第14話 新たな守護者
村上啓介の死は、街に新たな衝撃を与えた。髪の毛の怪物が倒され、平穏を取り戻したかに見えた街に、再び恐怖が蘇ったことは、住民たちに絶望をもたらした。人々は再び不安に駆られ、街の中には怪物がまだ潜んでいるという噂が広がった。
警察と政府は事態の収拾に追われ、街全体に厳戒態勢が敷かれた。村上が最後に残したデータは警察により回収され、彼が発見した新たな怪物の存在についての情報が慎重に分析されていた。
「これは…髪の毛の怪物の進化形か…?」
警察本部の会議室で、幹部たちは集まり、村上の遺したデータを元に議論を重ねていた。データには、怪物が髪の毛という物理的な形態から意識を持った存在へと進化する可能性が記されていた。それは、かつて田村博士が警告したように、人間の意識や記憶に干渉し、支配する力を持つ存在だということを示唆していた。
「もし、これが真実だとしたら、街全体が危険に晒されることになる」
一人の幹部が苦い表情で言った。
「現時点で、新たな怪物の動向は掴めていない。しかし、村上博士が命を賭して調査した内容を無視することはできない。我々は、この進化形を徹底的に追跡し、対策を講じる必要がある」
「だが、どのようにしてそれを追跡するのか?髪の毛の怪物は物理的に攻撃することができたが、今度の相手は意識に干渉するという。どうやって戦えばいいんだ?」
幹部たちの議論は迷走し、苛立ちと焦りが部屋全体に広がっていった。
その時、一人の若い女性が会議室に入ってきた。彼女は村上博士の元で研究をしていた助手、山田彩(やまだ あや)だった。彼女は村上の意思を継ぎ、警察の科学捜査班と共に怪物の調査を続けていた。
「皆さん、私の話を聞いてください」
彼女の声に、会議室の中が静まり返った。彼女は震える手で資料を持ち、前に立った。
「村上博士は、新しい怪物の存在を知り、その進化を止めようとして命を落としました。彼は最後に、怪物が私たちの意識に干渉する存在になる可能性について警告していました。私たちは、怪物がどのようにして意識を支配するのか、その方法を解明しなければなりません」
彼女は資料を広げ、そこに書かれたデータをスクリーンに映し出した。
「怪物は、髪の毛を通じて人間の脳に影響を与えることができます。そして、怪物が進化し、新しい形態を得た今、その影響はさらに強力になっていると考えられます。村上博士は、その影響を無効化するための装置を開発していました」
「装置?」
幹部たちが彼女の言葉に耳を傾けた。
「はい。意識に干渉する波長を遮断し、怪物の支配を無効化するための特殊な電磁波を発生させる装置です。これを街の要所に設置することで、怪物が人々に干渉することを防ぐことができます」
彼女は装置の設計図を見せながら説明を続けた。
「村上博士はこの装置を完成させる寸前でした。もし彼が怪物に襲われていなければ、きっとその力を封じ込めることができたでしょう。今、私たちにできることは、この装置を完成させ、街を守ることです」
幹部たちは顔を見合わせ、彼女の提案について慎重に考え込んでいた。新しい怪物の脅威を前に、彼らは行動を起こさなければならないという思いと、果たしてそれが成功するかという不安が交錯していた。
「我々に残された時間は少ない。装置を完成させるためには、専門的な知識と、村上博士が遺したデータが必要だ」
幹部の一人が言った。
「それなら、私にやらせてください」
山田彩の決意の籠もった声が響いた。彼女の目には、田村や村上が抱いていたような、強い意志と使命感が宿っていた。
「私は村上博士の助手として、彼と共にこの装置の開発に関わってきました。彼が遺したデータと私の知識を使えば、きっと装置を完成させることができます。彼の意志を無駄にしないためにも、私にやらせてください」
彼女の言葉に、幹部たちはしばし黙り込み、やがて頷いた。
「わかった。君に託す。だが、怪物の存在が明らかになれば、君自身の命も危険に晒される。無理はするな」
「ありがとうございます」
彼女は深々と頭を下げ、決意を新たにして部屋を出て行った。彼女には、もう迷いはなかった。田村、そして村上が命を懸けて守ろうとした街を、今度は自分が守る番だと心に誓っていた。
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それから数日、山田彩は警察の協力のもと、村上博士の遺したデータを元に装置の製作を進めた。装置は意識への干渉を無効化する特殊な電磁波を発生させるため、非常に繊細で複雑な作業が必要だった。彼女は昼夜を問わず研究室にこもり、装置の完成に全力を注いだ。
「田村博士、村上博士…どうか、私に力を貸してください…」
彼女は呟きながら、装置の微調整を続けた。彼女には時間がなかった。怪物が再び活動を始め、人々の意識に干渉し始めたら、それを止める術はない。装置が完成し、怪物の支配を無効化することだけが、街を守る唯一の希望だった。
ようやく、装置が完成したのは、村上の死からちょうど一週間後の夜だった。彼女は装置を警察の特殊部隊と共に車に積み込み、街の各地に設置する計画を立てた。
「これで…怪物の支配を止めることができる」
彼女は装置を見つめ、静かに息をついた。だが、彼女の心にはまだ不安が残っていた。怪物が本当にこの装置で封じ込められるのか、それは誰にもわからない。
「行きましょう。私たちには、これをやり遂げるしかないんです」
彼女は自らの不安を振り払うように、特殊部隊の隊長に声をかけた。隊長は頷き、部隊のメンバーに出発の指示を出した。
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街のあちこちで、装置が次々と設置されていった。人々の生活圏や公共施設、重要なインフラの周囲に装置が設置され、怪物の影響を遮断するバリアが形成されていく。夜の闇に包まれた街は、装置の光で微かに輝き始めた。
「これで…全て設置完了です」
山田彩は最後の装置を設置し、電源を入れた。装置が静かに作動し始め、彼女はほっと胸を撫で下ろした。全ての装置が正常に動作していれば、怪物が人々の意識に干渉することは不可能になるはずだ。
だが、その瞬間、街の外れから不気味な轟音が響き渡った。彼女は驚いて音の方を見た。そこには、巨大な黒い影が見えた。まるで街全体を覆い尽くすかのような、その姿は、髪の毛の怪物とは全く異なるものだった。
「まさか…あれが…」
彼女は恐怖で息を呑んだ。巨大な怪物は、無数の触手を広げながらゆっくりと街に向かって進んでいる。その姿は、人間の意識を支配するために生まれた、全く新しい存在のようだった。
「今すぐ、全ての装置を最大出力にして!」
彼女は叫び、警察に指示を出した。装置が一斉に光を放ち、電磁波が街全体に広がった。怪物はその光に反応し、体を激しく揺らした。触手がビリビリと震え、まるで痛みに耐えるかのような動きを見せる。
「効いている…?」
彼女は希望を感じた。しかし、次の瞬間、怪物は大きく体を揺らし、無数の触手を街に向かって伸ばした。装置の光が触手によって遮られ、その出力が次第に弱まっていく。
「くそっ…まだ足りないのか!」
彼女は焦り、さらに装置の出力を上げようとした。だが、その時、怪物の一部が突然分裂し、巨大な黒い塊が彼女に向かって飛んできた。
「いやっ…!」
彼女は叫び、必死に避けようとしたが、間に合わなかった。黒い塊が彼女に襲いかかり、その体を包み込んだ。
「ぐあああっ…!」
彼女の体に激しい痛みが走り、視界が一瞬にして真っ暗になった。怪物の力が彼女の体を締め上げ、意識を奪おうとしている。
「こんな…こんなことで…終わりたくない…」
彼女は必死に抵抗した。だが、怪物の力はあまりにも強く、彼女の体は次第に動かなくなっていった。意識が薄れゆく中で、彼女は一つの希望を抱いていた。
「田村博士…村上博士…どうか…街を…守って…」
彼女の最後の意識が消え去ると同時に、彼女の体は黒い塊に飲み込まれ、その場に崩れ落ちた。
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街には再び、怪物の脅威が迫っていた。山田彩が命を懸けて設置した装置は、その力を発揮しつつも、怪物の圧倒的な力に押し負けそうになっていた。人々は再び恐怖に怯え、逃げ惑い、混乱が街を包んでいた。
だが、その時、街の中心にある一つの装置が突然、強烈な光を放ち始めた。その光は怪物の触手を弾き飛ばし、周囲に広がっていった。
「これは…!」
警察の隊長が驚きの声を上げた。装置は、まるで田村や村上の意思を受け継ぐかのように、かつてない力を放ち、怪物の力を押し返していた。
「街を…守るんだ!」
彼はその場で叫び、装置を守るために部隊を指揮した。装置の光は街全体を包み込み、怪物の影響を完全に遮断していた。
怪物は痛みを感じるかのように体を揺らし、触手を縮めながら後退し始めた。その姿は、まるで意識を失いかけているかのように見えた。
「効いている…!装置が怪物を封じ込めているんだ!」
隊長の叫び声が響く。装置の光はさらに強まり、街全体に広がっていった。怪物はその光の中で次第に力を失い、やがてその姿を消していった。
街に、再び静寂が訪れた。怪物の姿は完全に消え、街はその光に包まれていた。人々はその光を見上げ、胸を撫で下ろしながら、再び平和が訪れたことを感じていた。
だが、その光の中で、山田彩の姿はなかった。彼女は最後まで、街を守るために戦い続け、命を散らしたのだった。
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彼女の犠牲は、街を守るために払われた最後の代償だった。田村博士、村上博士、そして山田彩――彼らの命を懸けた戦いは、街を怪物の支配から解放し、人々に平和を取り戻した。
だが、その平和の中に、彼らの姿はない。彼らの犠牲があってこそ、街は再び立ち上がることができたのだ。
人々はそのことを決して忘れることはないだろう。彼らが命を賭して守ろうとした街を、今度は自分たちの手で守り続けていくと誓いながら。
街には再び平穏が訪れた。だが、その平穏は決して当然のものではない。彼らの犠牲の上に築かれたものだということを、決して忘れてはならないのだ。
人々の胸の中には、彼らの意思が今も生き続けている。その意思は、いつまでも街を守り続ける光となって、彼らの心に灯り続けるだろう。
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