イケナイこと 6

 朝七時に職場から帰ると、まだ苺果ちゃんの靴が玄関にあった。そっと静かに音をたてないように入ると、ワンルームに敷かれた僕の布団で、苺果ちゃんが寝ていた。

 カーテンの隙間から漏れる光が、暗い部屋に射している。


 すう……すう……と寝息をたてる苺果ちゃんの頬を、起こさないようにそっと触れる。


 大切なもの。かけがえのないもの。壊しちゃいけないもの。


 じっと見ていると、繊細な睫毛が震えて、苺果ちゃんは目をさました。


「……おはよう、お兄ちゃん」


「おはよう。起こしちゃったかな」


「ううん、お仕事お疲れ様。あのね……お布団、お兄ちゃんの匂いがして、いい……。いい匂いって感じる相手は遺伝子的に相性がいい相手なんだよ」


「そうなんだ」


 僕は苺果ちゃんの匂いも好きだ。

 子どもを作ることはないけれど、遺伝子的に相性がいい相手というのは嬉しいかもしれない。


 苺果ちゃんとの出会いは偶然だけど、関係を後押ししてくれる仮説はいくらあってもいい。


「ねえ、質問してもいい?」


「いいよ」


「なんで最後までしてくれないの……?」


「僕は情けない男だから」


 嘘。苺果ちゃんは僕のことが好きではないのだと思っているから。

 苺果ちゃんは自殺した兄とやらに僕を重ねてみて、感情を誤認しているだけだと思うから。そんな状態で体までもらうわけにはいかない。


「ふふ、そうなんだ」


 僕の内心を知らない苺果ちゃんは薄く笑って、もう一度、目を閉じた。


「旅行、楽しみだね」


「うん、楽しみにしてるよ。来週、晴れるといいな」

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