第6話 戸塚伊吹という風紀委員長の女の子②

 無言の空気が流れている。

 戸塚さんが口を開かない。

 さっきまであれだけ話していたのに静かになったな。

 多分あれだよさ。さっき雨宮さんが話していたことだよな。

「……………さっきのことって何よ」

「何と言われましても」

「何か話してたんでしょ。しかも私についてなんでしょ」

 それはそうですね。

 でもそれを言うことはできないと思う。お互い不利益を被る。

「はっきり言いなさい」

「………………」

「いいなさい!」

 黙っているのは無理だ。。

「と、戸塚さんが………」

「私が何よ」

「俺のことを好きだって‥…‥雨宮さんが言ってました………………」


「な…………」

 

 また戸塚さんが硬直した。

 俺だって言いたくはなかったけど黙っていればそれはそれでさらに俺が疑われてしまう。

 やましいことがあると思われてしまう。

 きっと雨宮さんの戯言なんだろうけど、一応言われたことは伝えておかないといけない。

 しかし、固まったままだな。

 そんなにショックだったのか。

 俺みたいな女遊びをしまくっている男子なんて好きになるはずがないだろ。どう見てもそんなタイプが好きじゃないだろう。

 俺みたいな人間のことが好きだというのは嫌かもな。

 大丈夫かな。戸塚さんが何も話さないし動いていない。

 一応言われたことを伝えたんだが、セクハラ行為に当たらないよな。

 人によっては些細なことでもハラスメント扱いするからな。

 それにしても動かないな。

「違うから………」

 ここでようやく戸塚さんが口を開いた。

「違うからね!寧々の言っていることは全部寧々の妄想羅列だから!あんたに嫉妬なんてしないから!そもそもあんたのこと好きとかで嫉妬とかじゃないから。あくまで風紀委員長として言ってるだけなんだから!そんなんじゃないから!勘違いしないでよよね!だいたいね……………」

 戸塚さんの説教が続く。

 止まる気配がなく、息を吐くように説教の言葉が出てきている。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 すみません。すみません。すみません。すみません。すみません。

 配慮のないことを言ってしまって本当にすみません!

 許してください!

 何度も心の中で謝り続けた。

 この状態の女の子に謝っても許してもらえる可能性は低い。何を言っても火に油を注いでしまうことになる。戸塚さんみたいなタイプはなおさらだ。

 おまけに雨宮さんが既にかなりの油を注いで去って行った。

 俺にできることは心の中で謝りながら早く鎮火するのを祈るだけだ。

 早く終わってくれ。

「いい?わかった?」

 本当にすみません。

 本当にごめんなさい。

 許してください。お願いします。

「何してるの?」

「いえ……………ちょっと自己防衛と言いますか、謝罪といいますか」

「自己防衛?謝罪?」

「え、ええ。まあ…………」

「よくわからないんだけど」

 それはそうですよね。事情を何も知れない方がいきなり自己防衛とか口に出されても何もわからないですよね。

「それで何してたのよ」

「何もしていませんって」

「でしょうね」

 予想外の反応が返ってきた。

 俺の予想としては容赦なく、問答無用に怒られると思っていたのに。

「どうせ寧々がちょっかいかけてきたってことかしら?」

「はい。そうです」

「あんたもあんたでデレデレしてたんじゃない?ドキドキとかしたんじゃないの?」

「そんなことしてませんよ」

 ドキドキはしたけどそれは動悸の方のドキドキです。恋とか興奮じゃないです。

「本当に?」

「ほ、本当です……………」

「していないならいいんだけど」

 よかった。

 どうやら戸塚さんの怒りは静まってくれたようだ。

「あんまり疑われるようなことにならないことね」

「はい」

「あんた優秀な生徒なんだから変な噂が立ったり、実際に問題が怒ったら先生の評価が下がるでしょ」

「それで怒られるんですか」

「あんたは勉強もスポーツもできるんでしょ。先生たちからも目をかけられているみたいだし。変なことして停学とかなったらあんた自身困るでしょ」

「困りますね」

 停学とかになってしまったら俺の普通の高校生活が終わってしまう。

「でしょ。それなら変に風紀を乱すようなことはしないこと」

「素行面を除けば優秀な生徒なんだから」

 素行面を除けばって‥……。

 俺自身素行はむしろいい方だと思うんだけど。

 無駄に女子生徒にモテてるだけで、女遊びしてないんだから。

 それに素行がよくないと屋上の鍵もらえていないですよ。

「ちゃんと素行はよくしなさい」

「は、はい……‥」

「その上で何かされそうになったときは私を呼びなさい。何とかしてあげるから」

「何とかですか」

「私は風紀委員長よ。学校の風紀をただすのは私の仕事だし。それなりの力もある。それに優秀な生徒が風紀を乱さないようにするのも仕事のうちなのよ」

「なるほど……………」

「ただし!」

 びくっとした。

 お願いだから突然大声出さないでくださいって。

「もしあんたが変なことをしまわるようなら容赦しないから!徹底的にやるから!」

「徹底的にですか」

「説教程度じゃ収まらないからその辺はしっかり覚悟しておいて。清く正しい学校生活を送りなさい!」

「わかった?」

「はい」

「返事!」

「は。はい!」

 怖い。この人やっぱり怖い。

 戸塚さんの圧力と威圧感が怖すぎる。恐ろしすぎる。

 あんなふうに怒鳴られるのは本当に勘弁してほしい。

 本当にお願いですから。

「あら?顔色悪いけど大丈夫?」

 ええ。顔色も悪くなりますよ。

 あんだけ怒鳴れたら俺の精神はすり減りまくりなんですよ。

 何もしていないのにですよ。

「今からでも保健室に行く?」

「だ、大丈夫です…………」

「明らかに体調不良っぽいわよ。保健室に行くべきよ」

「大丈夫ですって。ちょっと休んだら治ると思いますから」

「でもね」

「それよりも風紀委員長の方が早く戻った方がいいですよ。じゃないと雨宮さんからどやされてしまいますから」

 保健室に行くというは一つの手だが、それよりも早くここで一人になりたい。

 道中で女子生徒が至近距離に来て倒れてしまう可能性の方が高い。

「それはそうだけど…………」

「もし体調悪かったら自分で行きますから」

「そう?」

「はい」

「まあ、有馬君がいいのならいいけど」

 はい。いいんです。

 むしろ俺を一人にしてほしいです。

「じゃあ先に戻るけど。無理しないこと。少しでもヤバいと思ったら我慢せずに保健室に行きなさい。いいわね」

「はい」

 先に戸塚さんは教室に戻っていった。

 彼女がいなくなってすぐ俺は気が抜けたように膝をつく。そのまま横になった。

「し、死ぬかと思った………」

 精神的なダメージがえげつない。動機がヤバい。頭もガンガンする。

 過呼吸になっても倒れてもおかしくなかった。

 よく耐えたと自分で自分をほめてあげたい。

 雨宮さんの誘惑だけでかなりしんどかったのに、そこに戸塚さんが加わってきた。

 一人でも限界だったのに二人ともなると本当に命に関わってくる。

 常に緊張状態だった。

 ヤクザに絡まれたときというのはこういう感じなのかもしれない。

「怒らなかったらいい人なんだけどな」

 戸塚さんは基本的にいい人なのはなんとなくわかる。

 彼女のやっかいなところは正義感が人一倍強いこと。

 敵に回す、もしくは敵に回らなければこちらに害悪を与えてはこない。

 しかしそれが俺に対して向けられるようなら危険だ。

 特に雨宮さんは俺と正反対の体質。

 彼女の正義感に反すること、彼女の癪に障ることをしてしまったら容赦なく攻撃される。

 雨宮さんが狡猾的に男をつぶすタイプなら、戸塚さんも単体で攻撃ができるタイプだろう。

 前者ならまだ一人で対処できるかもしれない。

 あの二人が対立している時点でまだいいが、あの二人が結託して何かしてきた時が怖くて仕方がない。

 たとえ悪さをしていなくてもしていると判断されたらその時点で終わりだ。

 雨宮さんを回避しつつ、戸塚さんを敵に回さないようにしないと。

「はあ~。地獄だな」

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