第10話 髪の毛の支配者
怪物との戦いに敗れ、田村と特殊部隊は広場から撤退した。しかし、その後も怪物の攻撃は止まらず、街はさらなる混乱に陥っていた。怪物は無差別に人々を襲い、髪の毛を奪い取る。警察や政府も、もはや怪物を制御する術を持たず、街全体が無法地帯と化していた。
それから数日後、田村の研究室は異様な静けさに包まれていた。失意の田村は、怪物の進化に対抗するための新たな手段を模索していたが、その目は疲れ果て、希望の光を失っていた。彼の頭には、過去の実験データと現在の惨状が渦巻き、夜も眠れない日々が続いていた。
「どうすれば…この怪物を止められるのか…」
田村は机に頭を埋め、弱々しく呟いた。怪物は、彼がかつて行った髪の毛の分子構造改変実験によって生まれた、異常な生命体であることがわかっていた。だが、その詳細なメカニズムや、今の怪物の意図を完全に理解することはできなかった。
彼は、再び実験データを読み返し、髪の毛の構造や怪物の進化過程について調べ続けた。その時、彼の目に一つの仮説が浮かび上がった。
「もしかして…怪物は、ただ髪の毛を吸収しているわけではない?」
田村は、震える手でメモを取った。怪物が髪の毛を吸収することによって、単に成長しているのではなく、何かしらの意図を持って髪の毛を集めているのではないかという疑念が湧き上がった。
「髪の毛…人間のDNA、そして意識…まさか、そんなことは…」
彼の考えは、常識を超えた仮説へと向かっていた。怪物は、吸収した髪の毛を通じて、人々の意識や記憶に干渉しているのではないか。もしそれが本当だとすれば、怪物は単なる暴走する生命体ではなく、人間の意識を集め、何かしらの目的を持って行動している可能性がある。
田村は急いで資料をまとめ、警察署へと向かった。幹部たちに自分の仮説を伝え、怪物の行動パターンや、襲撃された人々のデータをさらに詳細に調べる必要があると訴えた。
「田村博士、それは…あまりに非現実的な仮説です」
警察の幹部は戸惑いの表情を浮かべた。怪物が意図を持ち、人間の意識に干渉するなど、通常の科学では説明がつかない。
「私も信じたくはありません。しかし、今の怪物の行動には、単なる捕食や成長以上の何かが感じられるのです。もし、怪物が髪の毛を通じて人々の意識を支配しようとしているのだとしたら…それは我々にとって、非常に大きな脅威です」
田村の真剣な訴えに、幹部たちはしばしの沈黙の後、渋々ながらも協力を約束した。彼らは田村の仮説をもとに、怪物の行動パターンを分析し始めた。
その夜、街の中央に位置する広場では、怪物が人々を襲い続けていた。警察や軍隊が周囲を警戒しているものの、怪物の力は彼らを遥かに上回っていた。怪物は無数の髪の毛を操り、次々に人々の髪を吸収し、彼らを白骨化させていく。
その光景は、まるで髪の毛の大海の中で、人々が溺れているかのようだった。逃げ惑う人々の悲鳴が夜空に響き、無数の髪が光を反射して不気味に揺れている。
「これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない…」
田村は決意を固め、幹部たちと共に、広場の周囲に再び特殊な紫外線照射装置を設置した。怪物の動きを止めるため、再度の決戦を試みるのだ。
「田村博士、本当にこれで怪物を止められるのか?」
幹部の一人が不安そうに尋ねた。田村は装置を調整しながら、静かに答えた。
「今度は、怪物の行動パターンを読んだ上での作戦です。怪物は人々の意識や記憶を集め、何かをしようとしているはず。その行動を逆手に取ることで、シールドの展開を無効化できる可能性があります」
田村は装置を起動し、怪物が広場の中心に来るのを待った。そして、怪物の動きが止まる瞬間を狙い、紫外線を最大出力で照射した。
強烈な光が怪物を包み込み、そのシールドが再び崩壊する。髪の毛の繊維が分解し、怪物の体が一瞬だけ無防備になる。
「今だ!攻撃を仕掛けろ!」
特殊部隊が一斉に怪物の頭部に向かって突進し、液体ナノマシンを注入するための槍を突き立てた。怪物の体が激しく揺れ、無数の髪の毛が放射状に飛び散る。
だが、怪物はすぐに反撃を開始した。無数の髪の毛が隊員たちを捉え、彼らの髪の毛を吸い取ろうとする。隊員たちは必死に抵抗するが、怪物の力は圧倒的で、次々に倒れていく。
「くそっ、まだダメなのか…」
田村は歯を食いしばりながら、怪物の様子を見つめた。だが、その時、彼の目にある異変が映った。
怪物の頭部の一部が、不気味な輝きを放ち始めていた。まるで何かを訴えるかのように、その輝きは強まり、怪物全体が震え出した。
「これは…」
田村は直感的に何かを感じ、装置の制御盤に駆け寄った。その輝きは、彼が大学での実験で見た、髪の毛の分子構造が変化する時の反応に似ていた。
「まさか…怪物は、進化しているのか…?」
彼の脳裏に、一つの仮説が浮かび上がった。怪物は、彼らの攻撃を受けることで、さらに自らの力を進化させているのではないか。もしそれが本当なら、彼らの攻撃は逆に怪物を強化するだけの行為になってしまう。
「全員、攻撃を中止しろ!今すぐだ!」
田村が叫んだが、時すでに遅し。怪物はその体を大きく膨張させ、無数の髪の毛が嵐のように広がった。隊員たちはその勢いで吹き飛ばされ、髪の毛に絡め取られていく。
「ぐあああっ!」
隊員たちの悲鳴が響き、怪物は次々に彼らの髪を吸収し、その体をさらに巨大化させていく。広場全体が、怪物の髪の毛に覆われ、逃げ惑う人々を次々に捕食していった。
「私は…私は一体どうすればいいんだ…」
田村はその光景を見つめ、膝から崩れ落ちた。彼の攻撃は逆効果だった。怪物を倒すどころか、刺激し、より凶悪になったのだった。
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