イケナイこと 2

 バイト先から帰宅すると、くたくただ。シャワーをして、泥のように眠って、18時。


 僕は苺果ちゃんからの通話で起きる。


 LINEの呼び出しで振動するスマホを、ベッドの中から手を伸ばしてとる。


「おはよう、お兄ちゃん。夜だよ、起きてー」


「おはよう、苺果ちゃん。通話ありがとう」


「えへへ、お兄ちゃんにおはようを言う約束してるからね」


 嬉しそうに苺果ちゃんは言う。

 僕は感情があまり動かないのだけど、女の子が喜怒哀楽を露わにしているところは可愛いと思う。

 ので、苺果ちゃんの感情表現豊かなところも、可愛いと思った。


「苺果ちゃんもこれから仕事だよね?」


「えーあっとねえ……お仕事辞めちゃった!」


「えっ……また?」


「えへへ~」


 可愛く笑って誤魔化そうとしているが、僕は誤魔化されない。


「まだ一週間くらいしか働いてないんじゃないの?」


「また違うコンカフェで働くから大丈夫!」


「えー……」


「旅行、行くんだよね? お金ちゃんとあるの?」


 僕は銀行の通帳を思い出す。両親の死亡保険が入っているので二千万円ある。けれど、それを使うつもりはない。

 他人に使ったら、一瞬で溶けるに決まっている。それも女の子に自由にさせたら。

ブランド物だって、デパコスだって、女の子はお金をかけようと思ったら、際限がないんだから。


「あるよー。お兄ちゃん、声が厳しい」


「ごめん」


「いいけど! ねえ、お兄ちゃんの家に行っていい? てか、今、家の前にいるんだけど」


「え? えぇ……まじか。いいよ」


 苺果ちゃんが急なことを言い出すのは初めてではなかった。

 苺果ちゃんに会えるのは嬉しい。


 鍵ががちゃっと回る音がして、扉が開いた。ワンルームのアパートなんて廊下を歩くのは秒だ。

 通話を切ろうと言う前に、苺果ちゃんが顔を出した。


 光に溶ける薄桃色を帯びた髪。明るめのピンクを基調としているが、黒のリボンできゅっと締めたワンピース。

 アイドルかと思うほど愛らしく整った顔は笑みを浮かべている。

 くりんとした目は、地雷系アイメイクに彩られて、肌は白磁のような白さで輝いていた。


 いつ見ても、かわいい。


「食材、買ってきたから、お兄ちゃんに朝ごはん? を作ってあげます」


「あ……ありがとう」


「冷やごはん、まだ手つけてないでしょ」


「うん」


 冷蔵庫の中身は、通話などでも度々チェックされる。


 苺果ちゃんは見た目に反して(?)意外と家庭的だ。料理も上手だし、いろいろと作ってくれる。


 苺果ちゃんがキッチンでいろいろ作業している間に、僕は寝床からもぞもぞと起きだし、顔を洗って着替えた。アースカラーのTシャツにジーンズという恰好だ。コンビニバイトでは、制服があるので、これぐらいでいい。


 少しスマホを眺めている間に、苺果ちゃんが「はい、どーぞ」と言って皿を出してくれる。


 ほかほかと湯気をたてるチャーハンだった。

 お肉類の代わりに魚肉ソーセージが入っていて、庶民的。そこがいい。


 いままで僕に手料理を作ってくれる女の子なんかいなかったから、作ってくれるだけでうれしい。表情筋が勝手に緩まる。


「苺果ちゃん、ありがとう。いただきます」


「えへ、どーぞ、どーぞ」


 苺果ちゃんは謎にお盆を持って照れている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る