全心全霊

小狸

短編

 あらゆる全てを抑圧して生きてきた者として言わせていただくのなら今の僕の状況は困窮しているというか逼迫しているというかもうどうしようもないくらいにお先真っ暗であることは火を見るよりも明らかであった。何を書こうとか何が書けないとか何を書きたいとか、最早そういうことが分からない。状態としては躁に近いのだろう。一体全体どうやってこの状況を打破すれば良いのかそもそも打破するべきなのか辛い苦しいしんどい逃げたいそう思いながら僕は小説を打鍵している。どうして打鍵しているのかが分からない。いつも逃げた先には小説があった。小説を書くということは僕にとって逃げなのだろうか僕は逃げている途中なのだろうか分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないと分からないを何度連ねた所で分からないことは分からないので別の事を考えることにした。これからのことである。僕はもう大人だけれど、将来どうしようか。そんな普遍的かつ一般的かつ通常な願望を書き連ねていこうと思ったのである。しかし手が止まった。僕はもう既に普遍的でも一般的でも通常でもない。どうしようもなく外れてしまって壊れてしまって取り留めが付かない。どうしようもない。そしておまけにどうすれば良いか誰も教えてはくれないのである。それが現実である。また現実だ。もううんざりだ。現実現実現実現実って、そう言えばどんな醜悪な現状でも肯定できる魔法の言葉だとでも思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。その言葉でどれだけ苦しめられたと思っている。良く考えてみれば、僕は幼い頃から間違いなく人とは違う場所にいた。それは決して特別だとか才能があるとかそういうことではなく、人より遅れていたように思う。否、今でも遅れているのかもしれない。今でも同年代の人々と話していると、どうしようもない焦燥に襲われる、この人達は、こんなにも普通に生きているのに、この人達は、こんなにもちゃんと生きているのに、自分は何をしている、自分はどうしよう、どうしようもない。「いや、そんなことをいちいちうじうじ考えていないで、これからのこと、明日のことを考えろ」と思うことは正しい。とても正しい。しかし僕は生まれてこの方そちら側に立てた試しがない。いつだって僕は何かの敵で、いつだって僕の味方なんて一人もいなかった。初めから間違っているので、正しいことができないのである。分からない。普通の人はこういう時何を考え、どうしているのか分からない。普通にはなれないのである。それがとても辛い。無理だとは分かっている。もう脳の構造だとか、生まれ育った環境だとか、そういう様々な状況を加味した上で、もうどうしようもないことだとは理解している。ただ、羨ましいのである。妬ましいのである。普通に生きることができる人が、普通に人と合わせられる人が。僕は合わせることができない。何をしようにも絶対に合わない。ズレている。間違っている。終わっている。どうしよう。どうすれば良いのだろう。今は大量の薬を処方されながら、何とか生命活動を持続することが出来ているけれど、それだっていつまで続くか分からない。皆が普通に、当たり前に、通常に活動している最中、僕は薬ばかり飲んで、家から一歩も出ることができず、さりとて自己表現もすることができず、何も許されず、親の呪縛も解けず、誰にも相談できず、一人で生きるのである。これが終わりでなくて何だというのだろうか。それでも生きることが正しいのだろうか。そんなに正しいなら助けてくれよと思う。どうせできないくせに。人一人を助けるというのは、相応の覚悟がないとできない。まして精神的に疾患を抱えている人間を救い出すには、綺麗事では済まない。それが分かっているからこそ、尚更辛いのである。僕は存在しているだけで人に迷惑を掛けているのではないか。これまでも、今も、そしてこれから先も、人に迷惑を掛けるのではないか、と、心配になってどうしようもなくなって、首を掻き毟って、壁に頭をぶつけて止まらなくなるのである。血が出てはいけないと思って、この場では何とか収めたけれど、時折衝動としてそれは表れ、僕という僕の全てを搔き乱す。僕が僕でなくなってしまいそうになる。他人との境界線が曖昧になって、誰が誰だか分からなくなる。人の声が全て、僕を誹謗中傷しているように聞こえる。それでも生きろというのか。それが正しいのか。誰か助けてくれ。お願いだ。助けて。そう言ったところで、誰も手を差し伸べられない。誰も助けてはくれない。だって助けようがないのだから。僕の心の問題なのだから、どうしようもない話である。必要なのは冷静な対処と、定期的な薬の適量を守った服用と、睡眠と食事である。それでも、どうしようもない時、僕の中の、僕が隠して、抑圧して、抑えつけて抑えつけていた部分がこぼれ落ちてしまうことがある。その時はこうして、文章に残す。後で笑ってくれて良い。馬鹿にしてくれて良い。助けてくれなくて良い。ただ、この言葉たちだけは――支離滅裂で散逸していて、物語とも何とも言えないこの文章だけは、残させてほしい。それが僕の、唯一の願いである。

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