第2話 エイリス 1
私はタルサリアの王城へ仕える侍女の母の元に生まれた。
父の顔は覚えていない。戦場でエルフに攫われたとしか聞いていない。
私が幼い頃、王都は魔族の手に落ちた。当時、遊び相手として仕えていた王子殿下は魔族に攫われてしまった。大切な人を再び奪われた私は、王子殿下を取り戻すため
――王子殿下のため、未来永劫この身全てを捧げます。
主神様は私に『剣士』の祝福を授けてくれることで応えてくれた。
◇◇◇◇◇
私の剣の腕の上達を待つことなく、王子殿下は王弟殿下によって魔王領より救出された。
3年と半ぶりの王子殿下は逞しく成長されていた。大人たちは王子殿下の変わり様に驚いていたが、話す言葉こそ違えど王子殿下は以前の王子殿下のままだった。私は皆が見捨てる中、辛抱強く、王子との会話を続けた。そしてある日――
「えい……りす?」
「アイゼ!?」
たどたどしくはあった。けれど王子殿下は……アイゼは人間らしい発音で私の名を呼んでくれた。
◇◇◇◇◇
徐々に人間らしい発音に慣れていき、会話ができるようになったアイゼ。それもそのはず、アイゼは最初から私たちの言葉を理解していた。そのことを母に伝えていると、王弟殿下の耳にも入った。王弟殿下がアイゼと話すと、アイゼの方はどんどん難しい言葉を使いこなせるようになった。幼い私と違って徐々に大人びてくるアイゼに少しだけ嫉妬したが――
「エイリスのお陰だよ」
その言葉が嬉しかった。
「私はアイゼが居なくなった時、未来永劫アイゼのために身を捧げると誓ったの。王弟殿下が先に見つけちゃったけど、見つからなくても私がきっと探し出してみせるって思ってたんだよ」
アイゼは驚いていたが、それは本心だった。
◇◇◇◇◇
成長したアイゼは本来の明晰さを王都の重鎮たちに見せつけていった。魔族の戦い方や性質を理解し、対策を練り、国の護りをより強固なものとした。
守りに徹し、徐々に領土を失うしかなかった魔族との
「
『加速』で宙を舞った私は200尺ほど奥に居た赤い
アイゼの言った通りだった。ゴブリンたちは群れると恐ろしいが率いる者が居なくなれば脆い。散らしさえすれば本来の臆病な性質が表に出る――そうアイゼは言った。魔剣スルスカリで宙を薙ぐと敵の心を揺さぶる恐ろしい嘆きが響き渡る。途端、周囲のゴブリンどもは右往左往し始めた。
「勝負せよ!」
戦場で目立つ上背のオークに切っ先を向け、オークの視線がこちらに向いたのを確認すると剣を持つ手で胸を叩く。するとそのオークは真っ直ぐにこちらへ向かってきた。間に立つ、邪魔なゴブリンを斬り伏せながら。
アイゼの話では、オークは本来誇り高い種族。女を襲うのは呪いに依る破壊衝動のせいであり、こうして彼らなりの作法で自負心を刺激してやれば、必ず一対一の戦いになり、邪魔する者は味方と言えど斬り伏せる。尤も、勝負に負けようものなら私の貞操など容易に踏みにじられるだろうが、こちらとて負けてやる気はない。
名乗りらしき声をあげるオーク。言葉は分らないが同じ戦士として想像は付く。
「名はエイリス・スカーハス! 愛する者の剣として、いざ尋常に勝負せん!」
名乗りを返し、魔剣スルスカリを手に討ちかかった!
◇◇◇◇◇
勝負の末、倒れたオークの喉元に剣を突きつけるとその屈強なオークは手斧を取り落とした。
「
アイゼに教わったオークの言葉でそう告げると、そのオークは巨躯をもたげ、去っていった。オークの一団もそれに続く。オークはなるべく殺したくない――アイゼの望みであり、私も今、オークと戦って同じ思いに至った。
◇◇◇◇◇
アイゼの戦略で多くの魔族を討ち取った。だが、魔王軍の総力はアイゼでも計り知れなかった。中でも厄介なのが黒い髪のエルフたちだ。あれらはタルサリアの男を魅了し貪る。アイゼの話では、本質からしてそういう氏族なのだそうだ。加えてエルフは魔術を得意とする。障壁は魔剣の力でも容易に通らず、放つ稲妻は大勢の兵士を巻き込む。
魔術を得意とする相手は魔剣を揃えただけでは勝てない。
◇◇◇◇◇
「その娘とその娘、それからその娘が具合が良さそうだ」
私を指さすその男のいやらしい視線にぞっとした。
タルサリアの南西に控える帝国のスワルタリア属州。その総督であるアウグスト・エタニスという男は体は大きいくせに着ぶくれしたようにたるんでいて、手の平は子供のように無垢。剣の一振りも手にしたことが無いように見えた。
「なぁに、戦場の話を聞くにしても女の声の方が耳当たりが良いだろう? 兵と富を提供しようと言うのだ。こちらとしても、現状と提供しただけの成果を教えて貰わねば、身を切る甲斐が無い」
アイゼは困惑していた。当然だろう。本来ならこれは文官の役目だ。だけど――
「確実な支援を頂けるのでしたら、その任を私が務めます。タルサリアのために」
私は名乗りを上げ、他二名の女兵士を伴って属州総督府へ向かう事となった。
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本作の祝福の力は『かみさまなんてことを』の祝福と描写が異なりますが、あれよりもずっと強力なイメージです。聖秘術の祝福を授かったくらいの強さです。
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