第3話 恐怖の連鎖

冷たい風がビルの隙間を吹き抜け、夜の街に不穏な気配が漂っていた。街灯に照らされた歩道には、ポツンと一人の女性が立っていた。彼女の名前は中村麻美(なかむら あさみ)、30歳。看護師として働く彼女は、この街で最近多発している髪の毛にまつわる怪事件について、どこか他人事のように思っていた。


だが、その考えが誤りであることを知るまでに、時間はかからなかった。


その夜、麻美は深夜のシフトを終え、疲れた足取りで自宅へ向かっていた。人気の少ない路地を歩いていると、ふと背後から誰かが見ているような感覚に襲われた。振り返っても、誰もいない。ただ、冷たい夜風が彼女の髪を優しく揺らすだけだった。


「気のせいよ…ただの疲れよ。」


自分にそう言い聞かせ、歩を進める。だが、その違和感は次第に強くなっていく。まるで、何かが近づいてきているような、じっとりとした気配。


麻美はもう一度振り返り、目を凝らして暗闇を見つめた。そして、その瞬間、彼女の目に信じられないものが映った。


「えっ…?」


目の前の暗がりから、黒い影がゆっくりと現れた。それは、無数の髪の毛が絡まり合い、人間の形を模していた。顔も体もない、ただ無数の髪がうごめく異形の存在。まるで何かの意志を持っているかのように、その髪の毛の塊は揺らめきながら近づいてきた。


麻美は体が凍りついたように、その場に立ち尽くした。恐怖で声が出ない。目の前の光景が現実のものとは思えず、ただ震えるだけだった。


「な、何なの…こ、こいつ…」


恐る恐る一歩後ずさるが、その瞬間、髪の毛の怪物が一気に動き出した。まるで獲物に飛びかかる猛獣のように、無数の髪の毛が麻美に向かって突き進む。


「いやっ!」


悲鳴と同時に、彼女は本能的に背を向けて逃げ出した。全速力で駆け抜ける麻美の背後から、髪の毛の怪物が不気味な音を立てながら追いかけてくる。その速度は人間の足を遥かに上回り、すぐに彼女のすぐ後ろまで迫った。


麻美は息を切らしながら、心臓の鼓動を耳に感じるほどの恐怖を抱えて走った。だが、怪物はすぐそこまで迫っていた。次の瞬間、彼女の長い黒髪が何かに引っ張られるような感覚が襲った。


「きゃあああっ!」


全身の力が抜け、麻美は地面に倒れ込んだ。視界がぼやけ、体が震える。髪の毛を強く引っ張られる痛みに、涙が溢れる。何とかして逃げ出したいのに、体は全く動かない。


そして、恐怖の中で見上げると、怪物の無数の髪の毛がまるで蛇のように彼女の頭を包み込んでいた。髪の毛はまるで生きているかのように、彼女の頭皮に絡みつき、一気に根こそぎ引き抜こうとする。


「いや、いやだ…誰か…助けて…」


麻美の叫び声は夜空に虚しく響くだけだった。髪の毛が彼女の頭から次々と引き抜かれ、その激痛に意識が遠のく。髪の毛の怪物は、満足げに彼女の髪を飲み込み、さらに深く頭皮に食い込んでいく。


その時だった。突然、遠くから警察車両のサイレンが響き、路地の角にパトカーが現れた。ライトが髪の毛の怪物を照らし、周囲の様子が一瞬にして明るく照らされる。


「動くな!警察だ!」


警官たちが車から飛び出し、銃を構えて叫んだ。怪物は光に照らされると、わずかに動きを止めた。まるで状況を理解しているかのように、一瞬、じっと警官たちを見つめる。


その隙に、麻美は必死に髪の毛から逃れようと手を伸ばし、地面を這いながら距離を取った。怪物は彼女を追いかけようとしたが、警官たちが発砲し、無数の銃弾が髪の毛に命中した。


だが、驚くべきことに、髪の毛の怪物は全くひるむ様子を見せず、弾丸をそのサラサラの体ですり抜けるように避けていった。


「何だ、こいつは…!?」


警官たちは困惑し、銃を撃ち続けるが、怪物には全く効果がなかった。髪の毛の塊はゆっくりと後退し、闇の中へと姿を消していった。


麻美は息も絶え絶えに、パトカーの影に隠れて震えていた。彼女の頭には無数の赤い痕が残り、ほとんどの髪の毛を失っていた。救急車が到着し、彼女はすぐに病院へと運ばれたが、その恐怖の記憶は一生消えることはないだろう。


その夜、髪の毛の怪物は姿を消した。だが、街全体が恐怖に包まれていた。テレビのニュースは連日、この怪異について報じ、住民たちは外出を控え、家に閉じこもるようになった。


髪の毛を奪い、人を白骨化させる怪物――その存在は次第に「髪の毛の支配者」として、街の住民たちの間で恐怖の象徴となっていった。


人々は恐怖と不安を抱えながら、次の犠牲者が誰になるのか、怯え続けるしかなかった。怪物がいつ、どこで現れるのか、誰にも分からない。だが、確実に言えるのは、彼は決してその狩りを止めることはないということだった。恐怖の連鎖は、終わりなく続いていく――。

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