第5話 怪獣の進化

街の中心部、人気のない広場には緊張感が漂っていた。夜空に浮かぶ月が不気味に輝き、怪物の影を薄明かりに照らし出している。田村と警察チームは、科学者の音波装置を準備し、怪物が動き出す瞬間を待っていた。


「皆、準備はいいか?」


ベテラン刑事の声に、警官たちは頷く。怪物の攻撃に備え、防弾チョッキを身にまとい、重火器を構えている。だが、これまでの戦いで火器が全く効果を発揮しなかったことを、全員が知っていた。今夜の作戦の成否は、田村の音波装置にかかっている。


「先生、いつでも行けます。」


刑事が田村に声をかける。田村は深呼吸をして、音波装置のスイッチに手を伸ばした。彼がセットした周波数は、怪物のシールドを無効化するはずの特別なものだ。


「よし…それじゃあ、行くぞ。」


田村がスイッチを押すと、装置から目に見えない音波が怪物に向けて発せられた。人間には聞こえないが、空気が微かに振動し、周囲の雰囲気が一変した。


その瞬間、怪物の動きが止まった。髪の毛でできた巨大な塊が、まるで何かに引き寄せられるように、揺らめきながら音波の方へと注意を向けている。怪物の赤い目のような部分が、鈍く光り始めた。


「効いている…!」


田村は心の中で歓喜した。怪物のシールドが一瞬だけ薄れ、その巨大な頭部がむき出しになるのが見えた。今だ、という瞬間が訪れた。


「撃て!」


ベテラン刑事が叫び、警官たちは一斉に怪物の頭部に向けて銃を放った。弾丸は狙い通り怪物の頭に命中し、髪の毛の塊が一瞬弾けるように揺れた。


「やったか…?」


田村が呟く。だが、その言葉が終わる前に、怪物が恐ろしい速度で反応した。頭部の周囲に再び髪の毛が集まり、今までよりもさらに分厚いシールドが展開された。まるで、彼らの攻撃に応じて進化したかのように、シールドは光を放ち、彼らを威圧する。


「ま、まずい!シールドが強化されたぞ!」


警官たちは恐怖に凍りつき、再び銃を撃とうとするが、怪物はもう彼らを許さなかった。巨大な髪の毛の触手が一斉に伸び、警官たちに向かって襲いかかってきた。


「下がれ!下がれ!」


ベテラン刑事が叫ぶが、その声も虚しく、数名の警官が髪の毛に絡め取られた。彼らはまるで蜘蛛の巣に囚われた獲物のように、髪の毛に巻きつかれ、引きずり上げられる。


「助けてくれ!うわああああ!」


警官たちの絶叫が広場に響き渡る。髪の毛の怪物は、彼らの頭に髪の触手を突き立て、強引に髪の毛を引き抜いていく。血の一滴も零さずに、髪の毛だけが抜き取られ、彼らの体は急速に乾燥し、縮んでいく。


「やめろ…くそっ、やめろ!」


ベテラン刑事は歯を食いしばり、銃を撃ち続けたが、怪物は全く動じなかった。警官たちが次々に髪を奪われ、白骨化していく姿を目の当たりにしながら、彼は無力感に苛まれた。


「こいつ…こいつは一体何なんだ…!」


怪物は警官たちを次々に襲い、残った彼らは散り散りに逃げ出すしかなかった。広場には、白骨化した警官の遺体と、乾いた髪の毛の束が無数に残されている。


「田村先生!ここから離れましょう!」


刑事が叫び、田村の腕を引っ張った。田村は唖然としながら、広場の惨状を見ていた。彼の作戦は失敗に終わり、さらに怪物を強化させる結果を招いてしまったのだ。


「私は…私は間違っていたのか…」


田村の声は震えていた。彼は研究者として、怪物の存在を解明し、止めようとしていた。だが、その行動がさらなる悲劇を招いてしまった。怪物は進化し、彼らを遥かに上回る力を持っている。


「ここから逃げましょう!今は無理です!」


刑事に引っ張られながら、田村はようやく広場を離れた。彼の耳には、怪物の髪の毛が空気を裂く音と、警官たちの断末魔の叫び声がこびりついて離れなかった。


翌日、広場には大勢の警察と救急隊員が集まっていた。惨状を目の当たりにし、誰もが言葉を失っている。白骨化した遺体と、散乱する髪の毛が無残に広がっているその光景は、悪夢そのものだった。


「これが…怪物の力か。」


ベテラン刑事は唇を噛みしめながら、白骨化した仲間たちの遺体を見つめていた。彼らは恐怖と絶望の中で命を落とし、無残に髪の毛だけを奪われて死んでいった。


「田村先生…我々はどうすればいいんですか?」


若い刑事が震える声で尋ねた。田村は頭を抱え、呆然と立ち尽くしていた。彼の科学的アプローチは、怪物には通用しなかった。いや、それどころか、怪物をさらに進化させてしまったのだ。


「私には…もうわからない…」


田村はその場に崩れ落ち、泣き出した。彼の心は深い絶望と無力感に覆われていた。怪物は人間の科学の枠を超えた存在であり、彼らを嘲笑うかのように、街を支配し続ける。


「怪物は、私たちの理解を超えている…」


田村の呟きが静かに響いた。その言葉には、怪物に対する畏怖と、止められないという諦めが混じっていた。


髪の毛の怪物は、街のどこかで再びその力を蓄えている。さらなる犠牲者を求め、さらなる進化を続けながら。


果たして、人類に打つ手は残されているのだろうか――。田村と刑事たちの戦いは、まだ終わりを見せることはなかった。

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