源氏名の理由
でりば
源氏名の理由
「あたしを指名してくれたのって何か理由があるんですか?」
「いや、大したことじゃないんだけど、知り合いで同姓同名の人がいたから、なんとなくね」
夜のソープ。始めて来た店で女の子と二人でまだ服を着たままベッドに腰かけていた。
この子を指名したのは元カノの名前と同姓同名だったからだ。
「もう、こんなお店に本名で働いている子なんていないですよ。というか、その知り合いの子が出てくるんじゃないかと、ほんとうはちょっと期待してたんじゃないんですか?」
「顔写真がその子と違ったから期待はしてないよ。ただちょっと、運命的なものを感じただけ」
嘘をついた。この手の風俗店は顔写真も加工してあるから、本当は元カノが出てくるのではないかとほんのちょっと期待していた。
「へぇー、けっこうロマンチストなんですねぇ。ちなみに名前の漢字も一緒だったりしちゃいます?」
女の子はハンドバックから名刺を取り出した。
淡い黄色の紙に赤色のポップなフォント文字が並んでいた。小林 未来(コバヤシ ミク)、やはり元カノと同じ名前だ。
「たぶん漢字も同じだと思う」
「偶然ってすごいですねぇ。あ、そうだ!その知り合いの方のミクちゃんってどんな子なんですか?」
「えッ、どういうこと?」
「そっちのミクちゃんと重ねてくれた方が盛り上がるかなって思ったんですけど。ま、私もミクちゃんなんですけどね」
目の前のミクちゃんは少しも早口になり、明らかに乗り気な様子が見て取れた。
「それならちょっと気が強いタイプなのかな。あくまでイメージの話だけど」
「じゃあ、私からリードする形でやりますね。ちなみに、ミクちゃんって年下なんじゃないですか?」
「そうだね。どうしてわかったの?」
小林未来は会社の後輩だ。彼女が新人の頃、少し面倒を見ていた。社内恋愛をしていたのもその数ヶ月間だけだ。今は彼女と分かれてしまって、自分も他部署に異動して、社内でも社外でもほとんど関わり合いはない。
「あ、やっぱり。『知り合いの子』とか『その子』とか言っていたから、年下をイメージしていたんですよね。それなら『先輩』ってお呼びしましょうか?」
「先輩と呼ばれるような間柄じゃないよ」
実際に先輩と呼ばれたことは無いが、先輩後輩の関係を言い当てられると少しドキリとする。
「でも、年下の女の子に先輩って呼ばれると嬉しくないですか?」
「確かにあまり嫌な気はしないね」
「それじゃあ、服脱がせちゃいますね。先輩」
そういってミクちゃんは体を寄せて、こちらのワイシャツのボタンに手を掛けた。その時、前かがみになったミクちゃんの服のスキマから胸元が目に付いた。一瞬のことでよく見えなかったけど、胸にシミのようなものがあるように見えた。
ミクちゃんは俺からワイシャツを脱がせた後、自分のブラウスを脱いだ。やはり先ほどのは見間違いではなかったようだ。胸元に1cmくらいの丸いシミがあった。
「やっぱり、これ気になりますよね」
「そんなにジロジロ見る気はなかったんだけど」
「いや、いいんですよ。胸はこの一ヶ所なんですけど、肩にもあるんですよ」
ミクちゃんはこちらに見えるように左肩を向けた。肩には、四つの痛々しい丸い痕が他の皮膚と違う色をしていた。
「これ、煙草の痕なんです。高校の頃、ちょっといじめられてまして」
「ごめん」
「気にしないでいいですよ。他のお客さんにもよく聞かれますし。それに、今日は先輩にはちょっと本当のことを聞いてほしい気分なんです」
目を真っ直ぐ見て言われると、聞かなきゃいけない気がした。
「高校の頃、何人かにいじめられてて。最初はよくある陰口とかだけだったんですけど、だんだんエスカレートして、そのうち物を盗られたりしていって。それで、最後は『私たちに歯向かって生意気だから根性焼きで懲らしめてやる』とか言われて、煙草を押し付けられちゃいました」
「大変だったんだね」
「全然大丈夫です。ちょっとだけ復讐をして、今は克服している最中なんです」
「復讐?」
「根性焼きを付けられたときに、煙草を奪い取っていじめの主犯の子の首に押し付けてやりました。ただ、こんな火傷の痕なんて隠し通せる物じゃないし、すぐに学校に発覚して、その子は停学、私は自主退学になっちゃいました」
「そうだったんだ」
半裸の状態の二人の間をしばしの沈黙が流れた。
小林未来のことを思い出していた。彼女も高校の頃は学校にあまり行ってなかった時期があったとか言っていたっけ。彼女の場合、いじめられていたということではなく、素行が良くなかったと本人が言っていたが。
「キミの話を聞いて、自分でもわからないんだけど、一瞬知り合いの方のミクちゃんと重ねちゃったよ。全然似てないのにね」
「それは良かったです。それじゃあ、これからいっぱい楽しみましょうね。先輩」
ミクちゃんは下着を脱ぎ、つられてこちらも裸になった。
「まずはお体を洗いますね」
促されるようにしてバスチェアに座り、シャワーをかけられた。次にボディーソープで体を洗われる。
やはり、裸のミクちゃんが間近にいると胸と肩の煙草の火傷痕が目に付く。
その時、思い出した。元カノの小林未来の首にも同じ様な痕があることを。
「もっとミクちゃんのことを教えてくれたら、いっぱいサービスしますからね」
ちんぽを掴まれながら、耳元でミクちゃんの囁き声が響いた。
源氏名の理由 でりば @deliva25211
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます