第4話 エイリス 3
「エイリス様、本日は遠い所をようこそお越しくださいました。歓迎いたします」
総督府へ着くなり私に挨拶したのは、前回ここへ残してきたサーラという名の女兵士だった。彼女は薄衣と煌びやかな装飾品はそのままに、以前よりも肌艶のよい肢体を見せつけていた。
以前のように着飾られたのち、総督の部屋へ赴いた。
あの女兵士――サーラは総督に寄り添い、召使い――というよりはまるで愛妾のように振舞っていた。総督には帝都に妻も子供も居ると聞いたが、これは一体どういうつもりなのか。
私は今回、以前のようなことにならないよう兵士ではなく、女戦士長を二人伴っていた。立場ある彼女たちなら、サーラのようにならないと考えたからだ。
サーラは属州での豊かな生活を語って聞かせた。屋敷を与えられ、毎日のようにご馳走を食べ、美酒を呷り、穏やかに過ごすことで髪にも艶と張りが出てきたと話す。さらにはタルサリアへ戻るつもりは無いとまで言い切った。
◇◇◇◇◇
四日後、私は早めに報告を切り上げることにした。幸い、供の二人は属州に残るなどと言い出さなかったものの、サーラの待遇を見せつけられ、話を聞かされた二人はずいぶん揺れていたように思う。
――ここでの生活はタルサリアの戦士にとって毒だ。
もし次に従者を要望されたなら、損害の少ない兵士にすべきだと感じた。だが、豊かさと言う名の毒は、タルサリアの軍団を想像以上に侵し始めていたのだ。
◇◇◇◇◇
ふた月後、再び属州からの使いがやってきた。
当然のように指名された私だったが、私の元へぜひ付き添わせてくれと大勢の者が声を掛けてきた。その中には立場ある地位の将官までいた。アイゼへも属州への派遣の危険性を説いたが、次々と襲い来る新たな魔族の群れに彼も苦悩していた。
将官たちはタルサリアには欠かせない人材のため、私も含め彼女らに必ず国へ帰る誓いと、帝国へ彼女らを必ず帰すと言う誓約をさせた。
二名の将官を伴った属州総督府への報告は終わり、二人とも無事に国へ戻った。
ただ、三度目の帰国で何となく思ってしまったんだ。
この肌に纏わりつく砂埃の感触が
◇◇◇◇◇
四度目に属州を訪れた時は夏の日だった。
この頃になると私以外の将官も直接呼ばれるようになっていた。
そしてちょうどこの時期のタルサリア王都は、旧王都と違って蒸し暑くなる。
属州には町の中に大きな浴場があったし、総督府にも独自の浴場が作られていた。そこには
きゃっ――と将官の一人が短い悲鳴を上げる。見やるとそこには裸の総督が居た。
「おや、これはこれはお客人。驚かせてすまない」
そうはいう物の、前も隠さずたるんだ身体を見せつけるように歩いてくる。
「――ここは混浴だからな。皆、自由に出入りして良いのだ。もちろん粗相はいかん」
言うがしかし、総督は明らかに欲情していた。
私たちは身を寄せ合うようにして湯に身体を沈めていた。
やがて浴場にサーラが侍女を伴って現れた。当然のように一糸纏わぬ姿で。
待っていたかのように総督は立ち上がると、石の台のようなものの上に身を横たえた。
「よければお客人もご一緒にどうだ」
そう言って、他の石の台を見やるが誰も動かない。
サーラは総督の身体に何か塗り付け、垢を削ぎ始めた。彼女は普段からあのようなことをやらされていたのだろうか。削ぎ終わると湯で流し、身体を拭いて今度は香油を擦りこみ始めた。体の隅々まで香油で磨く様子は艶めかしくさえ見えた。
「エイリス様もぜひ。肌が綺麗になりましてよ。王子殿下も喜ばれるかと」
こんな状態でサーラにアイゼの話をされた私は思わず身を縮ませてしまった。
アイゼに今の状況を見られたらと思うと酷く申し訳なかったし、同時にこの浴場でアイゼと二人、過ごしたかったと考えてしまう自分が居た。タルサリアへ帰るたび、色艶の良くなった肌や髪をそれとなくアイゼに見せたが、彼は――ありがとう。苦労を掛ける――と私を労うだけで、女としての私を一向に見てくれなかった。
◇◇◇◇◇
夕方、総督の部屋へと呼ばれた。ただ、他の将官の姿は無かった。
私はいくらか警戒した。
「先ほどは突然のことで驚かせてしまった。申し訳ない」
殊勝にも、総督はそう言って私に頭を下げてきた。
「――この侘びと、それからエイリス嬢の
「そんなことで?」
私は思わず口に出してしまった。
「そんなことではないぞ。もう少し自身の価値を考えた方が良い。のう?」
「ええ、エイリス様はタルサリアいちの器量好しでございましてよ」
「そんな……」
口ごもったのはそんな言葉に思わず気を許してしまっていたからだ。私はもっと毅然とするべきだった。
「それに比べて儂などはこのたるみ切った体よ。もっとも、これでもサーラの
総督は意味ありげにそう話した。
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大浴場は文明の象徴ですね!
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