第16話 影の潜伏
街は再び日常を取り戻しつつあったが、人々の心には不安が消えないまま残っていた。警察の調査班が謎の黒い塊に襲われた事件は公式には公表されず、一般市民には知らされていなかった。だが、噂は瞬く間に広まり、街の隅々まで恐怖が伝わっていった。
「まだ怪物がいるらしい」
「政府が隠してるんだって」
「髪の毛の怪物よりももっと恐ろしい存在が…」
こうした噂は、学校や職場、カフェの中でささやかれ、人々の心に見えない影を落としていた。だが、具体的な証拠や詳細な情報がないため、その影は漠然とした不安として広がるばかりだった。
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警察本部では、新たな怪物の脅威に対処するため、特別対策チームが編成されていた。彼らは田村博士や村上博士、そして山田彩が残したデータを元に、怪物の進化を抑える手段を模索していた。
その中心にいたのは、特殊部隊の指揮官であり、髪の毛の怪物との戦いを生き延びた数少ない者の一人、佐々木優(ささき ゆう)だった。彼は、かつて田村博士の指揮の下で怪物に立ち向かったが、その恐怖を忘れることはできず、今もその影に悩まされていた。
「私たちは、何としてもこの新しい怪物の存在を突き止めなければならない」
佐々木は会議室のテーブルを見つめながら、静かに言った。彼の前には、怪物による襲撃で犠牲になった調査班のメンバーの写真が並べられていた。その中には、山田彩の姿もあった。
「彼らの犠牲を無駄にするわけにはいかない。怪物がどこに潜んでいるのか、どうやってその力を増大させているのか、それを解明しなければならない」
彼の言葉に、対策チームのメンバーたちは黙って頷いた。だが、彼らの顔には不安と焦りが見て取れた。怪物の力は、既存の科学の範疇を超えており、どう対処すべきかは依然として手探りの状態だった。
「まずは、怪物の残した痕跡を徹底的に調査する。黒い塊が形成された場所や、それに関わる人物の行動を洗い出し、怪物の行動パターンを掴むんだ」
佐々木はそう指示し、チームにデータの分析を命じた。怪物の痕跡は、街のあちこちに散らばっているが、それらを繋ぎ合わせることで、何かしらの手がかりを掴むことができるかもしれない。
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その夜、佐々木は一人で警察本部の屋上に立っていた。彼は冷たい夜風に吹かれながら、街の灯りを見下ろしていた。街は表面上は平穏を取り戻しているように見えるが、彼の胸の中には言いようのない不安が渦巻いていた。
「本当に、これで怪物を止めることができるのか…?」
彼は空を見上げ、星空を眺めた。彼にとって、髪の毛の怪物との戦いは今でも悪夢のような記憶として残っている。田村博士の犠牲、そして村上博士や山田彩の命を賭した戦い――彼らの死を無駄にしたくないという思いが、彼を突き動かしていた。
「何か…何か手がかりがあるはずだ」
彼はポケットから山田彩の遺した手帳を取り出し、そのページをめくった。そこには、怪物の進化についての仮説や、彼女自身が考えた対策のアイデアが書かれていた。
「怪物は人々の意識に干渉し、そのエネルギーを糧に進化する…」
彼女の書き残した言葉が、彼の心に重くのしかかった。怪物は単なる物理的な存在ではなく、人々の意識や記憶を取り込み、それを力としているのだ。もしそれが本当ならば、怪物を倒すためには物理的な攻撃だけではなく、その精神的な影響を断ち切る方法を見つけなければならない。
「何としても…」
佐々木は手帳を閉じ、決意を新たにした。彼は自分の中に湧き上がる不安と戦いながら、再び会議室に戻った。
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翌日、佐々木は対策チームと共に、怪物の痕跡が発見された旧工場へと向かった。現場は既に封鎖され、厳重な警戒態勢が敷かれていた。
「ここが、調査班が全滅した場所か…」
彼は、工場の中に足を踏み入れながら呟いた。廃墟となった工場の内部は、静寂に包まれており、まるで時間が止まったかのように不気味な雰囲気を醸し出していた。
「隊長、こちらを見てください」
一人の隊員が、工場の中央部にある黒い痕跡を指差した。そこには、黒い塊があった場所がくっきりと残されていた。その周囲には、干からびた人間の体が転がっており、まるで彼らの命がそこに吸い取られたかのようだった。
「ここに…何かがいたのか」
佐々木はその場に膝をつき、黒い痕跡を指で触れた。冷たい感触が彼の指先に伝わり、まるで何か生きているものを感じ取るかのような感覚が走った。
「これは、まるで…」
彼はふと、手帳の中に記されていた一つの仮説を思い出した。
「人々の意識を吸収することで、自らを進化させる存在…」
彼はその仮説を元に、装置を組み立て始めた。それは、山田彩が開発しようとしていた「精神遮断装置」の改良版であり、怪物が人々の意識に干渉するのを防ぐことができると考えられていた。
「これで…何とかなるはずだ」
彼は自らの手で装置を設置し、慎重にスイッチを入れた。装置が静かに作動し、特殊な電磁波が工場全体に広がっていく。
「これで、怪物が人々の意識に干渉することはできない」
佐々木は装置の動作を確認し、深く息をついた。だが、その時、彼の耳に再び囁き声が聞こえた。
「私を…ここに…」
それは、まるで山田彩の声のように聞こえた。彼は驚いて周囲を見回したが、誰もいない。装置の音が静かに響く中、その囁き声は彼の耳の中で繰り返されていた。
「まさか、山田さん…?」
彼は恐る恐る装置の周りを見回し、工場の奥に歩みを進めた。そこには、かつて怪物の塊があった場所が広がっていた。
「ここに…山田さんがいるのか…?」
彼はその場に立ち尽くし、黒い痕跡を見つめた。すると、突然彼の頭の中に、無数の映像が流れ込んできた。
それは、山田彩の記憶だった。
彼女が田村博士と共に行った研究、村上博士との対話、怪物に立ち向かう決意、そして最後の瞬間に感じた絶望と希望――全てが、彼の頭の中に流れ込んでくる。
「これは…山田さんの…」
彼は混乱しながらも、その映像を見続けた。彼女は最後の瞬間、怪物に取り込まれながらも、その意識を捨てず、怪物の中で必死に抵抗していた。そして、その時、彼女は何かを見つけたのだ。
「怪物の…核…?」
彼はその言葉に驚愕した。山田彩の意識は、怪物に取り込まれながらも、その内部で怪物の核心に辿り着き、それを破壊する方法を見つけていたのだ。
「山田さん…」
彼はその場に膝をつき、涙を流した。彼女は最後まで諦めず、怪物と戦い続けていたのだ。その意志は、今も怪物の内部で抵抗し続けている。
「私が…あなたの意思を継ぐ」
佐々木は立ち上がり、山田彩の意志を感じながら、再び装置を見つめた。彼女が最後に伝えた言葉――それは、怪物の核を破壊するための手がかりだった。
「怪物の核を見つけ、破壊する。それしか…怪物を完全に消滅させる方法はない」
彼は決意を新たにし、対策チームにこの情報を伝えた。そして、彼らは山田彩の意志を受け継ぎ、怪物の核を見つけ出し、それを破壊する作戦を立て始めた。
怪物との戦いは、まだ終わっていなかった。だが、彼らには今、山田彩という新たな希望の光があった。彼女の意志を胸に、佐々木と対策チームは、怪物の核を探し出すために、再び立ち上がった。
街には再び闇が忍び寄っている。だが、その闇を打ち破るための光が、今、彼らの中に灯り始めていた。怪物との最終決戦が、今、静かに始まろうとしていた。
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