実家 2

 仙台へは新幹線で向かう。新幹線はやぶさだ。


 苺果ちゃんは以前の旅行と同じ薄紫のスーツケースを持っていた。

 僕も今回は黒いスーツケースで行く。


 実家には連絡してあるそうだ。


 一時間半ほどで、仙台には着いた。


 仙台には東北の小東京みたいなイメージを抱いていたが、田舎らしく車社会らしい。


 仙台駅からはタクシーに乗った。苺果ちゃんは早口で運転手に行先を告げた。


「帰る前にうみの杜水族館に行こうね」と苺果ちゃんは言ったが、僕は上の空だった。


 車窓からの景色がどんどん田舎になっていくことに不安を覚えた。


 畑と山と、青空。大きな車道を走る数々の車、しか見えない。


「ここだよ。ここが苺果の育ったところ」


 やがて辿り着いた住居は、林に囲まれているところだった。

 平屋建てて、見るからに古い。……言い方を考えなければ、廃屋かと思うほどボロい。


「おばあちゃん、久しぶり。ただいま」


「おじゃまします!」


 苺果ちゃんが躊躇いもなく戸を開けて進むので、僕も声を張り上げて後に続いた。


 入ってまず煙草と猫の尿の匂いがした。とても煙い上に臭い。


「げっほ、げほっ」


 猫の尿の臭いは、ペットを飼っていない者にはきついものがある。思わず涙目になる。


 灯りのついていない薄暗い廊下を、黒猫が走っていった。猫は一匹だけではない。戸からこちらを覗く茶トラ。廊下の奥に陣取る三毛猫。子猫が興味津々で僕らに近づいてくる。


 猫屋敷――という単語が、思い浮かんだ。


「もう人を呼ぶって言ってるんだから、換気くらいしてよね」


 返事はないが、苺果ちゃんはそのまま靴を脱いで上がった。


 猫の尿でねとねとしていたら嫌だな――と思って、上がるのを少し躊躇してしまったが、僕は呼吸を止めて踏み出した。


 家の中は臭いがものすごい上に、廊下に洗濯機と冷蔵庫が置いてあった。どうやら使っていないものを置いているだけらしい。


 居間に入ると、猫の尿の臭いがまた強くなった。


 暖房がついている。寒くない。僕は少しほっとした。


 ローテーブルがあって、その上にはラーメンのどんぶりがあり、中にはティッシュの塊が捨てられてあった。来客があると知らずにいたわけでもあるまいに、それらは片づけられずに置いてある。


「おばあちゃん、耳また遠くなっちゃったの?」


 ヒーターの前に置かれた安楽椅子。そこに腰かけている、老女がひとり。痩せ衰えて細い腕がまず目に入った。

 老女はウィンストンの煙草に火をつけようとしている。


「おばあちゃん、無視しないでよ」


 老女の肩を苺果ちゃんが叩く。

 老女は苺果ちゃんの存在など目に入らないかのように、なにくわぬ顔で煙草に火をつけて、一度吸い、煙を吐き出した。


「……うるさい子が帰って来たね」


 蚊の鳴くような声だった。耳を澄まさなければ、聞こえないくらいの、小さな声。

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