実家 3
「おばあちゃん、電話で話したでしょ。彼が長崎羊さん。私と結婚してくれるって」
老女は一切、苺果ちゃんと目を合わせないで、煙草を吸っている。
「長崎羊です。よろしくお願いします」
僕は緊張しながら、言った。
そう言っても、老女はこちらに一瞥もくれなかった。
「……物好きもいたものだね。あんたもやっぱり母親と似てるよ。男をたぶらかすのが上手くて」
僕に向けられた言葉ではなかったので、隣の苺果ちゃんを見た。苺果ちゃんは腰に手をあてて、腹を立てた様子だった。
「小さいころからそうやって言うけど、お母さんと私が似てるのは、顔だけだよ」
「……そうかね。どうせ売りでもして捕まえた男だろ」
「そんなんじゃない! とりあえず、もう挨拶は済ませたから! 結婚したらおばあちゃんとももう会わない!」
「勝手にしな。性病には気をつけな」
「早くくたばれ。死んだってお葬式には出てやらないんだから」
最後の言葉は、苺果ちゃんは小声だった。
老女はなにも言わず、煙草の煙を吐いた。もう何も言わずともわかる、どこまでも怠そうな空気だった。
苺果ちゃんは無言で居間を出た。
玄関ではなく、廊下の奥へと向かう。
「苺果ちゃん……?」
僕は苺果ちゃんのあとを追いかけて、部屋に入った。
暖房がついていないため寒い。息が白くなる。
「扉をしめて」
指示されたとおり、扉を閉める。苺果ちゃんはこちらに背を向けていた。
「見ないで……」
肩が震えている。嗚咽をこらえている。泣きそうになっていることくらい、見ないでもわかった。
ここで僕が抱きしめるのが正しいとも思えなくて、ただ突っ立っていた。情けない男だった。
苺果ちゃんがそうしていたのは、ほんの数分だった。
「……私、本当に、養育者に愛されてなかった人生だなって思った」
「……うん」
「この部屋は私が高校生まで使ってた部屋。多分、おばあちゃんはこの部屋片づけてない。見てほしいの。日記を」
苺果ちゃんは、そう言って、部屋の机の引き出しを漁った。
そうして、分厚い鍵付きのノートが差し出される。
「鍵は保管してた」
苺果ちゃんはおもちゃみたいな小さな鍵を、鍵穴に挿入して回した。
鍵は開いた。
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