第7話 鮫島透というイケメン系女の子

 午後の授業が終わると放課後がやってくる。

 放課後。それは俺にとってもっとも至福の時間。

 部活の時間だからだ。

 中学時代は運動できず、戦力にすらなっていなかった。毎日雑務ばかりだった。

 しかし今の俺は違う。

 バリバリのレギュラーだ。

 チームの戦力として俺は認識されている。

 そこまでなるのは大変だった。

 毎日走り込みをしたり、筋トレに勤しんだ。バスケの技術も磨かないといけないから場所を見つけてひたすら練習もした。不登校で学校に行っていなかったからその分人より練習できる時間もあった。家族にバスケの経験者がいるから練習に付き合ってもらった。

 ある程度の練習量をこなせば自然と身についてくる。勉強と同じだ。

 そこまでいけばあとは楽しさだけでバスケができる。

 元々バスケは大好きだった。一定の実力が身につけば楽しくなる。成長するのも楽しんですることができる。楽しいからさらに練習もする。楽しめればさらに成長できる。

 そうしているといつの間にかとんでもないことになっていた。

 自分で言うのもあれだがすごい選手になっていた。

 あるレベルを超えると人は嫉妬しなくなる。

あまりにも凄すぎて嫉妬すらできない。

 だから誰からもいじめられない。嫉妬もされない。

 しかもこの学校は部活があまり強くない。俺が入ったことで勝てるようになった。

 そんな恩人に近いような俺を蹴落とそうなんて人はいない。

 蹴落とす方がデメリットが大きいのだ。

 今日はレギュラー組と控え組に分かれての練習。試合形式の練習は楽しいわ。

「先輩、こっち」

「有馬頼む」

 マークのすきをついてボールを奪うとそのままドライブ。相手もゴールを奪われまいとディフェンスが立ちはだかるが俺には関係ない。

 タイミングをずらしたりしながら相手をかわし、そのまま直接ボールをゴールにぶち込んだ。

 ゴールが決まったのと同時に終了のブザーが鳴った。

「ふう~楽しい」

 バスケをすることによって俺はストレス発散している。特に今日は昼休みに生死にかかわるほどのストレスを受けた。それを発散させないといけなかった。

 部活の時間は女子生徒に言い寄られるようなことはない。

 女子マネージャーはいるが彼氏がいるから関係ないし、最低限の関り合いで済む。

 それに他の部活生もいるが男子バスケ部を見ている人はいない。

 なぜなら………、

「「「「「キャー!」」」」

 隣のコートから黄色い歓声が響く。隣は女バスが練習をしている。

「透くん!」

「頑張って!」

「かっこいい!」

 透くんなんて呼ばれているが彼女はれっきとした女子生徒だ。

 

 鮫島透


 男子生徒顔負けのイケメン顔にショートヘアの髪型。さらに高身長の女の子。見た目だけでもイケメンと呼べるが、彼女はそれだけにとどまらない。

 女の子に対する振る舞いが完璧なのだ。常に女の子をお姫様扱いする。それによって女の子たちはたやすく落とされる。


『女バスの王子様』


 そう呼ばれているのはそういう振る舞いから来ているのだろう。

 しかもバスケのセンスもかなりある。

 身長も下手すれば俺よりも高いかもしれない。

 バスケ部は男子と女子がそれぞれ体育館の半分を使って練習する。

 だから女子生徒たちは鮫島さんを見ている。

「かあ~。相変わらず上手いな」

 彼女のプレーを智也も見ていた。

「勝てそうか」

「無理だろ。どう頑張っても鮫島と1ON1して勝てる気がしない。マサぐらいだろ勝てるのは」

「俺も無理だろ。先輩たちぐらいだろ」

「どうだろうな。見ろ」

 智也は先輩たちを指さす。

 先輩たちはそろって鮫島のプレーに釘付けになっていた。前のめりになっていた。

「その先輩たちも鮫島のプレーにご執心だ」

「あ~」

「イケメン女子にあれだけご執心だなんて」

「男だったらイケメンの女子に見とれるなんてことあるのか。逆に嫉妬しそうだけど」

「顔だけだったらな。だが鮫島の魅力はそれだけじゃない。あれ見ろ」

 智也が彼女を指さした。

 俺は思わず視線を向けてしまったが、それが間違いだった。

 すぐに俺は目を隠した。

「男子生徒がいるのにシャツで汗を拭く。それによって無防備にへそチラを見せる。胸自体も大きいからそれだけですごいのに胸元も緩い服を着ているから角度によって谷間が見える。短パンだから足も見えてる。しかも綺麗な足だ。そんなのを見せられたら誰だって見てしまう。学校にグラビアアイドルがいるみたいな状態になってるわけだ」

 見てるところが気持ち悪いな。

 俺も昔はそういうところを見ていたから必ずしも否定はできないけど。

「そ、それを先輩たちは見ていると………」

「だろうな。ちなみに俺もだが」

 お前もかよ。

 こんなことを平然と言ってる奴が何で痛い目にあわないんだ?昔の俺なら確実にひどい目に合わされていたところだぞ。学校生活終わっているぞ。

 先輩たちも先輩たちだ。そんな露骨に見てたらキモいって思われますよ。

 表ではいわれなくても、裏で嫌って程言われてしまいますよ。

 女バスの人と付き合えなくなりますよ。変態認定されますよ。

 中学時代の俺みたいになりますよ。

しかし彼女のプレーに目を奪われるのは事実。

 実際にプレーもかなりうまい。

 ボールの扱い方から、足の運び方、視野の広さ、駆け引きの上手さがどれもレベルが高い。

 フィジカルで負けるかもしれないが、技術面だけでいえば男バスを凌駕しても可笑しくない。

 智也の言うように勝てる人は誰もいないかもしれない。

 それだけの選手だ。

 上手い選手は男女関係なくすごいと思う。だから俺も注目している。

 だが智也や先輩たちとは違う理由で彼女に注目していた。

 鮫島透は俺の事情を知っている。

 彼女は俺と同じ中学校の出身。中学の時から女バスのエースとして活躍していた。   

 故に事の次第を比較的近くで見ていた人物だ。

 バラされるようなことになれば俺は高校でも酷い目にあうことになる。

 体育館中が彼女のプレーを見ている中俺は一人体育館の外に出ることにした。

 外の方が涼しそうだし、智也や先輩みたいと周りに思われたくもなかった。

 外では野球部とサッカー部が練習に勤しんでいる。

 まだ四月だというのに初夏を思わせるほどの暑さ。

 地球温暖化が着実に進んでいるのを実感する。

 このままだと日本は常夏になってしまうんじゃないだろうか。

 常夏になったら困るんだよな。いろんな意味で。

 これ以上温暖化しないでくれ。

「マジで暑い………」

「そうだね。こんなに暑いと溶けちゃうかも」

 近くからそんな声が聞こえてきた。

 俺以外にも同じことを考えている人がようだ。

 だれだってこんなに暑かったらそう思うよな。

「ね、有馬?」

「さ、鮫島……………さん」

 俺は周囲を警戒する。

 鮫島さんと一緒にいるところを見られでもしたら俺は取り巻きの女の子たちから恨まれてしまう。女子たちの怖さは身をもってわかる。何をされるか男子は想像もつかないことをしてくる。なるべく刺激を与えたくない。

「大丈夫。私の可愛い子猫ちゃんたちには気づかれていないよ」

 周囲をぐるりと見て回る。

 確かに女子生徒がこちらを見ている感じはない。

「よかった………」

「よかった?なんで?」

「だって鮫島さんと一緒に居たら誤解されます………」

「あはは!確かに。有馬と比較普通に話してる女子生徒なんて私ぐらいだろうから誤解されてもおかしくないよね」

「そうです」

「それに有馬は女性恐怖症だから僕の可愛い子猫ちゃんたちに睨まれたくはないよね」

「おっしゃる通りです」

「僕以外の女の子が来たら大変なことになるよね」

「はい。鮫島さん以外だったら俺は即座に逃げます」

 鮫島さんは俺が女性恐怖症になる前から話すことができていた数少ない女子生徒。それこそ雨宮さんや戸塚さんより幾分かは緊張せずに話すことができる。

 だから即座に逃げ出すようなことはしなくて済む。

 それでも警戒は怠っていない。

 比較的普通に話せるといっても女の子であることに変わりない。

 不意に接触するようなことがあれば命に関わる。

 何より俺の顔を知っている人物だ。彼女が裏切るような形で俺の顔を暴露するという可能性もあり得る。油断していたらとんでもないことになる。

 せっかくここまで積み上げてきた俺の信用とかがすべて崩れ落ちる。

 地元から少し離れた学校に入学したのにここでも中学みたいになるのは本当に困る。これまで頑張ってきたことが無駄になってしまう。

 親しい方ではあると言っても警戒を怠れないのだ。

「練習は?サボってるの?」

「サボってはいない。休憩時間です」

「でも今練習してるんじゃない?」

「今は一年生が練習してるんですよ。男バス人数多いから時間で分けないと全員が練習できないんで」

「男バスってかなり人増えたもんね」

 だからってここに来なくてもいいのに。

「そんなことないんだけどな」

「あの……………そんな距離詰めないでもらえる?」

 俺の隣。それも手と手が触れそうなほどの至近距離に彼女は来ていた。

「おっとごめん。そうだったそうだった」

 すぐに少し距離を離してくれた。

「鮫島さんはまだ大丈夫な方だが、それでもあれなんで」

 女の子であることに変わりない。

 女の子であれば誰だろうとも俺の体は拒否反応を起こす。

「安心してよ。もし倒れたら僕がお姫様だっこして保健室に運んであげるから」

「俺、それなりに体重あるんですか」

「大丈夫。それでもできると思うよ。こう見えて筋肉あるから」

 何それ。

 俺が女性恐怖症じゃなかったら惚れるんだけど。

「それに汗かいているから」

「君は女の子なのかい?」

「一応気にしておかないといけないだろ。スメハラとか言われかねないし」

「それだったら僕も同じだよ。互いに汗臭かったらお互いに気にならないよ」

 いやいや。男の汗臭さなんて問答無用で嫌がられるっての。

「それに運動部の汗臭さはマシな方だよ」

「そうであってほしいんですけどね」

「君のだったら女の子はみんな嬉しいと思うよ」

「そんなことないですよ」

 臭いものは臭いんで。誰かのにおいとか関係ないです。

「相変わらず人気ぶりですね」

「まあね。人気者すぎて困ってしまうよ」

「それを口にできるのがすごいわ」

「もっとも君ほどじゃないよ」

「俺よりも鮫島さんの方が明らかにモテてると思いますよ」

 なんなら俺はモテたくないまでである。

「先月はどれぐらい告白された?」

「先月?えっと6回?」

「負けたよ、4回だ」

「4回も。すごいですね」

「君の方がね」

「全員女子ですか?」

「全員女の子さ。男の子は一人もいない」

「でも鮫島さんを見ている男子生徒は多いと思うんですけど」

「それは有馬がってこと?」

「俺じゃないです。それができるようになったときは女性恐怖症が治った時だけ」

「それは残念」

 何が残念なんだか。俺がそんな風に女の子を見るような日は二度とこない。

「見られていたとしても告白されたことなんて一度もないから意味ないんだけど」

「本当にないのかよ」

「ないよ。僕は女の子たちにしかモテててないよ」

 それはそれでいいような気がする。

 下手に下心ありまくりの男どもにエロい目線を向けられるよりかはいいだろ。

「女の子からモテるだけで十分じゃないのか」

「有馬。もしかして僕は女の子が好きだって思ってない?」

「そんなことないですが女子にモテれば十分なような気がします」

「そうはいかないよ。女の子からモテてしまったら男の子にモテなくなるじゃないか」

「男の子にもモテたいと」

「そういうこと」

 モテたところでどうもならないだろ。

 実際に自分がモテてるからわかるがモテたところで何かいいことがあったかというとないに等しい。俺が特殊なのかもしれないが、モテたところで言いことないのは間違っていない気がする。

「でも誰でもいいってわけじゃない」

「誰でもいいわけじゃないのか」

「好きな人にじゃないと誰からモテたところで意味がないよ」

「鮫島ならどんな男子でも落とせると思うんだがな」

「そんなことないよ」

「鮫島でもか」

「そうだよ。好きな人なら尚更」

 彼女レベルの女の子なら大抵の男子を落すことは難しくないだろ。

 イケメン女子という点がネックなのかもしれないが、それでも美人であることに変わりない。先輩や智也が釘付けになるほどだ。そんな女の子なのに男を落すのが難しいのか。

「え、鮫島さん。好きな人いたのか」

「そりゃあ高校生だしいるでしょ」

「そうなんだな」

 知らなかったな。

 別に知りたくもなかったけど。

「ちなみに君の知ってる人だよ」

「え?俺が知ってる人なの?」

 俺が知ってるってことは部活の先輩たちか。もしくは中学時代の男子とか。それぐらいとかだよな。自分のクラスメイトの中にいるとか。

 誰だろうか。彼女を恋に落とすほどの男子生徒というのは。

 よほどの人だぞ。

 かなりのハイスペック男子じゃないと鮫島さんを落すことなんてできないだろ。

 俺の知ってる人で該当する人は何人かいる。

 あの中に鮫島さんの思い人がいるということなのか。

 なんかその人を見る目が変わってきそう。

「まあでも君が知ることになるのはかなり先になるだろうね………」

 それはあまり知られたくないということか。

 それならこれ以上考えない方がいいな。

 本音を言ったら鮫島さんの好きな人は気になる。

 イケメン女子を恋煩いにさせる男子が誰なのか知りたい。

 でもプライバシー的なものだし、女の子の色恋沙汰に介入してもいいことない。

 これも中学時代からの教訓だ。

「そろそろ俺は練習に戻るよ」

「はいはい。頑張ってね」

 体育館の中に戻った。


「君が知るときは私が君に告白した時だよ」


 鮫島が何か口にしたような気がするが聞こえなかった。

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