第2話 髪の毛の支配者

夜の帳が街を包み、人気のない商店街の裏路地は不気味な静寂に支配されていた。今夜もまた、あの怪物が現れるのだろうか――人々の間に流れる不安な予感を裏切るように、事件は唐突に起こる。


街灯の薄暗い光の中、一人の中年男性が足早に帰宅を急いでいた。彼は職場のストレスを発散するために一杯ひっかけ、ほろ酔い気分で家路に就いていた。しかし、何かに見られているような不気味な気配を感じて、ふと足を止める。


「誰だ…?」


声を震わせながら、周囲を見回すが、人気はない。ただ、自分の影が伸びていることに気づき、怪訝そうに首をかしげる。影が動いている?そんなはずはない。アルコールが回っているせいかもしれないと、自分に言い聞かせる。


だが、その瞬間、彼の頭皮にぞくりとした感覚が走った。見えない力が髪を掴むような、強い引っ張り感。次の瞬間、彼の目の前にそれは現れた。


「…な、何だ、こいつは…」


彼の言葉は恐怖で途切れた。目の前には、黒々とした髪の毛の塊が宙に浮かび、まるで蛇のようにくねくねと動いていた。無数の髪の毛が絡み合い、一つの巨大な塊を形成し、その中心にはまるで目のような赤い光が鈍く光っていた。


男性は逃げようと足を動かすが、その場から体が動かない。髪の毛の塊は彼に向かって静かに、しかし確実に近づいてくる。そして、まるで生き物のように、無数の髪の毛が男性の頭に伸びていった。


「う、うわあああああ!」


彼の悲鳴は虚しく夜空に消え、次の瞬間、髪の毛は一瞬で彼の頭皮に絡みついた。髪の毛は吸い込まれるように彼の頭に突き刺さり、根元から毛を引き抜き始める。男性は激痛に叫び声を上げ、必死に髪の毛を引き剥がそうとするが、無駄だった。


髪の毛が根こそぎ抜かれていく感覚。痛みはすぐに麻痺に変わり、彼の視界は徐々にぼやけていく。髪の毛の怪物は、まるで髪を啜るかのように、全てを飲み込んでいく。その瞬間、男性は体中の力を失い、膝から崩れ落ちた。


彼の頭皮は、見る間に赤い点々と血の痕を残し、全ての髪を失っていた。髪の毛を全て奪われた彼は、次第に体の中から何かが引き剥がされるような感覚に襲われる。皮膚、筋肉、内臓――全てが凄まじい勢いで奪われ、まるで体中が乾燥していくような錯覚に襲われる。


数分後、彼の体は白骨と化し、街灯の下に無残に横たわっていた。髪の毛の塊は彼の頭蓋骨から最後の一筋を引き抜くと、満足そうに宙を舞い、闇の中へと消えていった。


翌朝、商店街は大騒ぎだった。白骨化した遺体が見つかったというニュースは瞬く間に広まり、人々は恐怖と混乱に陥っていた。警察が捜査を始める中、住民たちは事件の詳細を知り、戦慄した。


「髪の毛が、根こそぎ抜かれてたって?それだけで…こんな風になるのか?」


「まさか、幽霊とか、怪物の仕業じゃないだろうな…」


「何か恐ろしいものがこの街にいるに違いない…」


誰もが自分の髪を恐る恐る触り、頭皮に違和感を感じるたびに身震いした。誰もが、自分も次の犠牲者になるかもしれないという不安を抱いていた。


その頃、警察署では会議が行われていた。刑事たちは現場の状況報告を聞き、深刻な表情を浮かべていた。


「この髪の毛の怪物、いったい何なんだ?正体も目的も分からないまま、被害者が増えている。次にどこで現れるかも予測がつかない。」


「住民に何と説明すればいい?髪の毛を食う怪物がいるなんて、誰が信じるんだ?」


「だが、事実だ。奴は実在する。何らかの方法で止めなければ、この街は全滅するぞ。」


刑事たちは頭を抱える。通常の犯罪とは異なるこの事件に、彼らの常識は通用しなかった。怪物がどこから来たのか、どうやって髪の毛を吸い取るのか、全てが謎だった。


そしてその夜、再び街に不穏な気配が漂い始める。怪物は動き出していた。さらなる髪の毛を求めて、さらなる犠牲者を探し求め、街をさまよう。


誰も気づかないまま、髪の毛の支配者は街を闇の中で静かに歩き回っていた。次の犠牲者は誰になるのか――それは、怪物だけが知っていることだった。

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