決別 1
苺果ちゃんと二人、タクシーでホテルまで来た。
苺果ちゃんは、ホテルの室内に入ってスリッパを履く前に靴下を脱いだ。僕もそうした。
穢れた気分だった。猫の尿とかそういう問題ではなく。
ベッドに二人で並んで座った。
「お兄ちゃんの墓参りなんて最初からなかったのは、ごめんね」
「うん、それはいいんだけど。お母さんはどこにいるの? 僕、苺果ちゃんがここまで人生歪められて、黙ってられないんだけど」
「それは……」
苺果ちゃんは言いづらそうにしていた。
目が泳いでいる。
だが、やがて口を開いた。
「拘置所」
「逮捕されてるってこと?」
「そう……」
「何年前に? 何の罪で?」
「一年前に、殺人教唆で」
不穏な罪だった。いや、逮捕されるような罪状に不穏ではないものなんか存在しないか。
苺果ちゃんが語るところによると、母親は、同じく水商売の女性に、旦那を殺すように持ち掛けたらしい。毒物まで渡して。
「DVする男は死ぬまで治らないのよ」と、母親はその女性を殺害に至らせた……らしい。
「お母さんに会いたいって言ったら、嫌?」
「……嫌だ」
「でも僕は……会っておきたい」
「羊……さん」
呼び方に迷ったのを察して、僕は言う。
「呼び捨てで構わないよ」
「じゃあ、苺果だって、呼び捨てでいいよ」
「……それは嫌だな。苺果ちゃんは苺果ちゃんだから。本当は僕が触れることもできない光なので、敬称は忘れないよ」
「なにそれ。……でもこんな過去を知っても、苺果のこと、想ってくれるんだね」
「うん……だって、唯一の人だし」
「うれしい」
キスをした。
触れるだけの優しいキスだった。
苺果ちゃんのコンタクトの入った鳶色の目の焦点が、間近で合う。
綺麗な目をしている。
「お母さんは仙台拘置所にいる」
「拘置所ってたしか平日は接見できるはずだよね。明日行こう」
「……本当に?」
「本当に、行く」
「なんで?」
「会って言いたいことがあるから」
あのクソババアには言えなかったけれど、母親になら間に合う。
「羊さん、苺果のことを想うなら、抱いてほしい。いまここで、わからせてほしい。羊さんのことを信じきれない」
信じきれないっていうのは理由付けじゃないかという考えがよぎったが、――傷ついているかもしれない苺果ちゃんの前ではそんなことを言えない。
「……体の繋がりじゃ、心まで抱けないよ」
「それでも抱いてください。心まで抱くという気概をみせてください。……情けない男だからって言って、逃げないで」
「……わかった」
覚悟を決めよう。
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