第10話 有馬凪という俺の愛する弟②

「あ~きもちいぃ………………」

 片づけが終わると凪がマッサージをしてくれるとのことでお願いすることにした。

 凪はなぜかマッサージが上手で俺や両親を骨抜きにするほどだ。

 それを独学で身に着けたから凄い。

 俺や親たちを練習台にしていたんだろうが、それにしても独学でここまでできるようになるのは凄い。

 だからうちの人間は誰一人マッサージの店に行かなくて済んでいる。

 細く、繊細な凪の指から最適な力で俺の筋肉をほぐす。

 生徒会長みたいなことにならないから安心して全身の力を抜ける。

「凝りすぎだね」

「ストレッチはしてるんだがな」

「授業とかで長時間座っていたら筋肉が固まってしまうんだよ。だから一日何度かストレッチしないと」

「わかってるけど時間ないんだよ。休み時間にやらないといけないことあったりするし」

「立ち上がって伸びをするだけで違うから」

「善処する」

「女の子に対してはどう?」

「一番ひどい時期よりかは多少マシになってはいる程度だな」

 今だと女性に触れられる程度だと全身鳥肌が立って顔が青ざめる程度で済んでいるが、一番ひどいときは少しでも触れただけで即倒していた。

 なんなら女の人と話せるだけでかなり改善されてる。

 酷い時は話すことすらままならなかったんだから。

「凪にも協力してもらったな」

「まさか僕が女装する羽目になるとは思わなかったよ」

 中世的な顔立ちの凪に女の子の格好をしてもらって慣れる練習をした。

 雰囲気が女の子っぽいからいい練習になった。

 凪は不本意かもしれないがかなり似合っていた。初見だったら女の子だと言われても信じるほど凪の女装は凄かった。

 実際に俺の体が拒否反応を起こすほどだ。自分の脳が凪を女の子だと認識するほどに女の子だった。

 だからいい練習にはなった。

 実物に等しい練習相手がいて、醜態をさらしたとしても家族だ。何も自分が辱められることはない。酷い扱いを受けることもない。頼っても見返りは求められたりもしない。

いろんなところに出掛けた。

 本屋、水族館、動物園、公園、カフェなどデートに行きそうな場所にいったりした。何度か倒れそうになったりした。それでも頑張った。

 その結果今の状態にまでにすることができた。

「マジで凪が協力してくれなかったらここまでできなかったよ」

 兄貴のために女装をして外に出かけるなんて死ぬほど嫌だったかもしれないのに、凪は嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。 

 感謝しかない。

「家族が困っていたら助けるのは当然だよ」

 ただでさえ容姿が整っているのにこれだけ優しい性格をしている。

 俺が別の意味で拗らせてしまった理由

「女の子と普通に話せるようにはなったの?」

「一応会話はできる」

「目を見て話せる?」

「それは無理。目を見たら視姦してると思われる」

「今の兄さんならそんなこと思われないと思うよ」

「女の子は何をしてくるかわからないんだぞ。なるべくリスクは避けておかないと」

「人と話すときは目を見て話しなさいって先生に習わなかった?」

「習ったが例外はある」

「例外なんてないと思うよ」

「それに俺が女の子と目を合わせたら体が硬直する」

「メデューサみたいな扱いしてない?」

「そう思うのはあながち間違っていないと思うが?」

 目が合ったら石にするのがメデューサという存在だぞ。

 どこが違うっていうんだよ。

「間違ってるよ。人間扱いしていないんだから」

「話せてるだけマシだろ」

「そうかもしれないけどさ」

「目を見たら体が硬直する。視線を逸らしたら怪しまれる。触られたら鳥肌が立つ。状況によっては鼻血も出るんだぞ。しかもそれは雪崩式で俺に襲ってくるんだ。そんな中で話せてるだけ凄いだろ」

「まあ………昔に比べたらね」

「だろ」

「でも生きていく以上目を見て話せないと苦労とするよ」

「学校生活は順調だぞ」

「そうかもしれないけど、そうもいかないと思うよ。就職とかしたら特に」

 男性しかいない業界に就職するしかないか。

 そんな業界。ただただ辛いだけだよな。

 女性の社会進出も進んでいるから男しかいない職場は滅多にない。

 女の人と関わなければならないが、現状最低限の関わり合いはできているからそれで問題はないとは思うぞ。

 態度が悪く見えるかもしれないがその分仕事ができたらいいだろ。

「彼女ができたら苦労するよ」

「三次元で作る気がないぞ」

「それは女性だからって理由でしょ」

「当たり前だ」

「人は内面とかを見て判断しないと」

「それは理解しているが彼氏が女性恐怖症だったら相手だっていやだろ」

「そうならないようにさらに治していかないと」

「そんなアレルギーを治すみたいな感じでか」

「体が固まったり、鳥肌が立ったりするかもしれないけど頑張っていくしかないよ」

「これ以上無理に治す必要もないだろ」

「生きていく以上関わっていくんだから」

「それにだよ。いろんな女の子からアプローチをかけらてるんでしょ。ある程度耐性はつけておかないと命がいくつあっても足りないことになるよ。兄さんが倒れてしまうなんてことになったら僕嫌だよ」

「その時は目覚めのキスでもしてくれたら目覚めるから。天国に行ってしまっても一瞬で帰ってくるから」

「そうならないようにしてほしいかな」

「もちろん。気を付けるぞ。凪を悲しませたくはないからな」

 大切な弟が泣いているところは見たくない。

 しかしだ。俺を心配して泣いている凪を見たいという気持ちもある。

 甲斐甲斐しく悲しんでいる凪って世界で一番美しいんじゃないだろうか。

 そうか。

凪の近くで倒れたら凪に人工呼吸をしてもらえるかもしれない。

 それなら合法的に弟とキスができるんじゃないのか。

 でもそうなってる状況って俺意識飛んでるんだよな。

 凪とキスをしている感覚を俺自身は感じられないじゃないか。

 キスの感触を感じられないなんてされても意味がない。

 なんてことだ。

 女の人に命の危機に追いやられる。だけどそうならないと凪からキスをしてもらえない。

 これがジレンマというものなのか。

 神様はなんて残酷なんだ。

 ほしいものを得るためには命を懸けろだなんて。

「兄さん?黙っちゃったけど大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ」

「そう?それならいいけど」

「凪に人工呼吸をしてもらうためには命を懸けないといけないのかと思ってな」

「そんなことで命かけないで……‥‥‥……」

 俺だって命はかけたくない。

 しかし、それ以上に凪とキスもしたいんだよ。

 いやもう本当に結婚できるなら凪と結婚したいわ。

 

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