第5話 エイリス 4
秋の事だった。
ちょうどその時期、私の他、七名の将官が属州を訪れていた。その引き換えとして、属州総督は多くの収穫物をタルサリアへ運ばせていた。私の到着に合わせるかのように属州は収穫祭に沸いていた。宴の狂乱振りは私たちを驚かせたが、その豊かさはそれ以上に私たちを驚かせた。
総督の勧めで町へ繰り出した私たちが見たものは、平民たちがまるで誰もが王族のように着飾り、飲み食いし、闘技場での競技や賭け事、演劇の鑑賞に興じていた様子だった。
祭りの間は総督府の供出した金で、誰もが好きな物を好きなだけ楽しめた。ご馳走や酒は金を払わずとも手に入った。町の大浴場は混浴では無かったため、私たちでも楽しめた。闘技場では真剣が用いられていたが、誰もが興奮して、負けた競技者のことなど私も含めて誰も考えなかった。そして演劇という物を初めて観た私は、その素晴らしさに感涙してしまった。
総督府では、総督が予定外の事案で属州外に出払ったことで一向に報告が進まなかった。
総督は好きに過ごしてくれていいと、私たちへ自由になる金まで残していた。私は一度タルサリアまで帰るべきだと言ったが、将官たちはここでの生活に完全に魅了されていた。
半月ほどして総督が戻り、報告が済むと私はすぐに帰国の準備を始めた。ただ、七名の将官は後に続かなかった。皆、あと半月だけと、居留を希望したのだ。私は誓いを盾に帰還を促したが、帰らない訳ではないからと、彼女らはみっともなく言い訳をしていた。
私は彼女らを捨て置き、帰国した。
しかし、そこに待っていたのは崩壊した戦線だったのだ……。
◇◇◇◇◇
幸い、アイゼや王弟殿下を始め、見知った将官や主だった戦士団は無事生きながらえていた。ただ、足の遅い属州の軍団兵は大きな損害を受けていた。
アイゼに不甲斐なさを謝るものの、彼は自分の責任だと言って譲らなかった。彼は戦線のほぼ全てのことについて決定を下していた。王弟殿下もそれらを補助していたが、王都が失われた際に被った人的損失は未だに我々を苦しめていた。
アイゼは常に
ただ、アイゼの傍には以前は見なかった女が居た。名をヴァタウと言った。
彼女は帝国の軍団長で、前回の軍団の貸与と共にタルサリアへ赴任してきていた。帝国は女を軍団兵に採用しない。帝国の女にしては体格がよいその女は、
自分と入れ替わるようにしてアイゼの隣に立つ彼女へ嫉妬を覚えたが、一人ただ減るよりはいい――と諦めの言葉も吐いた。もしかするとこの時の私は、自分ではない誰かが、変わらず彼を護ってくれることに安心していたのかもしれない。
◇◇◇◇◇
「我々にさらなる軍団の貸与と、七名の将官の帰還を命じてください」
私は再び、だが今度は自らの意思で属州総督府へと赴いた。
あれからひと月以上が経とうと言うのに、残してきた将官たちは誰も帰り支度を済ませていなかった。それどころか総督と睦まじく食事まで共にしていた。いったい何を考えているのか、果物を総督の口へと運んだり、長椅子で膝枕を許す者さえいた。
私は彼女らへの苛立ちを押さえながら総督との交渉に臨んでいた。
「なるほど、貸与した軍団の多くを失ってしまったか」
「はい、四半数ほどを……」
「儂も頭が痛い。皇帝陛下にこのような報告をせねばならぬとは……」
「ですが……ですが要衝の護りはこの属州の護りでもあります」
「そうか。其方の言うことも尤もだが、儂自身も多く、身を切らねばならん。いくらスワルタリアが豊かとは言え三軍団を送るとなれば、隣のノススコリア属州からも一軍団を守りによこして貰わねばならん。が、それは属州総督としてあまり体裁の良いものではない……」
「はい……」
「理解しておるのか? つまり、儂にもタルサリアからの見返りとして、何か旨味がなければ……ということだよ」
総督の言いたいことは何となくわかっていた。そして、いずれこのようなことになるのではないかと、心のどこかで思っていた。
私は人払いをしてもらい、総督の提案を受け入れることを決心したのだ。
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