オカルトハンター大冒険!
エコエコ河江(かわえ)
東武東上線沿線
「君の言葉がなぜ響かないか」
彼女の言葉が演説の場に仕立て上げた。昼休みの教室、対等だった二人、吹き抜ける風。おしゃべりの声は遠くから控えめに届く。朝礼のように。
俺は座っていて、彼女は立っている。顔から顔への距離は、鉛直方向を加えるだけならまだ遠くないが、心理を加えたらはるかに遠くなる。首の角度が違う。眼鏡の範囲に入るよう、俺は上を向き、彼女は下を向く。子が親を見上げるように、あるいは親が大仏を見上げるように。人の思考は脳髄ではない。全身で思考している。姿勢が上下関係を覚えている。
「言葉だけだからだよ。逃げ道がある」
説得力を全身で味わっている。俺には今、逃げ道がない。そりゃあ体を動かせば、彼女の話を無視して席を立つのは簡単だ。だがそれでば、耳が痛くて逃げ出す情けない男になる。男がダサくてはいけない。もし俺が別の考えなら体を動かせたかもしれないが、考えとは生き方だ。積み上げた十七年分の。新たに積み直すには勇気が要る。特に、この時期は。
「言葉が意味を持つのは受け取る準備があってからだ」
現状に不満がなければ、何を勧誘されても無視して歩き去る。照り焼きバーガーを食べると決めているときに新作バーガーを勧められても断る。広告は諦めていたその不満も満たせると教えている。彼女が言うのは、まずチームメイトの尊敬を受ける仲間になってからナイスプレイと褒めることだ。シュートの直後は誰もが褒め言葉を受け取りたくなる。チャンスが来てから、パスの要求に対して真っ先に送る。そうして友情を深めていた。
恐ろしいのは彼女が、おそらく感覚で動いていることだ。彼女とは高校からなので二年目になる。クラスはずっと離れているのに、姿を見る機会は決して珍しくなかった。名が聞こえてくる機会もあった。テニスコートで、あるいはバスケットコートで、助っ人として呼ばれては観衆から黄色い声を浴びていた。図書館と体育館がそれなりに近く、ちょうど試合と委員会活動は時間と曜日が重なっていた。彼女にも理屈はあるのだろうが、それ以上に脳髄よりも手足で覚えている。俺にはそう見えた。
「君の背中は静かすぎる、ってわけだ」
「それで、俺への用事はなんですか」
彼女のマスクが動いた。頬に力が入るなら、たぶん、満足している顔だ。
「君の目を借りたい」
「一型二色覚ですが」
「レンズは重要じゃない。目に映ったものを見つけてほしい。観察、得意だろう?」
どこで聞きつけたか、思い当たる経路はひとつだ。小学生の頃、観察の直樹と突撃の礼央と話題だった。その礼央はちょうど今日、彼女への恋心から飛び込む話を聞いている。結果はまだ届いていないが、昼休みに彼女だけが来た理由を考えれば、自ずと見えてしまう。
「
「幼馴染との仲が続く、羨ましいね」
「知ってるなら礼央は、
踏み込みたくなかった。恋路への横槍は野暮だ。けれども話題に出してしまった。半ば引き出された。
「私には想い人がいると伝えたら、協力してくれるそうだよ。いい友達じゃないか」
よすぎる、というか。恋心から関わったのに、恋路への協力だって? 彼女の想い人は知らないが、たとえば同性愛なら礼央にはチャンスがなくなり諦めがつくだろう。そうなら詮索が持つ意味が重くなる。土足で明かしてはいけないからこの話は終わりだ。
「まあ、恩の分くらいは付き合いますよ」
「む? 何かあったか」
「礼央の失せ物探しを手伝ってくれたと聞いてます。友達として恩があります」
「まるで連帯責任だ。嫌いじゃないが」
彼女はいかにも上機嫌で待ち合わせ場所を指定した。
今日の夕方、動きやすい服で、学区からぎりぎり外れたコンビニで。
なぜ俺が制服のままか。委員会活動が長引いて帰る時間がなかったからだ。夏服は動きにくくもないし、運動するときも眼鏡のまま派だ。手間を嫌ったスニーカーも吉と出た。あとは暑くなったら詰襟の第一ボタンを外すくらいで大抵はなんとかなる。
なぜ彼女が制服のままか。どうせ大差ないのに着替えるのは面倒だからだそうだ。鞄が飾り気のないボストンバッグになった他は学校と同じ、溌剌としたバズカットボブにセーラー服とスニーカーだ。
大通りからひとつ脇道へ入ると閑静な住宅地になる。この傾向は東京でさえ通じる。その手前ではいわんや。ブロック塀と生垣と駐車場を眺めて、たまに犬に吠えられて。
口数はそれなりにあったが、ほとんどが彼女の道案内だった。次で右、次はまっすぐ。疲れていないか。喉は乾いていないか。まるで母親のように話をする。なぜそうまで気にするのかと訊ねたら、必要な話だからと答えた。
話題を出そうにも彼女について知らなすぎる。友達と仲がいいらしいとか、スポーツ全般で活躍しているとか、そんな上辺ばかりだった。趣味とか性格とか、個人的な部分を全く知らない。
おおよそ不自然な話だ。他のほとんどは耳に入ってきた。休み時間のたびにやれアニメがやれ推しがと話が飛び交っていた。好きな食べ物とか休日の習慣とかを明かして親交を深めていた。好き嫌いの共有は友情になる。そうして聞こえていた話を元手に委員会でも班活動でも都合よく立ち回っていた。
「ところで、いつまで敬語だい? 私はそこそこ以上に仲がいいと思っているが」[#「「ところで、いつまで敬語だい? 私はそこそこ以上に仲がいいと思っているが」」は小見出し]
「女性を丁寧に扱うよう教育を受けていますので」
「伝統的だね」
「お嫌いですか」
「まさか。伝統がなければ過去も未来もなく、あるのは停滞だけだ。御免だね」
彼女の噂は、何も知らない。世話焼きか? そうならどこかでそんな話が届くはずだ。浮世離れか? そうなら仲間がもっと少ないはずだ。噛み合わない情報は気持ちが悪く、顔や声に漏れた気がしたが、彼女の振る舞いはすべてが正常のように凪いでいる。
彼女の用事に着くまで話題も素性も広がらなかった。
目を凝らすと丹塗りらしき円柱がわかった。はるか西の高層建築が影を落として最後の日向を削り取った。まだ遠いはずの日没で覆われ、洞窟のように奥が見えない。
「神社ですか」
鳥居を見上げた。ほとんどが木々と陰で隠れて文字も読めない。どこでも同じ作法で、鳥居をくぐるときは端を歩く。中央は神様の通り道だから。俺はそのつもりで踏み出したが、彼女が袖を掴んだ。
「待て。用事はそうじゃない」
と言いながらも彼女は神社に向かって立つ。作法の話と思って動きを見た。彼女は中央に立ち、手だけを前後して、意を決したように俺へ手を伸ばした。
「ここから手を繋いで入る」
よくわからないときは、とりあえず言われた通りに。言葉通りに受け取れば、手の平同士が触れると考えるのが自然だが、今回は違う。ゼスチャに合わせて右手を伸ばした。手の平を前に向けて、その手の甲を彼女の手の平が掴む。
手を重ねて、指を絡ませて、肘まで当てて。鳥居の中心へ。
鳥肌が立った。水にでも入れたように、あるいは薄皮を破ったように、手を進めるほどにあるはずのない感触に包まれだ。目で確認しようにも、ちょうど鳥居の真下から消えてしまっている。頼りになるのは彼女が掴む指の感触だけだ。
息を止めて全身を通した。異変がさらに増えた。
空は明るく、青と少しの白が広がった。影の黒でも夕陽の赤でもなく。
今なら賽銭箱やその周囲までよく見える。手水場やおみくじが目立つ程度に大きな神社だ。結び場にはいかにも結ばれたばかりの真白いみくじもある。賑わっていそうだが人影は見あたらない。昼に戻った気分も束の間、明るさは不安定に、切れかけた蛍光灯のように揺らいだ。では光源を探しても太陽が見つからない。影の位置からの逆算をしようにも右へ左へとバラバラだ。現実離れしたイラストのような異常な空間だ。
木陰からなら見えるかもしれない。その一歩を踏み出したら木が倒れかかった。危ない! できた反応といえば目を閉じる程度だったが、音も衝撃もなく、恐る恐る目を開けばその木は何事もなかったように聳えている。何かを見間違えたと思って、改めて見つめたら再び倒れてきて、今度はぶつかる前に元に戻った。大振りに揺れたようにも見えるが、そんな風は吹いていない。いたずら小僧が殴るふりだけで止めたように。木が倒れたなら土の匂いがするはずで、折れたなら木の匂いがするはずだ。今はどちらもなく、蒸し暑い夏だけが薫っている。
経験にはなくても、疑似経験なら。これまで読んだ本に近い物語があった。作り話と言えばそれまでだが、往々にして物語とは経験の組み合わせと象徴化でできている。空気より重いガスの溜まり場は地獄の門になり、廃寺で蠢くネズミの糞から来た感染症は祟りになる。夜の学校を怪談の世界に感じたのと同じく。友達の家さえも初めて入った日は色も匂いも異質な異世界そのものだ。
普段の街から異常な空間へ、不安を具現化したような幻があり、周囲には人の気配がない。抽象化と関連付けで導き出した。ここはティル・ナ・ノーグ。妖精の空間。北欧系の神話にある異空間だ。文献とは違うかもしれないが、情報とは注目と再解釈でいくらでも姿を変える。妖精とは、常識が通じない存在。異空間とは、勝手を知らない空間。恐怖とは、正体不明への反応。異変への恐怖心が幻覚となって襲ってくる。中には本物も混ざるかもしれないが、そこは手がかりを得てから考える。
恐怖心を抑える方法があれば手を打てる。これも本で読んだ。まずは呼吸法。吸って、止めて、吐いて、止めて。軍隊や武術家の話だ。脳は酸素を使い続ける。酸素が足りないと異常が起こる。酸素を送るには肺を動かすこと。肺を動かすにはまず吐き出すこと。吐き出すには腹筋を使うこと。
落ち着けたら、なんのことはない。時間と光源が異常なだけの空間だ。現実味には欠けるが、そこは隣にいる阿多良さんがなんとかしてくれる。本当にいるか? 振り返って安堵した。見慣れた微笑がある。にやけ顔のほうが適した言葉かもしれないが、レアケースは想定していられない。
「適応が早いね。見込み通りだよ」
彼女は満足げにボストンバッグを開けた。中身を「受け取りな」と差し出した。G36C、彼女が言うにはドイツのアサルトライフルだ。折りたたみストックを伸ばして。
ただし、心なしか軽くて小さい。俺の体躯はチビではない程度には大きいが、本来これを持つような屈強な軍人と比べたらはるかに小さい。露骨におもちゃの銃だ。
「馬鹿にしてますか」
「大真面目だよ。銃は発射台で、威力を決めるのは弾だ。見てみるといい」
次に受け取ったマガジンを確認した。思った通りのBB弾だが、よく見ると白い弾の表面に黒の線が見える。右へ左へとうねる線だが縦方向へは規則性を持ち、おそらく螺旋状になっている。
「念仏ですか。まるで米粒だ」
「ご明答。装弾数は230発もある。好きなだけ撃っていいし、誤射しても痛いだけだ。顔以外なら」
彼女は自分の銃、MP5KPDWを構えた。マガジンには実弾型の模型が見えて装弾数は220発、こちらはおそらくまともな大きさをしている。彼女は女子グループでは大柄に見えるが男と並べばずっと小さい。必然的に銃が巨大に見える。
行こうか。彼女は返事も待たずに歩き始めた。神社の奥、社の傍へ。呼び止めても聞かないので追うしかない。動けば周囲が見えて、周囲は次の違和感を投げかける。
新しいもの続きで忘れかけていた。いかに慣れても異空間だ。ただの神社ではない。遠くを見れば青空が輝く。不安定に明るさが変わると、道だと思っていた場所に木が現れ、壁だと思っていた場所に道ができる。本当は薄灰色のマンションが見えるはずなのに。視界は記憶を上書きする。意識的に思い出さなければ今が夕方だったことも忘れてしまう。
見つけた。彼女がハンドサインで示した。
君にはあれがどう見える。小声で言うので返事も小声でありのままに答えた。人間の上半身が浮かんで、花壇の手入れをしている。動きは緩慢だが引っかかりはない。水中なら俺もあんな動きをする。のんびり屋と言うより、抵抗が大きい中で必死に動いているように見える。
彼女は興味深そうに微笑んだ。
なぜ人間に見える。顔が見えないのか。彼女の指摘通り、耳や顎は人間離れした尖り方をしているし、目は犬のように黒目だけが見える。それでも人間に見えた理由を話した。
表層ではなく、動き方から判断した。いかにも二足歩行らしき骨格と関節から。似た話では、仮面とタイツで全身を隠しても人間か猿かロボットかを見分けられる。さらに半身を隠しても見分けられる。人の脳には補完機能がある。パントマイムではそれを利用してただの立板を下りエスカレーターに見せる。最新式の監視カメラなら歩き方だけで年代も性別も見分けて個人を特定する手がかりにできる。骨格と関節が持つ情報は表面よりはるかに多い。
へえ。彼女は満足げに、あるいは試すように、その手にある銃を撃ちこんだ。間抜けな銃声で放った弾が、確かにあれの肩に当たった。その上半身は不愉快な叫び声をあげて、当たった場所から穴が拡がるようにして消えていった。
「意外にもこうなる。さて、今度の見えたものは」
「俺は頭が痛くなってきました」
当然だが、と前置きして彼女は自分の膝を撃った。モーターがウィンと動いてピストンがポンと間抜けな音を鳴らし、着弾の音はまずバチンと、続いて跳弾が近くの壁だか木でカツンと鳴る。膝には小さな痣が浮かんだ。
「私は消えない。これが私たちとあれの違いだ」
「なんですか、あれは」
彼女は包み隠さず話してくれた。おそらく必要な部分だけを。
「外見は異様だが別に怪物でもない、出来損ないだよ。よその宗教施設をこうして間借りしてようやく一部が出てこられるような半端者だ。私はあれを狩るのが家業なんだが、そろそろ一人では苦しくなったから、君を巻き込んだ」
名前は教えてくれない。名前は物事を扱う上で重い意味を持つ。名前があれば伝えて考えられる。すなわち、広めたくないのだ。考えさせたくないのだ。万が一にも。
「家業って、特殊部隊か何かですか」
「むしろ宗教家に近い。信仰しようと、信仰しまいとね」
彼女が歩くのでついていく。銃を振り回せる程度の距離を保つ。戻り道に見えても、銃をしまわないあたりまだ用事は続く。視界が開けて、しかし遠くには物陰が増えた。彼女はまず目だけを左右へ、続いて頭をわずかに動かしもっと広く。
立ち止まった場所が露骨だった。賽銭箱を背にして、鳥居へ正面を向いて。石畳の道は安定した足場になる。土のように滑りも崩れもしない。障害物はすべて遠い。いかにもな状況でこれから起こる出来事の予想がついた。
「じきに来るぞ」
やっぱり。いつ来るかは彼女にもわからないらしく、その場で周囲を窺って待つ。この間に銃を構えるレクチャーを受けた。肩に押し付けるように構えて、目と照門と照星と的を一直線上に並べる。どれが照門で照星かは指で示した。銃の上にある凹みの間から凸起を見る。簡素ながら確実な照準器らしい。
来た。彼女の呟きで指導の時間が終わった。周囲にあれと似たような姿がいくつも現れた。空中で穴から這い出るような動きの上半身が、飛び出るように下半身が、それぞれ一部だけで引っかかったように止まった。
囲まれているし数は多いが、連携は下手らしく、肩をぶつけていがみ合うなどでなかなか届かない。だから彼女が放った間抜けな銃声で帰っていく。
「まだまだ来るぞ。背中を預けるから、すべて撃ち倒せ」
背中を合わせて。
震える手で迫るひとつに合わせて、引き金を引く。手元で間抜けな銃声と少しの反動と、見ていた場所へ弾が飛ぶ。フルオートの唸り声が続くので自分で驚いて引き金を離した。後ろから見た弾道はまとまりがない。横から見るのとはわけが違う。それでも一発くらいは当たったようで、同じく気味の悪い叫び声と共に消えていった。
背中側からはさらに多く、彼女の戦果が聞こえる。気分が悪いのは単に大きな音だからでもある。東京に行ったときの地下鉄だってもう少し楽だった。意思疎通はハンドサインでしかできず、準備がないので単純なものしかわからない。
本物ではないので反動がないが、単に狙うだけでも揺れて照準がずれる。力を込めやすいように持ち直して、恐れを抑えて、少しでも安定させる。自分が出す音ならすぐ慣れる。次はフルオートでも驚かない。
一体、二体。押し寄せる手足がさほど速くないとはいえ、囲まれて迫ってくるだけでプレッシャーになる。エリマキトカゲが体を大きく見せる意味がよくわかる。視界を敵意が埋め尽くす。見える範囲がすべてではないが、見えない範囲よりも重要だ。現実の現在を失えば理念も未来もすべてを失う。
倒していってひと息ついたらようやく言葉が通じる。耳が痛いので、大きな声で。
「いつまでやるんですか、こんなの」
「全滅させるまでだ」
「発生源とか、コアみたいなのは」
再び迫る一体を彼女が倒した。言葉のために時間を稼ぐ。
「楽はできないさ。ゾンビみたいに現れるが限界がある、本気でまずいなら入ってきた所から逃げてくれ。そのとき銃は置いて」
もう十分に喋ったと間抜けな銃声で示した。俺も応えた。的が半身なのでなかなか当たらないが連射で補う。
自分の影響力を信じられれば恐怖心は薄れていく。今を戦うだけならもう不安なく動ける。ただ今度は弾切れが怖い。いつまで続くかわからないからだ。はじめに230発と聞いたときは多いと思ったが、10発ずつ使ったら23体しか倒せない。もっと続いたらおしまいだ。節約しすぎて撃ち漏らしてもおしまいだ。
できるだけ集まった場所に連射する。ひとつには外してもその奥に当たるかもしれない。誘導になるほど動けば背中ががら空きになるから、節約できたらラッキー程度だが。握り方のコツも見えてきた。上半身は力を込めて固定したほうがいい。狙いは腰でつける。弾道には癖がある。この銃は、あるいは俺の狙い方では、若干だが右にずれる。それを念頭に狙う。
後ろでは彼女がセミオートで扱っている。間抜けな銃声の数だけ不愉快な叫び声が続くのだから練達を感じる。
「思ったより苦戦してるね」
後ろを片付け終えた様子で加勢してくれた。
「初めてですよ。もっと優しい所からにしてください」
「積極的でいいじゃないか。腰が引ける者も多いのに」
彼女の銃が俺の前にいたやつらをばたばたと倒していく。交差するように横から迫るやつに気づいたから、そっちは俺が倒せた。
「ナイスショット。腕がいいね」
「嫌味ですか」
「本心だよ。さて、終わりかな」
静かな中で次の群れを待つ。この間に詳しく知っておきたい。
「誰かが呼び出してるんですか、あれを」
「あれに戦略なんかないよ。声に反応して集まるだけの野生動物みたいなものだ」
「寄ってくるだけでしたがね」
断片的な話だが、考えるには十分だ。彼女は宗教家みたいなもので、あれを駆除している。残してはいけない理由があり、おそらくは宗教家気取りの何者かが関わっている。オカルトとは往々にして科学がまだ正体を暴いていない存在だ。間借りと言っていた。何かがある場所を利用する何者かがいる。野生動物みたいではない何者かが。
仮に黒幕がいるなら、俺はどうなる? 邪魔者が増えて苛立たないはずがない。彼女がそれを考えないはずもない。逃げられない所まで巻き込まれた。と、俺が考えるのもきっと織り込み済みで、本気で必要としているか。
「やはり来ないようだ。帰ろうか」
彼女のひと声で思考を切り上げた
「お疲れ様。いい腕だったよ」
彼女はマガジンを外してバッグに放り込んだ。銃本体はストックを畳んで。俺も同じくマガジンを外して渡した。ストックを畳むにはまず固定具を探す。
「手が早いね」
「次は詳しくレクチャーしてくださいよ」
今日はこれまで使ったことのない筋肉や脳を使った、まだ頭の中が騒がしい。
迫ってくる恐怖、寄られたらきっと終わりの恐怖、先が見えない恐怖。戦うとは恐ろしい。普段なら戦わずに生きられる安全な世の中だ。安全とは危険をコントロールしている状態だ。では誰がコントロールしているか。犯罪者に対しては警察が、侵略者に対しては自衛隊が、それぞれ戦ってくれるから一般人は恐怖のない暮らしをできる。
「次を」初めて彼女に面食らわせた。「期待していいのかい」
「阿多良さんだけで平気だからお守りしてくれたような感じでしたからね。今後も関わらざるを得ないと思って予習しますよ」
どこかが崩れれば全てがおしまいになる。ソマリアもシリアもボスニアも、最近のブチャもガザも。誰かが戦ってくれるか、自分で戦うか、どちらでもなければ一方的な蹂躙になる。
戦いと安全の関係は牡蠣に似ている。堅牢な殻で守られているが、ひとたび殻が開けば柔らかな身が食べやすく用意されている。牡蠣と人間の違いは機関銃の有無だ。無抵抗には食われてやらない。少しでも抵抗できれば諦めてくれるかもしれない。ノロウイルスを恐れて天然牡蠣を食べないように。
「何も言ってないのに大した分析だ。打ち上げでもするかい」
「具体的には」
「帰ってテレビゲームをしよう。イメトレを兼ねてね」
「撃ち合いゲームですか」
「相手は知能を持ったプレイヤーだ。群がるばかりに慣れてはいけないからね」
「どうでしょうね。本当は何か、期待してるようにみえますよ」
彼女は息だけで笑って帰路を進む。明日また学校でと話して、別れた後はじきに始まる夏休みの割り振りを考えた。今年はきっと騒がしくになる。
ところで。
阿多良の想いがなぜ伝わらないか。
夕闇の家路、対等でない二人、汗を冷やす風。
言葉が意味を持つのは受け取る準備があってからだ。阿多良の信条は、すなわち受け取る準備をさせるまで声が出なくなる。とある鈍い男は受け取る準備をする気がないんだか、あるように見えないだけか、とにかく阿多良は言葉を送れずにいる。
鈍い男の鋭い観察の前では吊り橋効果は役に立たなかったが、幸いにもまたの機会を手に入れた。いつか届けられる日を夢見て阿多良は言葉という名の弾丸を磨く。
銃とは発射台で、威力は弾丸が決める。肩を並べている限り、阿多良は銃口を直樹に向けられない。銃声は明後日の方向へ飛んでいく。
オカルトハンター大冒険! エコエコ河江(かわえ) @key37me
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