第7話 逃げ場なき夜

霜花は部屋の隅に追い詰められ、目の前に立ちはだかる麗華の冷たい視線をじっと見つめていた。背後には壁があり、前方には麗華が立っている。出口は封じられ、逃げ道はない。手には麗華の陰謀を証明する手紙がしっかりと握られていたが、今、この部屋から無事に脱出しなければ、その手紙も意味を失う。


「麗華様、これが明るみに出れば、あなたも無事では済まないはずです」

霜花はなんとか冷静を保とうとし、麗華に向かって声を投げかけた。しかし、麗華はその言葉を軽くあしらうかのように、冷ややかに微笑んだ。


「私の身がどうなろうと構わないわ。だが、この計画が失敗することはあり得ない。それほどの力が、すでに動いているのよ。」

麗華はゆっくりと近づきながら言葉を続けた。


「霜花、あなたも分かっているはず。今さら何をしようと、この流れを止めることはできない。すべてはすでに仕組まれているのよ。」

彼女の声は低く、力強い。霜花はその言葉に一瞬ためらったが、次の瞬間、心の中で反発する意志が湧き上がった。


「いいえ、私は止めます。この国と陛下を守るために、私はあなたの陰謀を暴く。」

霜花は強い決意を込めて言った。彼女の声には震えがなく、その眼差しも揺るがなかった。


「ふふ……あなたには無理よ」

麗華はさらに笑みを深め、侍女たちに合図を送った。部屋の外に控えていた侍女たちが静かに姿を現し、霜花の周りを取り囲んだ。


囲まれる霜花

侍女たちは、剣を抜くわけでもなく、ただじっと霜花を見つめていた。彼女たちは麗華の命に絶対的な忠誠を誓っている者たちであり、その動きには一切の躊躇がなかった。


「逃げ道はないわ、霜花。このままここで捕まるか、それとも……」

麗華は手を差し出し、霜花に迫った。


霜花は一瞬立ち尽くし、周囲の状況を冷静に見極めていた。このまま捕まれば、手紙は麗華に奪われ、皇帝に真実を伝えることはできなくなる。だが、ここで戦っても、逃げ切る手段がない限り無謀なだけだった。


そのとき、霜花の心にふとある記憶が蘇った。幼い頃、父親から教わった生存のための技術……彼女は決して力では敵わないが、逃げるための知恵は持っているはずだ。


「まだ……終わっていない」

霜花は心の中でそうつぶやき、周りを見回した。そして、彼女は侍女たちの注意が散漫になった一瞬を見逃さなかった。


突然、霜花は部屋の隅にある飾り棚へと走り込んだ。棚の上に置かれていた花瓶を素早く手に取り、侍女たちの注意を引くために床に叩きつけた。花瓶が割れ、部屋中にその破片が散らばる。


「何をする!」

麗華が叫んだが、霜花はすでに次の行動に移っていた。彼女はその混乱を利用し、侍女たちの隙を突いて窓へと飛び込んだ。


夜の庭園へ

霜花は窓を飛び越え、後宮の庭園へと足を踏み入れた。冷たい夜風が彼女の頬を撫でたが、今はそれを感じている余裕はなかった。急いで後宮の暗い小道を走り抜け、後ろを振り返りながら逃げ続けた。


「逃げろ、早く……!」

心臓は激しく鼓動していたが、彼女は決して足を止めなかった。麗華とその手下がすぐに追ってくるだろうことは分かっていたが、今は何とかこの手紙を守り、皇帝に届けることだけを考えていた。


後宮の奥へ

霜花は後宮の広大な庭園を駆け抜け、さらに奥へと進んでいった。後宮の最も奥まった場所には、皇帝が時折訪れる静かな小屋があった。そこには、いつも信頼できる近衛兵が配置されている。霜花は、その場所に逃げ込めば安全だと考え、足をさらに速めた。


しかし、背後から追ってくる足音が徐々に近づいてきた。


「逃がさないわよ、霜花……!」

麗華の冷たい声が夜空に響き渡った。


選択の時

霜花は一瞬、迷いながらも小屋への道を捨て、近くの竹林へと身を隠すことを決意した。小屋までの距離があまりにも遠く、このままでは追いつかれてしまう可能性が高かったからだ。


竹林に足を踏み入れた瞬間、霜花はその静けさと薄暗い光に包まれ、わずかな安堵を感じた。だが、まだ安全だとは言い切れなかった。彼女は竹の影に身を潜め、息を殺しながら様子を窺った。


「ここまで来れば……」

彼女が心の中でそう呟いた瞬間、背後から誰かの気配を感じた。竹林の奥から、静かに誰かが歩み寄ってくる音が聞こえたのだ。


「見つけたわ……」

麗華の冷たい声が再び響き渡った。彼女は竹林の中に足を踏み入れ、霜花を見つけ出そうとしていた。


霜花は再び心拍数が高まり、今度こそ逃げ道がなくなったことを悟った。だが、その時、不意に竹林の奥から別の足音が聞こえてきた。


「誰だ?」

麗華が声を潜めて尋ねたが、答えは返ってこなかった。霜花もその方向に目を向けたが、竹林の闇が深く、誰がそこにいるのかは分からなかった。


しかし、次の瞬間、その足音の主が姿を現した。それは、皇帝・廉明だった。


「霜花……無事か?」

皇帝の静かな声が霜花の耳に届いた。彼は近衛兵を従え、竹林の中に立っていた。その姿を見た霜花は、驚きと安堵が交錯し、ほっと胸を撫で下ろした。


「陛下……」

霜花はその場にひざまずき、手に持っていた手紙を差し出した。


「これは……麗華様が反逆を企んでいる証拠です。私は何とかこの手紙を守り抜きました。」

彼女の声は震えていたが、その目には確かな決意が宿っていた。


「よくやった、霜花。これで真実が明るみに出る。」

廉明は優しく彼女に声をかけ、手紙を受け取った。その後、彼は麗華に向き直り、冷徹な目で彼女を見つめた。


「麗華、お前の反逆はここで終わりだ。」

麗華は一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、嘲笑を浮かべた。


「ええ、陛下。これで私の役割は終わりですわ。」

麗華は静かにそう言い残し、近衛兵に連行されていった。


夜明け

竹林の静寂の中で、霜花はようやく安堵の息をついた。皇帝が間一髪で駆けつけたおかげで、彼女は無事に手紙を届けることができた。だが、彼女の心にはまだ不安が残っていた。この反乱の陰謀は麗華一人のものではなく、背後にはさらに大きな力が動いていることを知っていたからだ。


「これで終わりではない……まだ、すべてが明らかになっていない。」

霜花は心の中でそうつぶやき、次なる戦いに備える決意を新たにした。

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