第17話 核への道

佐々木優と特別対策チームは、山田彩の意識から得られた情報を元に、怪物の「核」を探し出す作戦を開始していた。怪物の核は、人々の意識を支配し、進化を続けるための中心であり、それを破壊しない限り怪物は消滅しないということが判明した。


しかし、核がどこに隠されているのか、その具体的な場所を特定することは容易ではなかった。怪物は物理的な存在を持たず、霧のようにその姿を変え、街中を彷徨っている可能性があった。そのため、佐々木たちは街のあらゆる場所を精査し、怪物の痕跡を追い続けていた。


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ある晩、佐々木はチームの一人、石田信也(いしだ しんや)と共に、怪物の痕跡が集中しているとされる廃ビルに潜入していた。そこは、かつて企業の研究施設だった場所で、髪の毛の怪物が発見される以前から、奇妙な実験が行われていたという噂があった。


「ここで本当に怪物の核が見つかるのか?」


石田が不安げに呟いた。彼はチームの中でも最年少であり、髪の毛の怪物との戦いを経験したことがなかった。そのため、怪物の恐ろしさを実感としては持っていなかったが、それでも彼の心には不安が渦巻いていた。


「わからない。しかし、ここには何かがあるはずだ。山田さんが最後に見たものが、この場所に関係していることは間違いない」


佐々木は廃ビルの内部を懐中電灯で照らしながら、慎重に進んでいった。ビルの中は荒廃しており、壁には無数のひびが入り、床には散乱した書類や機材の残骸が積み重なっていた。


「ここで一体、何が行われていたんだ…」


石田が廊下の壁に貼られた古いポスターを指差した。そこには「意識の境界を超える新たな実験」というタイトルと共に、人間の脳を描いた図が載っていた。それは、かつてこのビルで行われていた人体実験の一部を示唆しているようだった。


「田村博士の研究と関係しているのか…?」


佐々木はポスターを見つめながら呟いた。田村博士は髪の毛の怪物を生み出したが、その過程で何らかの意識に関する実験を行っていた可能性がある。もし、この場所でその研究が行われていたのだとすれば、怪物の核がここに隠されていても不思議ではない。


「ここに、怪物の秘密があるかもしれない。慎重に進もう」


佐々木は石田にそう言い、さらに奥へと進んだ。廃ビルの奥には、奇妙な気配が漂っていた。まるで人の気配があるかのような、かすかな息遣いが聞こえる。


「佐々木さん、ここ…本当に誰もいないんですよね?」


石田が緊張した声で尋ねた。彼の手は小刻みに震えており、懐中電灯の光が微かに揺れている。


「大丈夫だ。気を引き締めていこう」


佐々木は彼を落ち着かせようとしたが、自分自身もこの場所にただならぬ異様さを感じていた。ビルの奥に進むにつれ、空気が次第に重く、冷たくなっていくのを感じた。


やがて、彼らはビルの最深部にたどり着いた。そこには、巨大な金属製の扉があり、異様な光を放っていた。扉の表面には無数の手形が浮かび上がり、まるでその奥に閉じ込められている何かが助けを求めているかのようだった。


「これは…何だ…?」


石田が声を震わせながら問いかけた。佐々木は慎重に扉に近づき、手で触れてみた。金属は冷たく、その表面にはまるで何かのエネルギーが流れているかのような感触があった。


「この扉の向こうに、何かがある」


佐々木は確信を持って呟き、扉の隙間から奥を覗き込もうとした。だが、次の瞬間、扉の向こうから強烈な衝撃波が放たれ、彼と石田を弾き飛ばした。


「ぐああっ!」


二人はその場に倒れ込み、頭を強打した。彼らの視界は一瞬にして真っ暗になり、意識が遠のいていく。


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佐々木が意識を取り戻した時、彼は暗闇の中で横たわっていた。周囲には何も見えず、静寂が広がっていた。彼は必死に体を起こし、懐中電灯を探したが、どこにも見当たらなかった。


「石田…どこだ…?」


彼は暗闇の中で手探りで周囲を探し、やがて冷たい何かに触れた。それは、倒れている石田の体だった。


「大丈夫か、しっかりしろ!」


彼は石田の肩を揺さぶったが、彼の体はぐったりとして反応がなかった。佐々木は彼の脈を確認し、かすかに動いているのを感じた。


「くそ…救助を呼ばないと…」


佐々木はポケットから無線機を取り出し、警察本部に連絡を試みたが、電波が届かず、ただノイズが響くだけだった。


「一体、どうなってるんだ…」


彼は苛立ちながら無線機を叩き、周囲を見回した。その時、彼の耳に再び囁き声が聞こえてきた。


「私を…解放して…」


それは、再び山田彩の声だった。彼は驚き、声のする方を見た。だが、そこにはただ暗闇が広がっているだけだった。


「山田さん…?」


彼は恐る恐る声をかけた。だが、返事はなかった。彼は暗闇の中で一人、立ち尽くしていた。


その時、彼の目の前に一筋の光が差し込んだ。まるで闇の中に道が開けるかのように、その光は彼を奥へと誘っているようだった。


「これは…?」


彼は石田をその場に残し、光の方へと歩き出した。光の先には、再び巨大な金属製の扉が現れた。その扉には、見覚えのある印が刻まれていた。


「田村博士の研究所のマーク…?」


彼は驚き、その扉をじっと見つめた。田村博士の研究所は、かつて髪の毛の怪物を生み出した場所であり、彼自身もその事件に関わったことがあった。


「まさか、ここに…」


彼は慎重に扉を押し開け、中へと入った。扉の向こうには、巨大な研究室が広がっていた。そこには無数のモニターと、巨大なタンクが並んでおり、タンクの中には人間の姿をした無数の影が浮かび上がっていた。


「これは…」


彼はその光景に息を呑んだ。タンクの中には、人間の形をした無数の「意識」が浮かんでいた。それは、かつて怪物に取り込まれた人々の意識が、物理的な体を失い、ここに集められているのだ。


「まさか、これが怪物の核なのか…」


彼は衝撃を受けながらも、その場に近づいていった。すると、モニターの一つが突然点灯し、映像が映し出された。それは、田村博士が髪の毛の怪物を生み出した実験の映像だった。


「田村博士…」


佐々木はその映像をじっと見つめた。田村博士は実験室で、髪の毛を分子レベルで操作し、人間の意識をその中に閉じ込めようとしていた。


「意識を持った存在を生み出すことで、進化の限界を超える存在を作り出す…」


博士の言葉が映像の中で響いた。その言葉は、まるで今の怪物の姿を予見しているかのようだった。


「だが、意識は肉体に囚われず、自由に進化する。髪の毛という形態は、あくまで第一段階に過ぎない。その先には…」


博士の言葉は途中で途切れ、映像は消えた。佐々木はその言葉に胸が震えた。怪物は、意識という形で進化を続け、今や完全な独立した存在になろうとしているのだ。


「これを…止めなければならない」


彼は決意し、タンクに近づいた。だが、その時、再び頭の中に山田彩の声が響いた。


「待って…」


その声は、彼を止めようとしていた。彼は驚き、その声に耳を傾けた。


「あなたが壊してしまえば、ここに閉じ込められた人々の意識も、全て消えてしまう…」


その言葉に、彼は動揺した。ここに閉じ込められた人々の意識――それは怪物に取り込まれ、今や怪物の一部となっている存在たちだった。もし彼がこのタンクを破壊すれば、彼らの意識もまた消え去ってしまう。


「そんな…どうすれば…」


彼は悩んだ。怪物の核を破壊しなければ、怪物の進化を止めることはできない。しかし、その代償として無数の人々の意識が失われることになる。


「山田さん、どうすれば…」


彼は必死に問いかけた。だが、彼の耳には何も返ってこなかった。


「くそっ…」


彼はタンクの前で立ち尽くし、頭を抱えた。彼にできることは何なのか、彼には分からなかった。


その時、再びモニターが点灯し、今度は山田彩の姿が映し出された。彼女は静かに微笑みながら、彼に語りかけてきた。


「佐々木さん、あなたならきっと、この怪物を止めることができるわ」


彼はその映像に驚き、目を見張った。彼女の姿はまるで生きているかのように、モニターの中で動いていた。


「私が最後に見たもの、それは怪物の弱点だった。怪物は人々の意識を取り込み、その力を増大させているけれど、その核にアクセスできれば、怪物を無力化することができる」


「核にアクセス…?」


彼はその言葉に耳を傾けた。彼女は静かに頷きながら、彼に続けた。


「怪物の核は、物理的な存在ではない。それは、人々の意識の中に存在している。もし、あなたが自分の意識をその中に送り込み、核を見つけることができれば、怪物を止めることができるわ」


「そんなことが…できるのか…?」


彼は驚きと戸惑いで、山田彩の言葉を信じることができなかった。だが、彼女は静かに微笑んでいた。


「大丈夫。私があなたを導くわ。あなたならきっと、怪物の核にたどり着ける。だから…私を信じて」


彼はしばし黙り込んだ。だが、やがて彼の心に決意が芽生えた。


「わかった。あなたを信じる」


彼は深呼吸し、タンクの前に立った。彼は意識を集中させ、山田彩の言葉を頼りに、自分の意識を怪物の中に送り込もうとした。


その瞬間、彼の視界が一変し、暗闇の中に放り込まれた。彼の周囲には、無数の意識が漂っており、まるで迷い子のようにさまよっていた。


「ここが…怪物の内部…?」


彼はその場で立ち尽くし、無数の意識の影を見つめた。その中には、見覚えのある顔もあった。かつて怪物に襲われ、命を奪われた人々の意識が、ここに集められていたのだ。


「こんな…ところに…」


彼は悲しみに胸を締め付けられながら、さらに奥へと進んだ。そこには、一つの巨大な光が輝いていた。それは、怪物の核そのものであり、無数の意識がその周囲に吸い寄せられていた。


「これが…怪物の核…」


彼はその光に手を伸ばし、恐る恐る触れた。すると、強烈な痛みが彼の体を貫き、まるで自分の意識が引き裂かれるかのような感覚に襲われた。


「ぐああっ…!」


彼は苦痛に耐えながら、必死にその光を掴もうとした。だが、その光はまるで生きているかのように、彼の手から逃れようとした。


「これで…終わりだ…!」


彼は叫びながら、全力でその光を掴み、力を込めた。すると、その光が激しく揺れ、次第に崩れ始めた。


「やった…これで…」


彼は勝利を確信し、力を抜いた。だが、次の瞬間、光が爆発し、彼の体が吹き飛ばされた。


「ぐあああっ!」


彼の意識は暗闇の中に沈み、やがて完全に消えていった。彼の視界が闇に包まれる中で、彼は最後に山田彩の微笑む顔を見た。


「ありがとう…佐々木さん…」


その言葉を聞きながら、彼の意識は完全に闇の中に消えていった。


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目を覚ました時、佐々木は研究室の床に倒れていた。彼の周囲には、怪物のタンクが無残に破壊され、無数の意識が解放されていた。


「私は…」


彼はゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。怪物の核は破壊され、研究室には静寂が広がっていた。


「やった…怪物を…止めたんだ…」


彼は呟き、静かに涙を流した。山田彩の意志を受け継ぎ、怪物を止めることができた。そのことに、彼は心からの安堵を感じていた。


だが、彼の心にはまだ不安が残っていた。怪物は本当に消え去ったのか――それを確かめる術は、彼にはなかった。


「これで…本当に終わったのか…?」


彼はそう呟きながら、廃ビルの外へと歩き出した。街には静かな夜が広がっており、闇の中には何も異常は見当たらなかった。


彼は街の灯りを見つめ、静かに息をついた。


「田村博士、村上博士、山田さん…これで、少しは報いることができたんだろうか…」


彼はそう呟きながら、空を見上げた。星々が瞬く夜空に、彼は彼らの姿を重ね、静かに祈った。


彼らの犠牲が、無駄でなかったと信じるために。


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翌日、街には再び平穏が訪れた。怪物の脅威は完全に消え去り、人々はようやく本当の意味での日常を取り戻すことができた。


警察は、怪物の核を破壊した佐々木の功績を称え、彼の行動を「街の英雄」として報じた。だが、佐々木自身はそのことに満足してはいなかった。


「まだ、何かが残っている気がする…」


彼は怪物の核を破壊したにもかかわらず、心の中に何か拭い去れない不安を抱えていた。それは、かつて髪の毛の怪物との戦いを終えた時に感じたものと同じだった。


「本当に、怪物は消えたのか…」


彼は静かに街を歩きながら、その答えを探していた。怪物が完全に消え去ったのか、それともまた別の形で復活するのか――それは誰にも分からない。


だが、彼は再び決意を新たにした。もし、また新たな脅威が訪れた時、自分は再び立ち上がると。


彼らの意志を継ぎ、街を守るために。


平穏な日々の中で、彼はその決意を胸に秘め、静かに歩き続けていた。

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