過去からの解放

 帰宅すると、二部屋あるうちの一つで、苺果ちゃんはパソコンの前でなにやら話していた。

 楽しげに笑っている声も聞こえる。


 朝配信とやらだ。


 最近、苺果ちゃんは配信者になった。

 顔はだしていない。いわゆる最近人気の職業、VTuberだ。


 VTuberの事務所に、コンカフェやらなんやらで磨いた接客能力を活かして、雇ってもらったのだった。


 食卓に僕のぶんの朝食は用意してある。しろごはんと、目玉焼きと、味噌汁だ。


 一緒に食べられないのは寂しい気がするけど、朝配信は八時で終わるので、ちょっとの我慢だ。


「おーかえり、羊さん」


 配信が終わるとすぐに苺果ちゃんはそう言ってくれる。


 それがすごく安心する。


 これが家庭を持つ、夫の安らぎか。


 この感情がずっと続くのが、家庭を持つってことなんだなあと、しみじみ感じ入る。


「今日は予定通り、指輪を作りに行くからね」


「うん、楽しみ!」


 二人でカタログを見て、もう決めてあった。シルバーの指輪。苺果ちゃんが可愛いと思うものと、長年つけていられるようなシンプルなもの、どちらか迷った末に決めたもの。


「ねえ、羊さんは、私で本当にいいの?」


 出し抜けに苺果ちゃんはそんなことを訊ねる。


「いいよ」


「羊さんは私と出会う前、空虚で苦しんでたじゃない? あれはどうなったの?」


「あれは……」


 未だ孤独感はあるけれど、苺果ちゃんがいることでだいぶ薄れた。孤独でただ寂しかったのだと思う。

 両親を亡くして以来、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚はなくならない。

 いますぐ癒えることはない。ただ苺果ちゃんが一緒にいてくれれば、あとは時間が埋めてくれる。


「ずっといっしょにいてくれるなら、目を瞑っていられる」


「……え?」


「苺果ちゃんがいてくれるなら、生活に張り合いが出て、忘れられるってこと」


「私も羊さんといたら、忘れられるかな……」


 過去のことを。

 言葉にされずともわかった。


「過去のことを過去のことにできるように、するよ」


「本当?」


「うん、愛してるからね」


 苺果ちゃんがそばによってきて、ぎゅっと抱きしめられた。


「うん、私も愛してる」

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