第8話 ヴァタウ 3

「あはぁぁぁぁああっ! アイゼ様ぁ! アイゼ様! もっと! もっとアイゼ様を私にぃ! 私にくださいませっ、ああっ、ああぁぁぁあああ!」


 そう叫びながらも私は――ああ、これ夢だわ――などと冷静に考えていた。だって考えてもみろ。私は今、アイゼ王子に組み伏せられるような華奢な女へとなり果てていたのだ。細腕とは縁遠いはずの私が王子に腕を捻られ、ベッドへと頭を着き、尻をもたげて懇願していた。ただ、高揚があまりに心地よく、このまま圧し掛かられ情けない姿を晒し続けることさえ嬉しかった。あまつさえ――せっかくの夢だしもっと楽しもう――などと快楽に身を任せていた。が――


「やっべ……」


 現実に引き戻された私は、湿らせたと言うには言い訳が苦しいほどの、明らかに何かを漏らしたような痕をシーツに残してしまっていた。おまけに部屋を見渡すと誰かの私室。そして昨日は間違いなく、アイゼ王子に個人的な面会を願い出た。つまりこの部屋は――



まっこと、申し開きもございません……」


 こちらに明らかに非があり、そしてやらかしてしまった以上は謝るしかない。隠し立てなど恥の上塗りという物だ。私は王子の部屋で休ませてもらっただけではなく、ベッドを貸して貰ったうえ、彼の寝間着まで貸して貰い、あまつさえその残り香に欲情し寝間着とベッドを濡らしたのだ。


「――かくなる上は、この首以て詫び申――」

「思いつめないでください、ヴァタウ様。誰にでも失敗はあります。慣れない辺境でお心も穏やかではなかったでしょう。不安もありましょう」


 王子の心遣いが胸に痛い。だけどそんなところも――


「すき……」

「え?」


 ハッ――と慌てて両手で口を押さえるも、今度は心臓が飛び出しそうだった。キュンキュンと胸が高鳴る。異常なまでの高揚感。帝国の兵をただ一人で、次から次へと薙ぎ倒したあの戦いのような、いや、それよりもずっとずっと――


「ヴァタウ様はかわいらしい方なのですね。――いえ、これは侮辱などではなく、その、もっと恐ろしい戦場での噂話を聞いておりましたものですから。このようなかわいらしい印象の女性とは意外だったのです!」


 キラキラと目を輝かせる、王子のその疑いようもない素直さに撃ち抜かれた私は眩暈に襲われた。

 すると王子は体格の差など気にもせず、私を支えてくれたのだ。そして再び私を長椅子に座らせた。


「今朝はしばらくここで休んでいってください。何か、身体によい物を作らせましょう。それと貴女の名誉のため、貴女がここに泊ったことは、決して口外せぬよう申し渡しておりますから、女中メイドの一人に渡るまで堅く口を閉ざしてくれましょう」


 ――ああ、女中メイドの一人に至るまで粗相を知られてしまっているのか……。


 すっかり意気消沈してしまった私は、卵と柔らかく煮た塩漬け肝、気付けの薬味が入った温かな麦粥を女中に装ってもらい、礼を言うと背を丸め、小さくなって啜ったのだった。



 ◇◇◇◇◇



「辺境に慣れるまでは私の傍に彼女を置こうと思うがどうか」


 アイゼ王子は、スワルタリア第四軍団へ私を連れて赴き、本来の軍団長にそう告げた。


「ええ、それはもう願ってもない。お気に召されましたなら何よりです」


 軍団長は総督からの指示を知っているため、喜んで了承した。

 アイゼ王子はその言葉にいくらか眉根を寄せたが、そんな顔も――


「よき……」


 ん?――とその場に居た第四軍団の者どもが訝しげに私を見た。


「――よ、よきにはからえ!」


 ますますおかしな顔をする第四軍団。

 私は笑ってごまかした。



 ◇◇◇◇◇



「軍団長として就任されて短いのでしょうか?」


 アイゼ王子は見抜いたようにそう問いかけてきた。


「わかりますか? ええ、お察しの通り私には子飼いの第三軍団が西方辺境に居りまして、それは優秀な者たちなのです」


「なんと、それは確かに。親しい者たちが共にいなければ寂しい事でしょう」


「あ、それは平気です」


 ――何故って、寂しいのは私の腹の奥だから。


「私も同じなのです。戦友たち、それも腕の立つ将官を属州へやったままなのです」


 同情するように王子は続けた。ああ、確か総督が言っていたな。


「許嫁が総督府へ行っているとか」


「許嫁……というわけではないのですがね」


 ――マジかよやったぁ! 私、イケるじゃん!


「――ただ、彼女は私のために全てを捧げると誓ってしまったのです。私もそれに報いたい……」


「……ああ、誓いは大切ですね」


 すぅ――とその許嫁に割り入られる感じがした。地母神様への信仰でも、彼らのような戦神への信仰でも、ただひとつ変わらぬものがあった。それは『誓い』。誓いは何よりも尊重され、破ることなどとても考えられないものだった。


 私が今、王子との将来を誓えば彼を困らせることになるだろうか。胸の高鳴りを言葉にしたい気持ちで溢れていた。だが、いや、そんなことはできない。彼の事を思えばこそだ。それに私の今の立場を考えろ。私はスワルタリア第三軍団の軍団長なのだぞ。もう既に家族のような彼らを放り出してタルサリアに付くなど――


「結婚して……」

「え????」



 ――第三軍団ゴメン!







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 今期のおもしろ枠かも!


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