第4話 科学者の目

怪物による襲撃事件が増加し、街はまるで幽霊都市のように静まり返っていた。人々は恐怖のあまり外出を避け、街中の通りには人影がほとんど見られなくなっていた。警察は夜間パトロールを強化し、怪物の行方を追うが、その動きは神出鬼没で捕まえることができない。


そんな中、事件を解決するために一人の科学者が動き出した。彼の名は、田村雅彦(たむら まさひこ)、大学で生命工学を専門とする教授だった。田村は怪物の存在を知り、普通ではあり得ないこの事態に、科学者としての好奇心と使命感を感じていた。


「この怪物、一体何者なんだ…」


田村は警察の捜査資料と、被害者たちの証言をもとに、怪物の正体を探る研究を始めた。彼の研究室には、被害者たちから採取した髪の毛のサンプルが並び、その一本一本を顕微鏡で詳細に調べていた。


「髪の毛が異常に変質している…この構造、普通の人間の髪とは全く違う。」


田村はサンプルを注意深く観察し、異常な分子構造を発見した。怪物に襲われた髪の毛は、まるで別の生物の一部であるかのように、変異していたのだ。


「この髪の毛、まるで生きているみたいだ。まさか…」


田村は頭を抱え、思索に沈んだ。髪の毛の怪物は、ただの幻想や都市伝説ではなく、実在する生命体である可能性が高い。しかも、それは人間の髪の毛を材料にして、何かしらの生体反応を起こしているのだ。


「もし、この怪物が人間の髪を取り込んで成長しているとしたら…?」


田村の脳裏に、一つの恐ろしい仮説が浮かんだ。怪物は人間の髪の毛を栄養源として吸収し、自己再生や進化を繰り返しているのではないか。そう考えると、怪物の成長が止まらない限り、被害はますます拡大するだろう。


彼はすぐにデータをまとめ、警察署へと向かった。警察は田村の研究に半信半疑であったが、これまでの捜査では全く手がかりが掴めていなかったため、彼の話に耳を傾けた。


「つまり、先生の仮説では、怪物は人間の髪を材料にして成長しているということですか?」刑事の一人が尋ねる。


「はい、そうです。被害者の髪の毛には、怪物の構造と類似する変異が見られます。怪物はおそらく、人間の髪の毛を取り込むことで自身を修復し、成長し続けていると考えられます。」田村は資料を広げ、髪の毛のサンプルの写真を指し示した。


「だが、そんな生物がこの世に存在するはずが…」別の刑事が不満そうに呟く。


「そう思いたいのは分かりますが、現実に起こっていることです。しかも、怪物には通常の攻撃が通用しない。弾丸すらすり抜けるほどの特殊な体を持っているのです。」田村は続ける。


「では、どうやってその怪物を倒せばいいんですか?まさか髪の毛を狙えと?」


「いいえ、髪の毛そのものはあくまで構成物です。私が注目しているのは、怪物の頭部です。被害者の証言から、怪物にはある種の中枢が存在する可能性が高い。その部分を破壊することができれば、怪物を倒すことができるかもしれません。」


田村の言葉に、刑事たちは静かに耳を傾けた。科学的な視点からの分析により、彼らの中に一筋の希望が生まれつつあった。


「では、その中枢をどうやって狙うんですか?奴はすぐにシールドのようなものを展開して防御します。」


「それが問題です。怪物の防御システムは非常に強力で、通常の武器では突破できない。しかし、私はある特殊な音波を使って、怪物のシールドを一時的に無効化する方法を考えています。」田村は自信に満ちた表情で、ノートパソコンを開き、シミュレーション結果を見せた。


「この周波数の音波を発生させる装置を怪物に向けて照射することで、シールドのエネルギーを中和させることができます。その隙に中枢を攻撃するのです。」


刑事たちは田村の説明を聞き、互いに顔を見合わせた。リスクは大きいが、怪物を倒すためには他に方法はない。


「やってみる価値はありそうだな。」


ベテラン刑事が口を開いた。彼の表情には、覚悟と決意がにじんでいた。


「先生、あなたの提案に賭けてみよう。すぐに装置を用意してください。我々も作戦を立てます。」


田村は深く頷き、研究室へと戻った。彼の手には、街を恐怖から解放する鍵が握られている。彼は夜通し装置の準備を進めながら、怪物との対決の時が迫っていることを感じていた。


---


翌日、田村と警察は怪物をおびき寄せるための作戦を練り、街の中心部に罠を仕掛けた。住民には避難勧告が出され、街は完全に封鎖された。あの恐怖の髪の毛の怪物を打ち倒すための決死の戦いが、今まさに始まろうとしていた。


しかし、怪物がその策にかかる保証はどこにもない。田村と警察は、緊張した面持ちで怪物の出現を待ち続けた。時間が過ぎるにつれて、街全体が不気味な静寂に包まれていく。


その時、遠くの闇の中から、あの不気味な黒い塊がゆっくりと現れた。髪の毛でできた怪物は、まるで彼らの動きを見透かしているかのように、静かにその場に現れ、佇んでいた。


「来た…!」


田村は息を呑んだ。果たして、彼の装置は怪物に通用するのか――街の命運を賭けた一瞬が、今まさに訪れようとしていた。

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