未遂 4

「ねえ、苺果ちゃん、訊きたいことがあるんだけど」


「なに?」


「僕が苺果ちゃんを抱かないことと、自殺未遂って、関係ある?」


「…………あるのかも。関係ないとは、言えないかも」


 今まで触れないようにしてきたが、苺果ちゃんの腕にも新しい傷がついている。

 縫われているので、脂肪が見えるくらいには切ったんじゃないだろうか。

 彼女をカッターや刃物に触らせたくない。この家から刃物を排除したい。そんな思いに駆られて、けれど実行は難しいから、唇を噛む。


 変だな、僕も三か月前までは自殺未遂をしていたのに、彼女の自殺未遂を止めたいと強く思っている。

「一緒に死んであげる」のが正しいとは思えないのだ。

 苺果ちゃんは生きるべきだ。昼間の世界で、笑って、生きていてほしい。


「お兄ちゃんは、私のことを大事にしてくれてるよね。抱かないのもそういうことだと思ってる」


「……うん」


「苺果は、お兄ちゃんと付き合う前は、荒れてたから。お母さんに言われて、中学から売春やらされて……売春はやめられたけど、彼氏にヤリ捨てされたこともあったし、交際が一週間続かないなんてこともよくあったし……」


「うん」

 初耳だったけれど、これまで苺果ちゃんは僕に構ってくれるばかりで、彼女の家庭事情を聞く機会がなかった。


「薬飲まされて、よくわかんないまま、ハメ撮りされて、脅迫してきた彼氏もいたし……地元にいた頃は地獄だった」


「地元って仙台だよね」


「そう。あのね、私、お兄ちゃんと死にたい」


 思わず、苺果ちゃんの顔を見る。

 彼女は闇の中でやっと人の気配を感じられたような、安堵と希望に満ちた顔をしていた。けれど目に光はない。


「それが……苺果ちゃんの願い?」


「うん」


「結婚しようって言ったのは嘘だった?」


「嘘じゃないよ。本気だよ」


「……一緒にいてくれないとやだよ」


 涙声になってしまった。

 情けない。でも最初から情けない男だから、僕は。


「ねえ、結婚する前に、お兄ちゃんの墓参りに行きたい」


「いいよ、行こう。苺果ちゃんが行きたいところなら、どこでも」


「……うん、ありがとう。お薬飲む」


 水と錠剤を手渡す。

 苺果ちゃんの喉がごくりと上下するのを見ていた。


「あのさ、交際して三か月経つけど、いい彼女だったかな?」


「苺果ちゃんは僕の天使だよ。一緒にいてくれるなら、下僕にだって、なんだってなるよ」


「下僕なんてさせないよ。お兄ちゃんは私の大事な人だもん」


「うん、ありがとう。ずっと一緒にいてね」


 やがて苺果ちゃんが目を瞑り、規則的な呼吸をするまで、僕は彼女の頭を撫で続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る