第1話 髪の毛の呪い
「髪の毛が…突然なくなったんです。」
冷たい照明の下、警察署の取調室に響く女性の震える声。彼女は青白い顔をしており、肩まであった美しい黒髪は、今はすっかり失われ、頭皮が露わになっていた。まるで全ての髪が一瞬で抜け去ったかのように、そこには無数の赤い点々が痛々しく残っている。
「何かに引っ張られた感じがしたんです。でも、誰もいなかった…それどころか、風すら感じませんでした。ただ、髪が一気に抜け落ちて…」
刑事たちは困惑の表情を浮かべながらも、被害者である女性の話を真剣に聞いていた。ここ数日、この街で同様の訴えが相次いでいたのだ。突然、髪の毛が消えるという奇妙な現象。それは年齢や性別を問わず、人々を襲っていた。
「その後は?何か他に変わったことは?」若い刑事が慎重に尋ねた。
「ええ、私の前に…何かが…」
彼女は恐怖で瞳を見開きながら、震える声で語り続けた。
「黒い…髪の毛のようなものが、まるで生き物みたいに、揺らめいていたんです。私の髪を吸い取った後、どこかへ…消えていきました。」
刑事たちは顔を見合わせた。怪奇現象の類だと片付けてしまえばそれまでだが、実際に被害者たちは深刻なトラウマを負い、説明のつかない症状に苦しんでいる。全員が一様に、髪の毛を失った状態で発見されていた。しかも、いずれも外傷や血痕は見当たらず、まるで髪の毛だけが魔法のように消え去っている。
その時、室内に響き渡る電話のベル音が、刑事たちを現実に引き戻した。ベテラン刑事が受話器を取り、しばらくしてから眉間にしわを寄せ、電話を切る。
「まただ…今度は商店街の裏路地で。女性が髪を失って倒れているらしい。おまけに、近くに白骨化した遺体も見つかったって。」
「白骨化?」若い刑事が驚愕の表情を浮かべた。「まさか…そんな短時間で?」
「わからん。だが、行くぞ。」
刑事たちは足早に部屋を出ていった。取り残された女性は、自分の頭をそっと撫でながら、どこか遠くを見つめていた。彼女の目は、恐怖で虚ろになっていた。
現場は物々しい雰囲気に包まれていた。警察官が周囲を封鎖し、黄色いテープが張り巡らされている。人々が集まり、遠巻きに騒然とした空気の中、刑事たちはゆっくりと現場に近づいた。
女性は倒れたまま、髪を全て失い、頭皮には無数の傷痕が残されていた。命に別状はないものの、彼女もまた、突然の出来事に恐怖と混乱の表情を浮かべていた。
そして、その数メートル先には、今まさに白骨化したばかりの死体が横たわっていた。服はそのまま残っているが、中身は全て失われ、真っ白な骨だけが露出している。まるで何かに一瞬で体を食い尽くされ、髪の毛を残して全てを捨て去られたような惨状だった。
「一体、何が起こっているんだ…」
ベテラン刑事が呟く。周囲には何の痕跡もない。ただ、漂う不気味な静寂だけが、その場に残されていた。
その時だった。風もないのに、ふと黒髪の束が現場の端でふわりと浮き上がり、静かに空中を漂った。刑事たちは一瞬のことに気づかず、ただその場を警戒している。
だが、その髪の束はまるで意思を持つかのように、次の標的を見定め、ゆっくりと動き出していた――次の犠牲者を求めて。
静かに、そして確実に、髪の毛の怪物は動き始めた。街に、さらなる恐怖が広がることを誰も知る由もなかった。
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