不変

すずちよまる

不変

異変に気がついたのは、三度目の景色を目にしたときだった。

その景色は自然や街並みなど不変であるものではなく、人々の表情や視線仕草からなる非日常、同じものを見るはずがないのである。

私は今朝、三度目の修学旅行に行くため大きなリュックサックと共に家を出た。

三日間の修学旅行、それはそれは楽しいものだった。

新幹線では友達とトランプをしたり外の景色に目を輝かせたり。

一日目の団体行動では九月上旬の猛暑の中、ひたすら歩いて寺社仏閣を周りバスガイドさんの説明を受ける。

二日目の班行動ではミスをカバーしあい、班員のクラスメートと仲を深める。

三日目のタクシー行動では運転手のおじさんの親切さに触れ、ゆっくりと歴史的建造物を満喫する。

帰りの新幹線ではまたトランプで盛り上がり極みまで楽しむ。

奇妙なことに、そのような三日間が、すでに二度も繰り返されている。

そして三度目の三日間が始まった。


奇妙ではあるが、不快感はまるでなかった。

ストレス、ストレス、ストレス、現実はそのようなもので溢れる。

受験、人間関係、恋愛、最後には自分の価値まで決めてしまうのがこの世である。

十代の私に、私たちに駆け抜けられるものではないが、駆け抜けさせられるのである。

そうやって前に進まなければならないと教えられる。

そんな世に、少しばかり嫌気が差していたのかもしれない。

私はずっと、“今”が続いてくれればそれでいい。

今の人間関係の中に生き、想う人を想い続け、全てに努める、若くて激しくて、心の底から笑える“今”をただ繰り返し、数十年後、ぽんと消える。そんな人生が存在したら、どんなにいいだろう。そんなことを日頃から考えていた。

そうだ、続くなら続けばいい。失うものは何もない。

三度目の三日間は過ぎた。


繰り返される非日常では、変化は一切なかった。

見たものも、聞いたものも、出来事も、発言も、心情も、体温も。

全てが不変であった。

もう何度繰り返したことだろう。

二日目の昼下がり。ある寺で私は数十回目の仏像と目を合わせた。この行為も変わったものではない、が、

そのとき私は耐え切れぬ吐き気に襲われた。

これはなかった。今までずっと。おかしい。



おかしい、おかしい、クラスメートたちはしゃがみこむ私を見ようともしない。

何もない空間に話しかけ、笑いかけ、寺を出て行く。

待って、おかしい、これはなんだ、私は、なんだ…………



痛い。

冷たい空気が鼻の奥を突き刺して反射で涙が一粒、頬を伝って服の襟に落ちた。

冷房の効きすぎた部屋で、天井の照明と目が合う。窓からは白い光が差し込み、鳩が煩く歌っている。

修学旅行に行く日の朝である。また繰り返される。

しかし今回は途中で途切れた。三日間は繰り返されなかった。


一日目の夕食。たくさんの皿が自分の机の前に並び、友達と盛り上がりながら食事をとっていた。

今度は腹痛、痛い、いたい、誰も私に近づかない。笑顔で肉を頬張る。おかしい、さっきまで会話をしていたのに。

「バスめっちゃ混んでたよね」

誰に話しかけているのだ、私は腹を抱えて寝そべり悲鳴を上げている。

君たちの視線の先は、私の頭上である。


痛い。

冷たい空気が鼻の奥を突き刺して反射で涙が一粒、頬を伝って服の襟に落ちた。

冷房の効きすぎた部屋で、天井の照明と目が合う。窓からは白い光が差し込み、鳩が煩く歌っている。

修学旅行に行く日の朝である。また繰り返される。


一日目のバスガイドさんの説明、信じられないほどの激しい頭痛、

誰も私を見ない。

朝がくる。

また繰り返される。


一日目の行きの新幹線、どんどん抜け落ちる髪の毛、焼けるほど痛い頭皮、

誰も私を見ない。

朝がくる。

また繰り返される。


また繰り返された。いや、やはりおかしい。繰り返される時間が短くなっている。

私は悟った。きっとこのままだと、私は消える。

というより、私の時間は消える。

私が存在していた時間を、まるで動画を加工するように、トリミングされている。

いつかは一分にも満たない時間となり、最後には消える。

私はこれまで繰り返していた三日間を演じていたのだ。

友達たちは、同じように動いた。もちろん彼らの意志ではない。私の夢中で起こった幻想、そこから私は出られないでいる。

一生覚めない夢、なのかもしれない。


変化とは、尊いものなのだ。

“今”とは移り変わるべきもので、不変であることは酷である。

変わるからこそその“今”に価値が生まれる。

悲しく切ないものではない。

夢は夢なのであり、現は現なのである。

私は初めて、不変を呪った。


痛い。

冷たい空気が鼻の奥を突き刺して反射で涙が一粒、頬を伝って服の襟に落ちた。

冷房の効きすぎた部屋で、天井の照明と目が合う。窓からは白い光が差し込み、鳩が煩く歌っている。

朝である。

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