1杯目 狐のマヨイガ 1-1
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物心ついた時からあたしの家族は父さんだけだった。多忙なその人と暮らすにあたって小さいころから一人でいることの多かったあたしは、みんなが友達や家族と遊んでいた時間をずっとテレビの前で過ごしたりしていたわけだ。あたし自身がそれを恨めしく思ったり、ヘンだなんて考えたことは一度もない。けど、同年代の子たちの中で母親がいないあたしは中々奇異な存在だったらしく、周りに人は多いほうじゃなかった。
それだけならまだよかったけれど、実はあたしはもう一つ、普通の人たちと違うとこがある。
友達が多い方じゃないだけだったあたしは、それのおかげで、すっかり周りに誰もいないあたしになったのだ。
花渕三珠(はなぶちみすず)、十七歳。
あたし、昔から『フカシギ』が視える。
フカシギ──…… 不可視戯、というのは、つまり『オバケ』や『都市伝説』みたいなもののこと。怪異現象、都市伝説、妖ごと……世界に蔓延る人知を逸した物事を総称してそう呼ぶのだ。
あたしの暮らす『白夜町』は、隣の極夜街や黄昏番地と並んで『イ地区』とよばれ、特別に警戒態勢が敷かれるほどにそういう『ケ』が強い土地だと言う。
それらはどれも昔から人々の近くにありながら、自然に認識できる人はごく限られている概念だ。フカシギ現象を専門に扱う組織の人たちにさえ、それはやすやす見られるものではないらしく……それを何故か知覚できるのがあたしだった。
「本日のニュースです。昨晩未明、イ地区極夜街にてフカシギ傷害事件が発生しました。被害者は三名、区内の小学生がそれぞれ軽傷。イ地区フカシギ対策局は現在事件の因果関係を捜査し、加害要因である『狐狗狸』をB級災害認定から──……」
「くだらね」
ぽん、と飛び出したトーストを口に入れながら、父さんが消し忘れたらしいテレビの電源を落とす。ソーシャルゲームを周回連打しながらぼんやりダイニングカウンターの上にかけられた時計に目をやれば、時刻は八時半を指している。学校ならそろそろ予鈴が鳴るんだろうけど、今起きた身の上には関係ない話である。あたしは流れるようにソシャゲのデイリーミッションを始めた。
学校にほとんど行かなくなったのは結構前からだ。
フカシギが視える、と、気付いて口にしたその日から、あたしの周りにはより強い奇異や揶揄の視線が集まるようになった。子供のうちならいざ知らず、思春期にかかったあたしにとってそれはずいぶん居心地のよくないもので、教室から足が遠のくうちに保健室の戸を叩くのもやめ、今のような生活に落ち着いていた。誰が悪いって話でもない。
強いて言うならそれを払拭する努力をサボったあたしはちょっと悪いかもしれないけど、それを『悪い』としてしまうのはなんだかモヤっとするからいやだった。だって、人には人の考えがあって、それぞれ大事な友達や家族や恋人がいる。それならあたしとフカシギの繋がりだって尊重されるべきだと思うからだ。まあ、中には絶縁待ったなしみたいなやばいのもいるけど、ぶっちゃけそれは人間も同じに違いないだろう。
世間体はあんまりよくないだろうけど、それでもあたしは今の生活に結構満足している。
ただ、強いて言うなら。
「マジで金がない……」
そう、金。かなしいかな、世の中結局そこに尽きる。
自堕落な生活を一切の憂慮なく過ごせているということは、つまりあたしなる存在は多趣味なインドア人間なのだ。サブカル全般をゆるく履修しながら、特にゲームへ情熱を傾けている。
全世界老若男女貴賤を問わず大人気の某携帯ハードから据え置きのコンシューマー作品、手軽なソーシャルゲームに、インディーズのPCゲーまでそれはもう手広くカバー。しかも実況などではなくネタバレ根絶完全実機初見プレイに命を懸けているときた。これだけでどれだけの出費が見込まれるかなんて火を見るより明らかだろう。しかも時間は無限にあるのだからなお質が悪い。全部やりたい。口座の余剰はぐんぐん減るのに物欲は留まることを知らないんだから参ってしまう。
inyandoの新作はどーにか買えたけど、今月の半ばくらいにtabyからGameTerminalの後継機発表も控えてるし、なんならvapourのスプリングセールも来るし、そうこうすればDLCが沸いて出る。……そう思えば超絶楽観主義のあたしでさえちょっと未来の展望に頭を抱えてしまうわけだ。
「するしかない……のか……」
心底嫌だと言わんばかりの唸り声がどこにも届かずキッチンの換気扇へと消えていく。ここ数日ずっと眺めている電話番号を今日もたっぷり眺めながら、ウィッシュリストの中身をそっと洗い直して。
快晴の昼下がり、あたしは意を決してその電話番号をタップした。
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