第3話  雨宮寧々という女の子①

 俺も教室から出た。

 智也がいなくなったということもあるが出ていくつもりだった。

 俺にとって教室はかなり苦痛の空間だ。一日中いられるような空間じゃない。こんな狭い空間に多数の女子生徒がいる環境に居続けられない。

 昼休みぐらい別の場所にいって体と心を休めないと持たない。

 そうしないと午後の授業も耐えることができない。

 だから誰も来ないところ。女の子が絶対やってこないところに行って休む。

 学校において誰も来ない場所というと屋上だ。

 屋上はどこ学校でも生徒は立ち入り禁止になっている。うちの学校でもそうだ。

 だけど俺は屋上に入ることを許されている。

 少し前屋上の掃除を一人で行ったら、その対価として屋上の鍵をもらえた。

 なぜか。

 それは俺が文武両道の生徒だからだ。

 勉強も運動もできて、一般生徒よりも学校に貢献している生徒だから学校側は融通を聞かせてくれる。俺が遠回しに屋上使いたいと伝えたらたやすく鍵を貰えた。

 最近は先生を敵に回すような言動をとる生徒が多いらしいが、それを見るたびに愚かだと思う。先生は権限も権力を有している。そんな人たちを味方につけておくことはメリットでしかないというのに。

 しかも勉強と運動両方できて、問題行動を起こさないだけでいい。

 こんな風に屋上を独り占めすることができる。

 誰もいない屋上。女子生徒の声も気配も聞こえてこない。

 俺にとってのオアシス。

 誰も入ってこないようにしっかりと鍵をかける。

「さてと一休みするか」

 日陰の部分に来ると俺はごろんと横になった。

 教室だと女子生徒がいるせいで心が休まらない。

 常に自己防衛のために神経を使うから疲れてしまう。

 午後の授業のためにもしっかりと休んでおかないと。


「お昼寝するの?」


 声が聞こえてきた。


「なんなら私の膝を貸そうか?膝枕してあげようか?」


 声質的に男子じゃないはすぐにわかった。

 男子じゃないとなると必然的に声が女子生徒のものだということになる。

 そんな声を聴いて俺の防衛センサーが過敏に反応した。

俺が意識的に体に指令を出すより先に体が動く。

 起き上がるのと同時に奥へと退避する。

「お~すごい反射。猫みたいだ」

 誰も入ってこれない屋上に入ってきたのは雨宮寧々という女子生徒だった。

 うちのクラスで一番モテると言われている女子生徒だ。

 学校でも上位に入るレベルかもしれないと聞いたことがある。

 栗色髪ショートカット、大きめのカーディガンを着て燃え袖をしている。スカートも短くしてる。よく風紀委員にとりまりを受けているほどだ。

 いかにも男を虜にするための服装に整った顔立ち。少し低めの背丈。

 これで好きにならない男子はいない。だからモテている。

 俺を除いてだが。

「驚きすぎじゃない?」

「なんでいるんですか。鍵かけておいたはずなのに」

「これだよ」

 彼女の手には屋上の鍵が握られていた。

「な、何で持ってるんですか……………」

「先生に借りたんだよ」

「屋上の鍵なんて普通貸してくれないと思いますが」

「そうなのかな~?先生に貸してくださいっていったら普通に貸してくれたよ?」

 うちの緩すぎないか?

 鍵の管理しているは男の先生だ。

 あの人。この人の誘惑にあっさりと負けたのか。何してるんだよ。女子生徒にそんなことしていたらいつか問題になるぞ。懲戒免職になりかねないことをしかねない。

「何をしに来たんですか…………………」

「何って有馬くんが屋上に向かっているのが見えたから。来ちゃった♡」

 来ちゃった♡じゃないって。

何アポなしで彼氏の家に凸した時の反応。

 そんなことを俺にしたところで何もないって。

 俺はまた距離を取る。

「あれ?私って警戒されてる?酷いな~。何もしないのに」

「いえ。何かしてくるでしょ」

「何かって。私はただ膝枕してあげようとおもっただけなのに」

「それが問題だと思います」

 雨宮さんは距離感がかなり近い。

 人のパーソナルスペースに遠慮なく入ってくる。場合によってはスキンシップもしてくる。俺以外の男子なら問題視しないだろう。

 俺はパーソナルスペースに入られることも触れられることもダメだ。

 触れられたら倒れてしまうだろう。

 それだけならまだいいが、彼女にはそれ以外にも警戒しなければいけない事情がある。

 彼女はあまりいい噂を聞かないのだ。

 俺が女の子遊びをしている男子という不名誉な称号を持っているが、彼女は  彼女で男遊びをしているという噂がある。

 イケメンを所かまわず遊びまくっていて、ヤりまくっていると言われている女の子。

 食べられるどころか食べまくっているタイプの肉食系の女子。

 小悪魔、いや、サキュバスと言ってもいいのではないか。

 危険対象ランクSの人物。

 そんな人がここに来たら俺は休むことができない。

 早急に立ち去らないと。

「あれ?どこに行くの?」

「ちょっと………所要がありまして」

「所要?」

「そうです」

「ついさっき来て、横になっていたのに用事があるの?」

「思い出したんですよ」

「ないでしょ」

「だって私君に会いに行くからっていう理由で屋上の鍵を借りたんだから。用事があったら呼んできてくれって言われているよ。それに日直もなければ委員会もないはずだよね」

「何でそんなこと知ってるんですか」

「それぐらいはすぐにわかるよ。それに真面目な有馬君が用事を忘れるとはとても思えないんだけどな~。忘れてしまうような用事なら大したことなんだろうし」

 外堀が埋められていく。

 確かに俺が用事を忘れるということはしない。

 自分の信用にかかってくる。自分の身を守るためにそんなことはしないようにしている。

 すべて彼女の言う通りだ。反論できない。

「それに君が出て行ったら私がここに来た意味がないもん」

「僕目当てですか」

「そうだよ。言わなかった?」

 多分そうだろうなと思っていましたが聞いたことないです。

「有馬君に会いに来たんだもん」

「教室だと有馬君勉強しているから邪魔できないし、私は私は他の人に話しかけられるから話しかけにもいけない。話せるチャンスはお昼休みしかないんだよ」

 俺の唯一の安息時間を邪魔しないでもらいたいな。

「話せないならせめて目でも合わせてくれないかなって、授業中も有馬君を見てたんだけど。有馬君は全然こっちを見てくれないんだもんな」

 そりゃあ授業中はクラスメイトの顔なんて見ないですよ。

 クラスメイトの顔よりも黒板と先生の話を聞いている方が価値があるんだから。

「そういえば出会った時から一度も目を合わせてくれないよね。なんで?」

「何でと言われましても。目は合わせてるつもりですけど」

「そうかな?」

 正しくは視界に顔の輪郭を入れているのだ。

 元々女の子とまともに話せない童貞男子が目なんて合わせられない。でも変に目を合わせないのは怪しまれるから、外見的には目を合わせていると思わせるようにしている。

 その結果として目を合わせずに、顔全体を視界に入れている状態にしてる。

「こんなに君のことが好きなのに」

「よ、よく………そんなことを堂々と言えますね」

「うん。私気持ちははっきりと伝えるタイプなの」

「しかも事あるごとに言ってますよね」

「うん。言ってるね。だって好きだからね」

「僕は告白を断ったと思うんですが」

「断られたね。しかも何回も」

 彼女は告白をして振られたが、それでも懲りずに告白をしてきていた。

「何回も告白して何回も振られてしまったね」

「それなら」

「でも~」

 一歩ずつ彼女は近づいてくる。

 俺は一歩ずつ後退する。横に逃げることもできたかもしれないが、それを彼女がそうさせなかった。彼女の何かがさせてくれなかった。

 そしていつの間にか俺は屋上のフェンスに追い詰められた。


「振られた程度のことで私は諦めないんだよ」


「私、絶対にあきらめないタイプなんだ」

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