第2話:少女との邂逅

冷や汗が背中を伝うのを感じた。巨大な狼のような魔物――鋭い赤い目が私を狙い定め、低く唸り声をあげている。大地にめり込むほどの重たい足音を一歩一歩響かせながら、距離を詰めてくる。


「くそ……!」


頭が真っ白になる。この状況で冷静でいられるわけがない。目の前には異世界特有の魔物がいて、私はひとりぼっち。前世ではごく普通のサラリーマンだった自分に、こんな戦いを乗り越えることができるのか? だが、魔法を覚醒させた今の自分なら――少しでも可能性はあるはずだ。


「やるしかない……!」


震える手をかざし、集中力を研ぎ澄ます。前回試した火の魔法なら、きっとあの魔物に対抗できるかもしれない。しかし、時間はほとんどない。魔物はすぐそこまで迫ってきていた。


「炎よ……!」


前世の異世界ファンタジーものを思い出しながら、魔法の発動を試みる。すると、手のひらに小さな炎が浮かび上がった。だけど、それはあまりにも小さすぎた。確かに自身が当たれば致命傷になる。そんな炎の玉だったが、この巨大な狼の前ではまるで無力に感じる。


「もっと……もっと強く!」


私が焦って魔力を込めようとしたその瞬間、魔物が一気に跳びかかってきた。


「やばい……!」


避ける間もなく、鋭い爪が目の前に迫る。とっさに腕で防ごうとするが――その時、突然視界に大きな光が走った。


ドォンッ!


爆音と共に、魔物が吹き飛ばされた。目を見開いてその方向を見てみると、そこには一人の少女が立っていた。彼女は私を守るようにして前に立ち、手には光り輝く剣を握っている。


「……大丈夫?」


涼しげな声が耳に届く。目の前に現れたのは、金髪の美少女。長い髪が夜風に揺れ、煌めく瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。彼女は何の躊躇もなく、私を救ったのだ。


「……君は?」


驚きで声が出ない私に、彼女は軽く笑ってみせた。


「アリシア。アリシア・ルーンよ。あなたは?」


アリシア――彼女が名乗ると、その名前が妙にしっくりと心に残る。前世で聞いたような気もするが、もちろんそれは気のせいだろう。だが、何も考えられないほどの美しさと凛とした立ち姿に、私は一瞬心を奪われた。


「……リオだ。リオ・ヴァレンティア」


咄嗟に今の名前を答えた。彼女の落ち着いた雰囲気に少し安心感を覚えつつも、目の前の状況に現実感を取り戻していく。そうだ、まだ戦いは終わっていない。魔物は立ち上がろうとしていた。


「この魔物、ウェアウルフと言うんだけど、聞いてた通りに強いわね。でも大丈夫。私なら倒せる」


そう言って、アリシアは再び剣を構えた。その動きに無駄はなく、完璧に見えた。彼女はまさに異世界の戦士そのもの。私は彼女の背中を見つめながら、同じように魔法を再び手に集める。


「私も戦う!」


火の玉が再び私の手のひらに集まり始めた。先ほどよりも少し大きい――アリシアが隣にいることで、少し勇気が出たのかもしれない。魔物は私たち二人を見据え、再び牙をむいて襲いかかってきた。


「今だ、リオ!」


アリシアの合図と共に、私は手のひらの火の玉を放った。炎はまっすぐに魔物に向かって飛び、体の一部を燃え上がらせた。痛みに悶えながら魔物が動きを鈍らせた瞬間、アリシアの剣が鋭く閃く。


「はぁっ!」


彼女の一撃が決まり、魔物の体はついに崩れ落ちた。


「やった……!」


私はほっと息をつく。初めての本格的な戦いで、何とか生き延びることができたのだ。アリシアが私の方に振り向き、微笑みを浮かべる。


「あなた、思ったよりやるじゃない」


その言葉に少し照れながらも、胸の奥が少しだけ温かくなる。自分一人では絶対に無理だったこの状況も、アリシアが助けてくれたおかげで乗り越えられた。


「ありがとう、アリシア。君がいなかったら……」


「気にしないで。困っている人を放っておけない性分なの」


彼女のあっさりとした言葉に、再び心が温まる。前世では人付き合いが得意ではなかった私だが、アリシアのような人物と出会えて、少しだけこの世界での生活が希望に満ちて見えた。



その後、アリシアと私はその場に腰を下ろし、一息ついた。彼女の落ち着いた雰囲気に、自然と心を開くことができたのか、私は自分がこの異世界に来た経緯を少しだけ話すことにした。


「……つまり、君は記憶喪失ってこと?」


「まあ、そんな感じだね。自分でも何が何だかわからないんだ」


もちろん、前世が男だったことや、異世界転生してきたことは伏せている。あまりにも信じがたい話だから、まずは無難に「記憶喪失」ということにしておいた。アリシアは少し眉をひそめたが、特に詮索する様子はなかった。


「そう……でも、一人でこの森を歩いていたなんて、相当勇気があるわね」


「勇気っていうより、無鉄砲だっただけだよ……」


正直なところ、どこに向かっているのかすらわからない状況だった。ただ、生き延びるためにできることをやっていただけで、それがアリシアにどう映ったのかはわからない。


「これからどうするの?」


アリシアの問いに、私は少しだけ考え込んだ。どこに行くべきなのか、何をすべきなのか。この世界での目標なんて、まだ何一つ決まっていない。


「わからない。けど、まずはどこか安全な場所に行きたい」


「なら、私についてきたらどう?」


突然の申し出に、少し驚いた。彼女はこの異世界における戦士らしく、何か目的があって旅をしているようだった。私のような素人を連れて行くメリットなんて、彼女にはないはずだ。


「いいのか? 君に迷惑かけるかもしれないし……」


「迷惑だなんて思わないわ。それに、一緒にいた方が安心できるでしょ?」


アリシアの微笑みに、私の胸が少し高鳴った。彼女の強さと優しさが、まるで手を差し伸べてくれているように感じたのだ。


「……わかった。よろしく頼むよ、アリシア」


こうして、私はアリシアと共に旅をすることになった。


そして...


アリシアと共に旅を始めてから数日が経った。彼女といることで、私の異世界での生活は想像以上に順調だ。

何より彼女は頼もしい――魔物に遭遇しても、その鋭い剣技と落ち着いた判断力で切り抜けることができた。私も少しずつ魔法の扱いに慣れ始め、火だけでなく簡単な防御魔法も使えるようになった。


「リオ、そっちの方に魔物の気配があるわ」


旅の途中での彼女の一言が、私たちに危険が迫っていることを知らせてくれる。アリシアはどんな時でも冷静だ。彼女のリーダーシップのおかげで、私も少しずつ自信をつけることができている。


俺達...いや違うな、私達ならどんな事があっても...

覆せる。そう思えた。

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転生したら美少女だらけのハーレム学園に!?〜俺、いや私は最強、でも可愛い子には勝てない〜 runa @hamster-Altair

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