イケナイこと 6
朝七時に職場から帰ると、まだ苺果ちゃんの靴が玄関にあった。そっと静かに音をたてないように入ると、ワンルームに敷かれた僕の布団で、苺果ちゃんが寝ていた。
カーテンの隙間から漏れる光が、暗い部屋に射している。
すう……すう……と寝息をたてる苺果ちゃんの頬を、起こさないようにそっと触れる。
大切なもの。かけがえのないもの。壊しちゃいけないもの。
じっと見ていると、繊細な睫毛が震えて、苺果ちゃんは目をさました。
「……おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう。起こしちゃったかな」
「ううん、お仕事お疲れ様。あのね……お布団、お兄ちゃんの匂いがして、いい……。いい匂いって感じる相手は遺伝子的に相性がいい相手なんだよ」
「そうなんだ」
僕は苺果ちゃんの匂いも好きだ。
子どもを作ることはないけれど、遺伝子的に相性がいい相手というのは嬉しいかもしれない。
苺果ちゃんとの出会いは偶然だけど、関係を後押ししてくれる仮説はいくらあってもいい。
「ねえ、質問してもいい?」
「いいよ」
「なんで最後までしてくれないの……?」
「僕は情けない男だから」
嘘。苺果ちゃんは僕のことが好きではないのだと思っているから。
苺果ちゃんは自殺した兄とやらに僕を重ねてみて、感情を誤認しているだけだと思うから。そんな状態で体までもらうわけにはいかない。
「ふふ、そうなんだ」
僕の内心を知らない苺果ちゃんは薄く笑って、もう一度、目を閉じた。
「旅行、楽しみだね」
「うん、楽しみにしてるよ。来週、晴れるといいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます