HAPPY END
安定
東京に帰ってきて、日常に戻る。
仙台に行ってから一か月経った。
苺果ちゃんの病院に付き添ったり、彼女が処方された薬で軽くODして吐くのを介抱したり、いろいろあった。
ODにはほとほと困り果て、
「ODするのやめてくれないかな?」
「なんで?」
「心が痛くなるから」
「ODは死ぬためにやってるんじゃないよ! 気持ちよくなるためにやってるんだよ!」
「でもだめ。次やったら、今度遊びに行く約束なし!」
「えーっ」
そんな会話もした。
バイトが終わり、苺果ちゃんの待つ家に帰るべく、事務所で制服を脱いでいるときに店長が入ってきた。
「それで、相談したことなんだけど、考えてくれた?」
僕は居住まいを正し、店長に向き直った。
「正社員にしてもらえるなら、ぜひ。四月からですか?」
「細かい日程は代表から。でもたぶんそれくらいだと思う」
仙台に行く前に、店長とはそういう話をしていたのだった。
ここのコンビニは大手のコンビニの看板を借りているフランチャイズで、今回勧誘を受けたのは、そのフランチャイズ契約を結んでいる小さな会社だ。
基本的には、一店舗に店長とマネージャーという副店長の、正社員二人が配属されていた。
「いや、長崎羊は真面目に何年も働いてくれてたからさ、今度新店舗出すために社員を決めなきゃって話になったときに真っ先に思い浮かんだよね」
「いやいや、褒めてもなにもでないですよ」
「まあ、クズしかいないからほかに人がいないっていうのもあるけどね」
「まあ……はい」
昼間の主婦の人たちはわりとまともな人たちだが、百三万の壁があるから長くは働けない。
夕勤のおじさんは有り金を全部つぎ込んでしまう悪癖を持っているパチカスで、過去に店の金庫から金を抜き取った。
同じく夕勤の中国人のワンさんは廃棄を盗んでいくし、そのへんの公園にいる鳩を捕まえて食べているらしい。
主婦がいない休日に入っている若いフリーターの女の子は、バックヤードでスマホをいじってさぼっているし、男子大学生はそのフリーターの子目当てに入ってきてフラれてすぐ辞めるし……といった具合だ。
「混沌としてる場所だけどさ。なんとか、がんばってよ、長崎羊」
ぽんと肩を叩かれて、僕は苦笑いをした。
「長崎羊、なんか雰囲気変わったね」
「わかりますか」
「うん、責任のある仕事、自分から引き受けようっていうのも少しキャラじゃない気がしたんだけどね」
「……キャラじゃないのに、任せようって言いだしたんですか」
「だってほかに人いないから」
店長は目をそらした。
「まあいいんですけど。運がいいんでしょうね、僕は」
「まあ、なにか心変わりするようなことがあったんだね」
「はい。結婚したい人ができたんです」
「それは……変わるわけだね。おめでとう!」
店長は手を叩いて祝ってくれた。
ちなみに後日、スタッフ全員にこのことは共有されて、勤務交代するときに「おめでとう」とめちゃくちゃ言われる羽目になる。……祝ってくれてるのに、羽目になるとか言っちゃだめか。
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