第15話 闇の中の声

怪物との戦いが終わり、街は再び平穏を取り戻していた。田村博士、村上博士、そして山田彩の犠牲によって、怪物の脅威は消え去ったかに見えた。人々は再び日常を取り戻し、街の復興が進む中、彼らの名は英雄として語り継がれた。


だが、真の平穏はまだ訪れていなかった。


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ある晩、警察本部に一本の電話が入った。それは、山田彩の遺した装置のメンテナンスを担当している技術者からのものだった。


「どうしましたか?」電話を受けた警察のオペレーターは尋ねた。


「装置の出力が異常な変動を見せています。まるで、何かが干渉しているような…」


その言葉にオペレーターは動揺を隠せなかった。装置は怪物の進化を抑制し、街を守るための最後の砦だった。もし、その装置が異常を起こしているとしたら、再び街に危機が訪れることを意味している。


「すぐに調査班を派遣します。場所を教えてください」


技術者は、装置の設置されている街の外れにある旧工場の位置を伝えた。オペレーターはすぐに調査班を編成し、現場に向かわせた。


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その夜、街の外れにある旧工場には、薄暗い月明かりが差し込んでいた。工場の廃墟には、草木が生い茂り、長らく放置されたような静けさが漂っていた。


調査班が到着し、警戒しながら装置の周囲を調べ始めた。装置は異常な音を立てながら、まるで何かに抵抗しているかのように震えていた。


「これは…いったい何が起こっているんだ?」


一人の隊員が、装置のデータを確認しながら呟いた。電磁波の出力が不安定で、時折、強烈なエネルギーの波が装置から放出されていることが分かった。まるで、装置が何かを抑え込もうとしているようだった。


「これじゃまるで…」


彼がその言葉を口にしようとした瞬間、工場の奥から奇妙な音が響いた。まるで人の声のような、だが何か異質なものが混じった、低い囁き声だった。


「誰か、いるのか…?」


隊員たちは緊張を高めながら、声のする方へと歩みを進めた。懐中電灯の光が工場の奥を照らし出し、崩れかけた壁や破壊された機械の残骸が浮かび上がる。


「ここには…何もないはずだ…」


隊長が警戒心を持ちながら、隊員に指示を出した。工場の奥に進むにつれて、囁き声はますます大きくなり、やがてそれは、まるで人々の叫び声が混ざり合ったかのような不気味な音に変わっていった。


「やめて…助けて…」


「痛い…苦しい…」


無数の声が混じり合い、耳をつんざくような叫びが響く。隊員たちはその音に耳を塞ぎながら、恐る恐る声の発生源に近づいていった。


そして、彼らはそれを見つけた。


工場の奥、壊れた壁の向こうに、一つの巨大な黒い塊が存在していた。それは髪の毛の怪物の名残のように見えたが、その形は不定形で、無数の人間の手や顔のようなものが表面に浮かび上がっていた。


「なんだ、これは…!」


隊員の一人が驚愕の声を上げた。黒い塊は、まるで生きているかのように動き、無数の手が空中を掴むように揺れ動いていた。その中から、人々の声が響き続けている。


「まさか、怪物がまだ…」


隊長が言いかけたその時、黒い塊から一本の黒い触手が伸び、彼の体に絡みついた。


「ぐあああっ!」


彼は悲鳴を上げ、触手を引き剥がそうとしたが、触手はまるで鋼のように硬く、彼の体を締め上げていく。


「隊長!くそっ、離せ!」


他の隊員たちが懸命に触手を引き剥がそうとしたが、黒い塊からさらに無数の触手が伸び、彼らの体をも拘束した。触手は彼らの体を締め上げ、まるで生気を吸い取るかのように彼らの体から力を奪っていく。


「助けて…こんな…ことが…」


隊員たちの声が次第に弱まり、やがてその体は無力に崩れ落ちた。彼らの体はまるで生気を失ったように干からび、その場に転がった。


黒い塊は、彼らの体を取り込むように無数の触手を伸ばし、その体を吸い込んでいった。そして、塊はさらに大きく膨れ上がり、まるで人間の形を取ろうとするかのように動き出した。


「まさか、これが…新しい怪物の姿なのか…」


その場に残された一人の隊員が呆然と呟いた。彼の目には、怪物の塊の中に、無数の人間の顔や手が見えていた。それはまるで、人々の意識や魂を取り込み、再び一つの存在に変わろうとしているかのようだった。


その時、彼の耳に再び囁き声が響いた。


「来い…こちらへ…」


それは、どこか懐かしい、優しい声だった。まるで、母親が子供を呼ぶような響きが、その耳に届いてきた。


「誰だ…誰が俺を…」


彼はその場で立ち尽くし、黒い塊を見つめた。塊の中から、無数の手が彼に向かって伸び、彼の体を包み込むかのように引き寄せようとしている。


「いや…来るな…」


彼は必死に逃れようとしたが、体が動かなかった。触手が彼の体に絡みつき、まるで彼の心を引き裂くかのように締め上げていく。


「俺は…こんなところで…」


彼の声は次第に弱まり、やがて静かに息を引き取った。彼の体は、他の隊員たちと同じように干からび、黒い塊の中に吸い込まれていった。


黒い塊は、彼らの体を取り込みながら、さらに膨張し、ついに人間の姿を形成し始めた。無数の人間の顔や手がその体表に浮かび上がり、まるで苦しみと叫びの塊のような不気味な姿をしていた。


そして、その中心に、一つの顔が浮かび上がった。それは、かつて山田彩が持っていた優しい顔立ちをしていたが、その目には赤い光が宿り、まるで全てを支配しようとするかのような強い意志が感じられた。


「私は…ここにいる…」


その声は、彼女の口からではなく、まるで黒い塊全体から響いているかのようだった。それは人間の声ではなく、無数の意識が一つに溶け合った、異質な存在の声だった。


「私が…新たな守護者だ…」


その声が静かに響いた瞬間、黒い塊はその場に崩れ落ち、周囲に黒い霧を撒き散らしながら消え去っていった。


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翌朝、警察と特殊部隊が現場に到着し、調査班が全滅したことを確認した。彼らはその場の異様な状況を前に、ただ立ち尽くしていた。


「また…何かが起こったのか…」


隊長が呆然とした表情で呟いた。彼の目の前には、黒い塊の痕跡が残されており、その周囲には干からびた遺体が転がっていた。まるで全ての生命力を吸い取られたかのように、その場は静まり返っていた。


「一体、何が…」


彼は地面に残された黒い痕跡を見つめ、恐怖に震えた。その痕跡は、まるで何かが這いずり回ったかのように不規則な模様を描いており、その中心には、無数の人間の手形が残されていた。


「これは…まさか…」


彼は恐る恐る、その模様を見つめた。その模様は、まるで一つの文字を描いているようだった。


「『支配』…」


その文字を見た瞬間、彼は背筋が凍るような感覚を覚えた。それは、かつて田村博士や村上博士が警告していた、人間の意識を支配する存在の出現を予感させるものだった。


「まだ…終わっていなかったのか…」


彼は呆然と立ち尽くし、やがて深い溜息をついた。


街には再び、怪物の影が忍び寄っていた。髪の毛の怪物、そしてその進化形をも超えた新たな存在が、人々の意識を支配しようとしている。


田村博士、村上博士、山田彩の犠牲をもってしても、怪物の進化を止めることはできなかったのか――街には再び、闇が訪れようとしていた。


だが、人々は決して諦めなかった。彼らの命を賭けた戦いの意志は、まだ街の中に生き続けていた。怪物の脅威に立ち向かうために、誰かが再び立ち上がらなければならない。


暗闇の中、再び灯る希望の光を求めて――新たな戦いの幕が、今、静かに上がろうとしていた。

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