第7話 ヴァタウ 2

 半数以上を新兵の頃から育て上げた子飼いの第三軍団は、他の軍団と違ってスワルタリア属州西部の蛮族諸国から国境を守る任に就き、毎日のように訓練と戦闘を繰り返していた。他の軍団のようにひと通りの建築技術はあったが、得意とするのはやはり戦闘だった。かつての同胞である蛮族諸国と戦うことに思うところが無い訳ではなかったが、私を戦闘へと駆り立てるあの熱狂から逃れられることはできなかった。


 しかし、タルサリアへ赴くにあたって、私は国境を守る第三軍団から離れざるを得なかった。代わりに第四軍団と共にタルサリア入りした。第四軍団の軍団長は当然居るのだが、私は名目上の軍団長として本隊は彼に任せ、タルサリアの王子へと接触を図ることとなった。



 タルサリアの王子、名はアイゼ・タルサリス。戦闘に於いては何のとりえもない男という話だった。かつての我が夫のように恵まれた肉体も持たず、神々からの祝福も無いという噂だ。いや、何か呪いのような祝福を得たと言う話はあった。そのような身の上のため努力家と言う話ではあったが、いずれにせよ、頭ばかり働かせているお坊ちゃんなど、踏みつけて死にはしないかという心配程度しか頭になかった。


 タルサリアそのものは気候こそ違えど、西の故国を思い出させるような土地だった。何より戦士たちの気質が清々すがすがしい。私の第三軍団が優れているとはいえ、それはあくまで属州内での話だ。タルサリアの戦士たちは男も女も勇猛果敢で気持ちの良い連中だった。



 ◇◇◇◇◇



 さて、軍団が到着した翌々日、私は望み通り早々にタルサリアの王子と個人的に面会する機会を得たのだ。場所は彼個人の屋敷のようだった。前線でもない限りは護衛も付けないとの話で、せいぜい高地ハイランドの聖女とやらが傍についているだけと聞いていた。ならば、その王子とやらを組み伏せて、私好みに躾けなおせば目的も叶うというもの。


 そして――





 ☆ずっきゅーん☆

 


 衝撃が走った!


 ――えっ? いや? えっ? これはなに?


 何がそうさせるのかがわからない。背は私よりもずっと低い。身体は思っていたより締まっている方だろう。だけどそうではない何か、何者にも代えられない何かの魅力に溢れていた。顔か? 顔は確かにかわいい、いやキリリと締まっていてバランスが良い。だが私は顔で男を選ぶような女ではない。いや、だが、目の前のこの男の顔は……魅力的だった。違う! そうではない、何か……この男から溢れるような何かが私の心を捕らえて離さなかった。元夫? それどころではない。元夫に勝る何かがこの目の前の男にはあった。私はいつしか、その目に熱いものを溢れさせていた。


「あの……どうかなされましたか?」


 目の前の少年の笑顔が眩しかった……。

 この年でまだ声変わりもしていないのか、透き通るような声が私の喉の奥を震わせた……。


たっとっ……」


「え?」


「いやっ、そのっ、なんでもないっ」


 私は慌てて涙を拭った。人前で涙を流すなど、初めての経験だった。


「どうぞ。ああ、使っていませんから。ずっと胸に入れている母の形見なのです」


 そういって王子は刺繍のされた布切れを渡してきた。


「そんな大切なものを……」


「いえ、あなたのような淑女に使っていただけて母も喜ぶと思います」


 淑女!――私は思わずその場に両膝を着き、屈みこんだ。その言葉に打ちのめされてしまったのだ。


「――大丈夫ですか? 我々に敵意はありませんよ、どうか落ち着いてください」


 そう言うと、王子は私を長椅子に導いてくれた。


 ――ああ、彼の一挙手一投足が私の胸を打つ!


 私は心のままに言葉を紡いでいた。


「お任せください、アイゼ王子。私がこの命に代えても貴方をお守りいたします」


「いえ……ヴァタウ様こそ心配ですので私がお守りしますよ」


 二人の言葉が重なった。


 ――ああ、これは婚姻の取り交わしだ……。


 あまりの幸福感に気を失った私は、思わず彼の腕の中へと倒れ込んでしまっていた。







--

 なんだかデカいルハカ(『堕チタ勇者ハ甦ル』)みたいになりました。


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