Impossible (不可能)

 冷子との電話が終わった後、僕はすぐにもう1つのワープ装置の作成に取り掛かった。ワープ装置を作るのに必要な道具はレコ爺から取り寄せた道具である程度そろっていた。だから、今すぐにでも作り始められる。


 ラムネの書いた設計図によると、仕組みはこうだ。


 まず、ワープ装置の冷蔵庫の黄色い銅線抜いたコンセントに、専用のカセットを取り付けることで、1回分のワープに必要なエキゾティック物質を抽出することができる。


 このカセットを洗濯機を改造して作ったワープ装置に取り付ける。そして、後は電磁力の調節を行うブラウン管テレビからワープ時の電流をコピーする。その電流を再現したものをワープ装置に流せば、ワープ装置の完成となる。


 このワープ装置はドラムのモーターを改造することによって、日本とアメリカを4時間30分でワープさせることが可能らしい。


 今あるワープ装置は冷子に送るワープ装置と違って、ドラムが大きいので、回転数を大きく上げることができない。なので、もとからあるワープ装置は、小さなワープ装置より2時間30分多くかかって、7時間ワープにかかる。そして、泡頭症候群の手術は約5時間、この時間を考えた時に、残された時間は大体5日。


 その内、1日はワープ装置自体の作成にかかる。だから、ワープに必要な電流のタイミングと流す時間を探るために使える時間は、4日だ。このタイムリミットの間に、ワープに必要な時間を探し当てなければならない。


 ワープが行われる時間から実際にワープが起こる時間までの差は、測定の結果


 0.0178秒


 そして、この0.0178秒の間で、エキゾティック物質を流し込んでから、何秒後に電流を流すか。何秒間電流を流すかは、ランダムで組み合わされる。さらに、10000分の1秒単位でずれると、ワープは失敗するのだから、タイミングと流す時間の組み合わせは178の階乗の数だけある。


 つまり、大体10の324乗分の1を探せということだ。これは数千年前から研究を始めても、まだ見つからない可能性が残るような確率だ。天文学的数字と言われるようなものだろう。確かに、不可能と言い切ってもいい数字だ。


 こんな可能性に託すくらいなら、他の方法を考える方が賢いのかもしれない。でも、これ以外の方法で、僕はラムネを救いたくはない。この方法が冷子と泡を確実に救うことのできる方法だということもある。


 でも、この方法を選ばなければ、本当の意味でラムネを救えない。


 これは完全に僕のエゴだと分かっているけど、気持ちを伝えることを諦めていた僕を変えたい。


 そして、生き残ったラムネに心から向き合える人間になりたい。そんな自分勝手な願望を叶えるには、この方法しかない。僕はそう思う。


 そして、僕はワープ装置を作り始めた。



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 意外とワープ装置の骨格自体は簡単にできた。回転率を上げるモーターを作ることに時間がかかったが、それ以外のワープ装置の仕組みはほとんど現代に存在する簡単な技術で完成させることができた。


 おそらくエキゾティック物質の生成が難しく、本体のワープ装置自体やブラウン管の電流の調節自体は簡単な仕組みなのだろう。ただ、ブラウン管テレビの電流の波長を分析すると、家庭用のコンセントから生まれる電力量を超えている。


 この電力量はブラウン管テレビ内にウランが入っているのではないかと思われる量だ。だが、この電力の真相は、エキゾティック物質を使った何らかの発電方法で、膨大な発電を行っているのであろうと推測される。


 そのような考察も挟みつつも、ワープ装置が完成したのは、冷子の電話から18時間後だった。


 残り時間は約126時間だ。


 この時間の全てをワープ装置の電流を流すタイミングと時間の長さの解明に使わなくてはならない。


 冷蔵庫とつないだコードにカセットを差し込み、エキゾティック物質を充填する。そして、そのカセットを抜き取り、新しく作ったワープ装置の洗濯機の上部に差し込む。洗濯機に繋いだパソコンで、10000分の1秒だけエキゾティック物質を流し込む時間や電流を流し込む時間を変える。


 そして、ワープ装置の中に入れたラムネの箱が無くなっていないか確認する。これは最初のワープ実験で使ったラムネの箱だ。ゴミが入れられた洗濯機の中から出てきた。


 このラムネの箱が無くなっていなければ、もう1度カセットにエキゾティック物質を充填し、最初からやり直す。大体、この1セットを行うためには、40秒弱かかる。


 この繰り返しを丸2日ほどやっている。もちろん、ぐっすりとベットで寝ている暇はない。だが、目をふとつむれば、時計の秒針が5分、10分経っていることがある。まあ、ワープ装置の作成も合わせて、3日程寝ていない訳だから、5分、10分程寝てもしょうがないと思いつつも、数十回の試行を無駄にしたという意識が強く残る。


 このたった数十回の試行ができなかったことで、ラムネを救えないのではないかと考えてしまう。今までの莫大な試行の中で、結果は何1つ変わらず、ワープ装置のドラムの中で、ラムネの箱は平然と居座っている。


 この結果の変わらない繰り返しの中で、何か間違っているのではないか、結果はずっと変わらないのではないかという疑念に襲われる。


 この疑念は、試行がかさむ程に増していく。でも、僕はその疑念の闇の中で、ラムネの心中を重ねていた。ラムネもいつ爆破するか分からない時限爆弾を抱えながら、刻々と進む時計の針に恐怖を感じていたのだろう。僕も同じように、時間の進みが怖くなっている。


 ラムネはそんな時間とともに蓄積する途方もない恐怖を自分の小さな心に閉じ込めながら、1人で生きていた。しかし、成長し続けた恐怖はいつか、希望に還元される。恐怖している時限爆弾が、不発弾なのではないかと言う希望だ。


 恐怖しながら生きる2年と言う月日は、遥かに長いものだっただろう。この莫大な時間は、ラムネに永遠を感じさせたのではないか。この病気は一生発症しないのではないかという考えが生まれたのではないか。


 そして、ラムネはそんな考えと共に、僕との関係を重ねてしまった。この僕との関係すらも永遠に続くのではないかと考えてしまった。だから、死の焦燥感とは裏腹に、僕との心地の良い関係が変わらないという楽観的な気持ちが心を巣食っていた。


 僕はそんなラムネの相反する心の揺れ動きに気付くことなかったが、偶然にも、ラムネとの関係が変わらないという楽観視は共通していた。互いに慣性で続くと思っていた関係が、ただの惰性であったと気が付くのは、その関係が終わった後だ。


 僕は今、初めてこの関係に気が付いた。


 僕は今、この関係を変えることができる。


 だらだらと続いた惰性の先に、終末は存在する。僕がこのワープ装置の開発に失敗しようが、成功しようが、そこには惰性の終末が存在する。僕はこの長く続いた惰性の関係の最後をこの試行の繰り返しで飾り立ててやる。


 そう思い、僕は淡々と作業を繰り返した。

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