第23話

「——玖。作玖!」


 肩を揺すられて、意識が浮き上がる。目の前にいたのは、姉の鹿乃瑚だった。


「お通夜、始まるよ」


 彼女の目の下には涙の跡が色濃く残っている。高校の制服もどこか草臥れているように見えた。作玖が着ている中学校の制服である詰襟も、突っ伏して寝ていたせいで変な皺がついている。

 兄である虎珀の葬式、正確にはお通夜はつつがなく終わった。鯨幕の無彩色にすら虎珀の白い髪の面影を見出してしまって、居づらくて仕方がなかった。

 家に帰って、一人になりたくてベランダに出る。家族の空気は、虎珀の植物状態の診断を告げられた時と同じくらい暗く、どんよりと重い。

 三枝家の経済に余裕はない。しかし、小さく古い型のスマホは少し我儘を言って買ってもらっていた。家の外ではSNSは使えないが、ベランダならば動画を再生くらいはできる。

 適当にスワイプをしていると、ギターを弾く手元を写したサムネイルの動画が目に留まった。

 試しになんとなくタップしてみる。すると、ギターやピアノ、ドラムと言った様々な音が重なり合って音楽となったものが耳に流れ込んでくる。いっそ暴威的なくらいに、含まれた感情が作玖の頭に流れ込んでくる。脳にある溝を全て埋めていくような、頭の中で何かが合致するかのような感覚。

 胸の中の空虚な何かが、満たされるような気がした。

 気がつけば、涙を流していた。泣いて、泣いて、そして曲を数回聴き終わったほどになると涙も枯れて、しかし随分とスッキリしていた。心が洗い流されたような気分だった。

 動画のタイトルは、『リリーへ』。投稿者の名前は、『胡蝶夢』。随分と洒落た名前だと思った。

 投稿されている曲は一本だけだったが、作玖はそれの虜になった。

 これは、作玖が高校生になっても、大人になっても、虎珀の享年を追い越しても、ずっとずっと聴き続ける音楽となった。どんな音楽が流行ろうとも、作玖は生涯この曲を聴き続ける。

 一つ、彼が惜しいと思ったのは。


 『胡蝶夢』が紡ぎ出して世に出した曲が、この一本だけであることだ。

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