
「勉強できて、運動神経良くて、おまけにおしゃれさん。モテる要素しかないね」
「そうですかね…………」
「有馬君はさ。女の子から告白されたりしてるけどどうして全部断ってるの?」
唐突な質問だった。
「な、なぜいきなりそんなことを…‥‥……?」
「えり好みをしてるようには見えないんだよ。体目当てだったら私の告白を断る理由はないだろうし、二股とか三股とかしててもおかしくないし」
おかしいです。
雨宮さんの言っていることはおかしいです。
全部おかしいです。
体目当てで女性と付き合ったりしないですし、恋人がいても浮気とか不倫なんてしませんよ。俺はゲスい人間じゃありません。倫理観の塊の人間です。
「他の人から話を聞いてても有馬君が誰かと付き合っている話なんて聞いたことないよ」
「誰とも付き合っていないですから」
「恋愛に興味がないとか」
ないわけじゃないがそれ以上に女の子に対する苦手意識が強すぎるし、命に関わってくることだからできない。
「もしかして大人の女性の方が好みとか?」
それもないですね。年上の女の人は別の事情で苦手なもので。
「どれも違うのか。じゃあどうして?」
「どうしてって言われても」
「高校生だから恋愛に興味あるんじゃないの?思春期だし」
「高校生だからって恋愛をするとは限らないじゃないですか……」
「まあ、それはそうかもね」
「逆に雨宮さんは男の人からかなりモテてるじゃないですか」
「うん。モテるよ。歩いていたらナンパされやすいし、告白とかもされるよ。安心して。全部断ってるから。私有馬君一筋だから」
「なんで他の人の告白断るんですか?」
「今言ったじゃん。有馬君のことが好きだからって」
「あ、雨宮さんなら俺以上にかっこいい人から声をかけられると思いますが」
「それに声をかける人のほとんどは体目当てなのバレバレだし。無なものとかがっつり見ているし」
ぐさっ!
中学時代の傷に刃物を刺してくるような発言をしてきた。
「まあ、そういう服を着ているのは私だし、そういう服が好みだから仕方ないのかもしれないけど。私だって見ること全然あるわけだし」
あるのかよ。
「下心持つことは普通のことだと思うよ。それを否定することは違うと思うし」
「そ、そうですかな」
「でも胸とかをがっつりみちゃうのはキモいと思っちゃうよね。」
ぐりぐりぐり。
く、苦しい………。
刺しただけじゃなくて傷をえぐりに来た。
辞めてください。俺の前でその話は辞めてください。
過去の黒歴史が思い出されてしまうから。
「露骨すぎるのは困るね」
はい。そうですね。露骨なのはよくないですよね。
「せめて上手に隠してほしいよ」
それができたらどれだけいいことか。男子は大抵できないものなんですよ。
「全く見られないのもそれはそれで困るんだけどね」
「なぜ俺を見るんですか?」
「少しは私のことをエッチな目で見てもいいんだよ?」
「いや、遠慮します」
「遠慮しなくていいのに」
「私はみんなが思っているほど安くないんだよ」
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