第9話 決死の対策会議

街は髪の毛の怪物による恐怖で麻痺していた。パトロールを強化した警察もその脅威には太刀打ちできず、犠牲者は日ごとに増えていくばかりだった。住民たちは不安に震え、避難することすらままならない状況に追い込まれていた。そんな中、政府は怪物に対抗するため、緊急の対策会議を招集した。


政府高官、警察の幹部、そして田村雅彦博士を含む科学者たちが一堂に会する形で、会議は厳重な警戒態勢の中行われた。会議室には緊張感が漂い、誰もがこの異常な事態に対する打開策を模索していた。


「状況は深刻です。髪の毛の怪物による犠牲者は、すでに数十名に達しています。このままでは、さらに多くの市民が犠牲になるでしょう」


内務省の幹部が冷ややかな表情で発言した。彼の声には、怒りと焦りが混ざり合っていた。集まった人々は、その言葉に身を震わせながら黙って耳を傾けていた。


「これまでの対策は全く効果を上げていません。警察の武器では怪物に傷一つつけることができず、犠牲者を出し続けています。我々は、根本的な解決策を見つけなければなりません」


幹部の言葉に、会議室の空気が重苦しく沈んだ。誰もがこの異常事態に対処する術を見失っていたのだ。


「怪物は、ただの物理的な攻撃では倒せません。私たちは、もっと本質的なアプローチを考える必要があります」


田村博士がゆっくりと立ち上がり、重々しい声で言った。彼は自分が生み出してしまったかもしれない怪物に対する責任を強く感じており、それを食い止めるために全力を尽くそうとしていた。


「怪物は、人間の髪の毛を吸収することで、その体を構成し、成長しています。その体は特殊な分子構造を持っており、あらゆる物理的な攻撃を無効化します。これまでの研究から、怪物の中枢が頭部に存在することがわかっていますが、シールドによってそれを守っているため、攻撃は容易ではありません」


「では、どうすればそのシールドを突破できるのか?」幹部が鋭く問いかけた。


「音波装置を使った試みは失敗しました。しかし、怪物のシールドは、特定の波長の光に対して弱い可能性があることがわかりました」


田村はノートパソコンを開き、そこに映し出された怪物の解析データをスクリーンに投影した。


「怪物のシールドは、実際には髪の毛の繊維が高密度に集まっている構造であり、光の波長を反射する特性を持っています。しかし、特定の波長、特に紫外線の一部の周波数は、この繊維構造を破壊し、シールドを無効化する可能性があるのです」


「つまり、紫外線を使えばシールドを突破できるということか?」


幹部の一人が食い入るように田村を見つめた。


「理論上は、そうです。しかし、問題はその光を怪物にどう照射するかです。怪物は非常に素早く、光源を感知するとすぐにその場を離れます。しかも、攻撃されると即座にシールドを強化し、反撃してきます。私たちは、怪物のシールドが無効化される瞬間を狙って、頭部に致命的なダメージを与える必要があります」


「それにはどうすればいい?」


田村は少し考えた後、続けた。


「まず、怪物を特定の場所におびき寄せる必要があります。紫外線照射装置を設置し、怪物が現れた瞬間にシールドを破壊します。その隙に、特殊な装備を持ったチームが怪物の頭部を攻撃するのです」


「特殊な装備?」幹部が疑問の声を上げた。


「はい。私が考案したのは、怪物の分子構造を分解するための特殊な薬剤を使った『液体ナノマシン』です。この薬剤を怪物の頭部に注入することで、その体を内側から破壊することができます」


会議室にいた全員が、田村の説明を食い入るように聞いていた。彼の提案は、これまでの対策とは全く異なるものだった。


「だが、そんなものが本当に効果を発揮するのか?実験もされていないのに…」


ある幹部が慎重に反論した。


「確かに、実験はまだ十分ではありません。しかし、このままでは何も進展しないのです。怪物の脅威は日増しに拡大しています。私たちは、これ以上の犠牲を出すわけにはいきません」


田村は力強く訴えた。彼の言葉には、今までの失敗に対する強い決意が込められていた。


会議室は静まり返り、重苦しい沈黙が続いた。やがて、内務省の幹部が静かに頷いた。


「わかった。君の提案に賭けてみよう。怪物を倒すために、私たちはどんな手段でも取らなければならない。すぐに準備を始めてくれ」


田村は深く息をつき、頷いた。彼にはもう時間が残されていないことを知っていた。街の人々を救うためには、今すぐに行動を起こさなければならない。


その夜、田村は科学者チームと共に、紫外線照射装置と液体ナノマシンの準備を進めた。彼らは街の中心部にある広場を作戦の現場に選び、装置を設置し、怪物を誘き出すための準備を整えた。


「これで、準備は整った」


田村は深夜の広場に立ち、紫外線照射装置を確認しながら呟いた。科学者たちと警察の特殊部隊が周囲に配置され、すべてが緊張の中にあった。


「田村博士、本当にこれで大丈夫なのか?」


警察の特殊部隊の隊長が心配そうに尋ねた。彼の目には、これから起こる戦いに対する不安が浮かんでいた。


「分かりません。ですが、これが私たちに残された唯一の方法です。怪物を止めるために、全力を尽くしましょう」


田村は彼の肩を叩き、微笑んだ。その笑みには、不安を隠しながらも決意が込められていた。


そして、静寂な夜の空気を裂くように、遠くの街の方から怪物の姿が現れた。黒い塊がゆっくりと、しかし確実に広場の方へと進んでくる。


「来た…!」


田村は息を呑んだ。怪物は、彼らの用意した罠に引き寄せられるかのように、広場へと近づいてきていた。無数の髪の毛が渦を巻き、光を反射しながらゆっくりと漂っている。


「全員、位置につけ!作戦を開始する!」


隊長が無線で指示を飛ばし、警察と科学者たちは一斉に動き出した。紫外線照射装置が静かに起動し、怪物の出現を待つ。


怪物は広場の中央に立ち、しばらくその場で佇んでいた。まるで周囲の状況を見極めているかのように、その赤い目が鈍く輝いている。


「今だ、照射開始!」


田村の合図と共に、紫外線装置が一斉に光を放った。強烈な紫外線が怪物を包み込み、髪の毛で構成されたシールドが一瞬で崩壊する。


「効いてる!シールドが消えたぞ!」


特殊部隊の隊員たちが歓声を上げ、すかさず怪物の頭部に向かって攻撃を仕掛けた。液体ナノマシンを注入するための特殊な槍を構え、怪物の頭部に突き刺そうとする。


だが、次の瞬間、怪物が激しく反応した。無数の髪の毛が一気に周囲に広がり、特殊部隊の隊員たちを弾き飛ばした。彼らは何とか体勢を立て直そうとするが、髪の毛がまるで生きているかのように彼らを捕らえ、締め上げていく。


「くそっ!攻撃が効いていない!」


隊長が叫ぶ。怪物のシールドは消えたが、依然としてその体は強固で、彼らの攻撃を受け付けなかった。


「いや、まだだ!もう一度照射を強化するんだ!」


田村が叫び、紫外線照射装置を再度調整した。強烈な光が怪物に再び降り注ぎ、髪の毛が焦げるような音を立てて弾け飛んだ。


「今だ!ナノマシンを注入しろ!」


隊長が再び指示を飛ばし、隊員たちが再び怪物に向かって突進した。液体ナノマシンの槍が、怪物の頭部に向かって突き刺さる。次の瞬間、怪物は激しく身をよじり、頭部から黒い液体が噴き出した。


「効いている…!」


田村は息を飲んだ。怪物の体が激しく揺れ、髪の毛が一本一本解けるように消えていく。怪物は苦しむように大きく体をのたうち回り、頭部のシールドが完全に崩壊していった。


「やったか…?」


隊長が呟いた。怪物の体が次第に崩れ、まるで黒い塵が風に流されるように消えていく。広場には、怪物の残骸が舞い散り、静寂が訪れた。


「これで…」


田村は胸をなで下ろし、安堵の息をついた。だが、その時、怪物の残骸から黒い髪の毛が再び集まり始めた。


「まさか…まだ生きているのか!?」


隊員たちが後ずさる。怪物の体は、再び形を取り戻し、頭部のシールドがさらに強固に再生されていった。まるで、彼らの攻撃を進化の糧にしているかのように。


「くそっ、どうすればいいんだ…」


田村は絶望の表情を浮かべた。怪物は進化し、彼らの攻撃を完全に無効化している。シールドを再び展開し、彼らを見下ろしている。


「撤退だ!全員、退避しろ!」


隊長が叫び、隊員たちは一斉に広場から退避し始めた。怪物はその場で不気味に立ち尽くし、彼らの動きをじっと見つめている。


「田村博士、行きましょう!」


若い科学者が田村を引き、彼を広場から離れさせた。田村は悔しさに唇を噛みしめながら、怪物の姿を見つめ続けた。


「私は…間違っていたのか…」


彼の心には深い絶望が広がっていた。怪物を止めることができなかったことが、人々の命を奪い続けることになるのだと。


髪の毛の怪物は、再びその力を増しながら、街を徘徊し続ける。人々の恐怖は、より一層深く、闇の中で広がっていくのだった。田村は、自分の責任を痛感しながらも、絶望の中で次なる対策を模索し始めていた。彼にはまだ、街を救うための時間が残されているのか――それは誰にもわからなかった。

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