第2話:少女との邂逅

冷や汗が背中を伝うのを感じた。巨大な狼のような魔物――血のように赤い鋭い目が光りが俺を鋭く睨みつけている。毛並みは黒くて粗く、ところどころに戦いの傷跡が刻まれている。鋭い牙が獲物を狙うようにむき出しになり、低く唸り声をあげていた。大地にめり込むほどの重たい足音を一歩一歩響かせながら、圧倒的な威圧感とともに距離を詰めてくる。




「くそ……!」




頭が真っ白になる。この状況で冷静でいられるわけがない。目の前には異世界特有の魔物がいて、俺はひとりだ。前世ではごく普通のサラリーマンだった自分――朝早く起きて出勤し、淡々と仕事をこなしていた日々が思い出される。その平凡な日常からは考えられないような戦いに直面している今、自分にこれを乗り越える力があるのだろうか? だが、魔法を使えたわけだ。自分なら――少しでもやれる可能性はあるはずだ。




「やるしかない……!」




震える手をかざし、集中力を研ぎ澄ます。前回試した火の魔法なら、きっとあの魔物に対抗できるかもしれない。しかし、時間はほとんどない。魔物はすぐそこまで迫ってきていた。




「炎よ……!」




前世の異世界ファンタジーものを思い出しながら、魔法の発動を試みる。すると、手のひらに小さな炎が浮かび上がった。だけど、それはあまりにも小さすぎた。確かに自身が当たれば致命傷になる。そんな炎の玉だったが、この巨大な狼の前ではまるで無力に感じる。




「もっと……もっと強く!」




私が焦って魔力を込めようとしたその瞬間、魔物が一気に跳びかかってきた。




「やばい……!」




避ける間もなく、鋭い爪が目の前に迫る。当たれば致命傷、なのに俺は自ら辺りに行くようにその爪をとっさに腕で防ごうとする。ほんと、馬鹿なことをしてしまった...


――その時、突然視界に大きな光が走った。




ドォンッ!




爆音と共に、魔物が吹き飛ばされた。目を見開いてその方向を見てみると、そこには一人の少女が立っていた。彼女は俺を守るようにして前に立ち、手には光り輝く剣を握っている。その剣はただの武器ではなかった。刃には複雑な紋様が刻まれ、それが淡い青白い光を放ちながら揺らめいている。柄には宝石のような光沢があり、触れるだけで力が湧き上がってくるような感覚を覚えさせる、神秘的な一振りだった。




「……大丈夫?」




涼しげな声が耳に届く。目の前に現れたのは、金髪の美少女。長い髪が夜風に揺れ、煌めく瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。彼女は何の躊躇もなく、俺を救ったのだ。




「……君は?」




驚きで声が出ない俺に、彼女は軽く笑ってみせた。




「アリシア。アリシア・ルーンよ。あなたは?」




アリシア――彼女が名乗ると、その名前が妙にしっくりと心に残る。前世で聞いたような気もするが、もちろんそれは気のせいだろう。だが、何も考えられないほどの美しさと凛とした立ち姿に、俺は一瞬心を奪われた。




「……リオだ。リオ・ヴァレンティア」




咄嗟に前世でやっていて好きだったキャラクターの名前を答えた。彼女の落ち着いた雰囲気に少し安心感を覚えつつも、目の前の状況に現実感を取り戻していく。そうだ、まだ戦いは終わっていない。魔物は立ち上がろうとしていた。




「この魔物、ウェアウルフって言うんだけど、聞いてた通りに強いわね。でも大丈夫。私なら倒せる」




そう言って、アリシアは再び剣を構えた。その動きに無駄はなく、完璧に見えた。彼女はまさに異世界の戦士そのもの。俺は彼女の背中を見つめながら、同じように魔法を再び手に集める。




「俺も戦う!」




火の玉が再び俺の手のひらに集まり始めた。先ほどよりも少し大きい――アリシアが隣にいることで、少し勇気が出たのかもしれない。魔物は俺たち二人を見据え、再び牙をむいて襲いかかってきた。




「今だ、リオ!」




アリシアの合図と共に、俺は手のひらの火の玉を放った。炎はまっすぐに魔物に向かって飛び、体の一部を燃え上がらせた。痛みに悶えながら魔物が動きを鈍らせた瞬間、アリシアの剣が鋭く閃く。




「はぁっ!」




彼女の一撃が決まり、魔物の体はついに崩れ落ちた。




「やった……!」




俺はほっと息をつく。初めての本格的な戦いで、何とか生き延びることができたのだ。アリシアが私の方に振り向き、微笑みを浮かべる。




「あなた、思ったよりやるじゃない」




その言葉に少し照れながらも、胸の奥が少しだけ温かくなる。自分一人では絶対に無理だったこの状況も、アリシアが助けてくれたおかげで乗り越えられた。




「ありがとう、アリシア。君がいなかったら……」




「気にしないで。困っている人を放っておけない性分なの」




彼女のあっさりとした言葉に、再び心が温まる。前世では人付き合いが得意ではなかった私だが、アリシアのような人物と出会えて、少しだけこの世界での生活が希望に満ちて見えた。






その後、アリシアと俺はその場に腰を下ろし、一息ついた。彼女の落ち着いた雰囲気に、自然と心を開くことができたのか、俺は自分がこの異世界に来た経緯を少しだけ話すことにした。




「……つまり、君は記憶喪失ってこと?」




「まあ、そんな感じだね。自分でも何が何だかわからないんだ」




もちろん、前世が男だったことや、異世界転生してきたことは伏せている。あまりにも信じがたい話だから、まずは無難に「記憶喪失」ということにしておいた。アリシアは少し眉をひそめたが、特に詮索する様子はなかった。




「そう……でも、一人でこの森を歩いていたなんて、相当勇気があるわね」




「勇気っていうより、無鉄砲だっただけだよ……」




正直なところ、どこに向かっているのかすらわからない状況だった。ただ、生き延びるためにできることをやっていただけで、それがアリシアにどう映ったのかはわからない。




「これからどうするの?」




アリシアの問いに、俺は少しだけ考え込んだ。どこに行くべきなのか、何をすべきなのか。この世界での目標なんて、まだ何一つ決まっていない。




「わからない。けど、まずはどこか安全な場所に行きたい」




「なら、私についてきたらどう?」




突然の申し出に、少し驚いた。彼女はこの異世界における戦士らしく、何か目的があって旅をしているようだった。俺のようなやつを連れて行くメリットなんて、彼女にはないはずだ。




「いいのか? 君に迷惑かけるかもしれないし……」




「迷惑だなんて思わないわ。それに、一緒にいた方が安心できるでしょ?」




アリシアの微笑みに、俺の胸が少し高鳴った。彼女の強さと優しさがまるで手を差し伸べてくれているように感じると同時に、何とも言えない安心感が胸を満たしたのだ。




「……わかった。よろしく頼むよ、アリシア」




こうして、俺はアリシアと共に旅をすることになった。




そして...




アリシアと共に旅を始めてから数日が経った。彼女といることで、俺の異世界での生活は想像以上に順調だ。


何より彼女は頼もしい――魔物に遭遇しても、その鋭い剣技と落ち着いた判断力で切り抜けることができた。俺も少しずつ魔法の扱いに慣れ始め、火だけでなく簡単な防御魔法も使えるようになった。




「リオ、そっちの方に魔物の気配があるわ」




旅の途中での彼女の一言が、俺たちに危険が迫っていることを知らせてくれる。アリシアはどんな時でも冷静だ。彼女のリーダーシップのおかげで、俺も少しずつ自信をつけることができている。




俺達...いや違うな、私達ならどんな事があっても...


覆せる。そう思えた。




第1回修正 12/28

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