Possibility(可能性)
「それってつまり、ラムネの病気を治すことができるってことか?」
僕ははやる気持ちをそのまま言葉にして伝えた。
「そうよ。私はこっちの方で、ずっと泡頭症候群の研究をしていたの。
そして、治療法を見つけた。」
「じゃあ、ラムネを助けることができるんだな。」
「もし、そちらに行ければね。
忘れてないかしら。私は今、命を狙われている身だってこと。」
僕はそう言えばそうだったと思った。
「私は今、まず安全だと思われる場所にいるけれども、C3の手がどこまで及ぶか分からない。なにせ、1個人の携帯電話を軽く盗聴して、容赦なく空港で爆発を起こすことができるような人間よ。相手の能力が分からない以上簡単には動けないの。
いい。泡頭症候群の治療法は、外科手術のみで治療可能なの。その手術の技術と知識を持っているのは、この世で私だけ。けれど、私はアメリカにいて、泡は日本にいる。私はアメリカを出るどころか、隠れ家の外に出ることすら危険なの。
私が危険を冒して、何とか日本に行こうとすることはできる。でも、これは最終手段。私が死ねば、泡は絶対に救えない。リスクを冒すのは最後。
そして、1つ確認しておきたいのだけれども、泡が倒れたのは、いつ?」
「今日の朝、僕が見つけた。昨日の夜ぶりだった。」
「なるほど……。実は泡頭症候群の治療法を見つけたと言っても、時間制限があるの頭の泡が割れてから1週間以内に手術しないとどう足掻いても助からない。命が助かったとしても、脳組織はほとんど破壊されて、廃人同然になるでしょうね。
だから、仮に昨日の夜発症したのだとすると、そこからきっかり1週間経つともう助からない。1週間以内に私を日本に送り届けなければならない。
私が考えている方法はこう。泡を救えるギリギリまでここにいる。そして、アメリカの警察がC3を捕まえるニュースが流れるまで待つ。流れたら、すぐに日本へ行く。流れなくても、捨て身の覚悟で、日本へ帰る。この方法しかない。
可能性を他人に任せることは嫌いだけれども、こちらの警察が優秀であることを願うばかりね。」
突如として現れた希望は一瞬にして失われた。いくら空港を爆発させたからと言って、今までもそれくらいの大きな事件を起こしながら逃げ続けてきた連中だ。今更、簡単に捕まることを願うのは望みが低すぎる。
だからと言って、冷子が何とかC3の目を盗んで、日本に帰らせようとすることも難しすぎる。前回は相手の会話を盗聴できたから、何とかできた相手だ。今回は相手の会話を盗聴するすべはないから、相手がどんな手を打って来るかは分からない。
僕は今にも、希望に手が届きそうなのに、届かないもどかしさを近くの洗濯機に拳を叩きつけた。僕はその叩きつけた洗濯機を見つめ、あることを思いだした。
「そうだ、ワープ装置! ワープ装置がある。」
僕は今日の出来事が強烈過ぎて、大事なことを忘れていた。こちらにはワープ装置がある。
「ワープ装置? なにそれ?」
「実は……。」
僕はワープ装置について説明しようとした所で、言葉を止める。この携帯電話が盗聴されている可能性はないのかと。
「冷子? この携帯電話が盗聴されている可能性はないのか?」
「何のためにまどろっこしい手順を踏ませて、その携帯で電話させていると思っているの?
その携帯は私が作った音波携帯よ。
普通の携帯が聞き取った声を電波に変えて、飛ばして、遠くの人間と通話できるの。だから、この電波を読み取って、盗聴するの。でも、この携帯電話は電波を使わないで、聞き取った声を直接遠くの人間に飛ばすようにできているの。
まあ、いわば、超凄い糸電話みたいなものなの。糸はないけどね。とりあえず、盗聴されている可能性は除外していいわ。」
「なるほど、とりあえず安心していいんだな。なら、ワープ装置について説明するよ。」
僕はそのまま、ワープ装置の発見から吋のこと、そして、ラムネと喧嘩別れをして今日に至ったことを1つ1つ説明していった。
「なるほどね。ものすごいものを見つけたわね。」
「だから、ワープ装置でラムネをそっちに送って、冷子が手術をすれば、何とかなるんじゃないか?」
「……駄目ね。」
「なんで。」
「駄目な理由はたくさんあるわ。さっき聞いた話を信じて考えていくと、そのワープ装置を使って、日本のほぼ裏にあるアメリカに送るには、とてつもない時間がかかるんじゃないかしら。泡は今寝たきりの状態なんでしょう。その状態の泡を長い時間洗濯機に入れておくことは危険すぎる。
泡頭症候群は、安静にしておかないと、頭の泡が割れて、死期を早めることになる。それに、普通の病院にある設備で、泡頭症候群の治療はできるけれども、今、私のいる場所ではそんな設備は備わっていないわ。
仮に、そんな設備が備わっていたとしても、C3に襲われる可能性をはらみながら、長時間の手術をすることは危険すぎる。さらに、手術が成功したとしても、C3から追われる可能性は避けられない。だから、病み上がりの泡と一緒に逃げ続けることになるの。
その方法よりは、私が何とか日本に帰る方が、泡を助ける可能性としては高いわね。まあ、どちらも可能性は雀の涙ほどしかないけどね。」
僕はまた、可能性を潰されて、落胆した。
「確かに、この方法は難しいことは分かったけど、でも、1つ。さっきの説明の中で、引っ掛かることがあるの。」
「何?」
「吋よ。」
「吋?」
「一茶達は吋のことを敵と思っているかもしれないけれども、それは本当なのかしら?
その吋って奴は、一見、一茶達を殺そうとしているように見えるわ。でも、おかしくない?
吋はタイムマシンで未来から来た可能性があるんでしょ。なのに、簡単に泡に計画がバレて、簡単に追い詰められた。それに、最後、一茶達に言ったんでしょ。これは救済だって。
これは私の仮説だけれども、吋は未来から来た味方なんじゃないかしら。
吋が味方だとして、一体何を伝えたかったのか分からないけれども、おそらく吋が伝えたかったヒントは、可能性はいつでもゴミ箱の中にあるって言葉。
これはあなたに送られた言葉。それに、あらゆる可能性が消えている今の状況に、ドンピシャで当てはまりそうな言葉じゃないかしら。
……私の考察はここでおしまい。
これは一茶に送られた言葉なんだから、後は一茶が考えて、きっと泡を救える方法がそこにはあるはず。」
僕はそれを聞いて、吋の言葉について考えてみた。可能性はゴミ箱の中にある。普通に考えれば、可能性はゴミ箱、つまり、諦めて捨てたアイディアの中にあるという意味だろう。
諦めて捨てたアイディア? それならいくらでもある。そのたくさんのアイディアの中にこの現状の突破口があるのか?
いや、違う。そんなあまりに抽象的な助言ではないはず。もし、諦めたたくさんのアイディアの中から可能性を探れというなら、言われずとも僕は可能性を探る。だから、別の意味を考えろ。もっと具体的な意味で。
そして、僕は思いついた。
僕はそのまま、この部屋のごみ箱を探した。すると、漏電している洗濯機の横に、紙くずがたくさん捨てられている洗濯機があった。僕はその洗濯機の中からたくさんのごみと一緒に、ぐしゃぐしゃに丸め固めた大きな紙があった。僕はその紙を丁寧に開いていく。
僕はその開いた紙の中身をしばらく見て、それが何か分かった。
「見つかった。可能性が。
……そういうことか。」
「どういうこと?」
冷子が僕の言葉を聞き返す。
「方法はこうだ。冷子が今隠れている場所からワープ装置で、この日本に移動して、ラムネの治療をする。C3は日本にはいないはずだから、安全にラムネの手術ができる。
そして、冷子は安全に日本に来ることができる。完璧だろう。」
「……確かに、それならリスクは低くなるでしょうけど……。ワープ装置をここにどうやって送るのよ。」
「それが今分かった。ワープ装置をもう1つ作ればいい。」
「?」
「いあまるワープ装置の中に、もう1つのワープ装置を入れて、そっちに送ればいい。このワープ装置は僕が悠々入ることのできる大きさだ。それでも、ここに入るワープ装置となると、かなり小さくなる。僕は入れないだろう。でも、体の小さい冷子なら入ることができる。」
「でも、その小さいワープ装置はどうするのよ?」
「作るんだよ。今から。
この設計図を使って。」
僕はしわくちゃのワープ装置の設計図を広げた。
「ワープ装置が作れるの?」
「そうらしい。今ここにあるワープ装置を利用して、ワープ装置を作ることは可能と書かれている。」
「それなら……。」
「でも、これは不可能らしい。」
「どっちなのよ!」
「ワープにはエキゾティック物質と電気が必要だ。ラムネはワープ装置の冷蔵庫からエキゾティック物質を取り出す方法とワープが行われる電気の量は解明したと書いている。
でも、ワープを行うために、エキゾティック物質に電気をどのタイミングで、どれだけの時間流すか分からないと書いている。
そのタイミングと流す時間は、10000分の1秒単位で結果が変わる。しかし、そのタイミングと流す時間は実験による試行のみでしか成功するか、失敗するか分からないらしい。
だから、ラムネはこの方法を諦めた。そして、ラムネはぐちゃぐちゃにしてごみ箱にこの可能性を捨てた。
でも、この方法は不可能じゃない。
例え、不可能の可能性であっても、何万回、何億回と確かめれば、いつかは成功する。
だから、このワープ装置の作成は可能だ。この1週間以内に何兆回失敗しても、絶対に成功させる。
僕はもう諦めない。
絶対にラムネを救って、仲直りをする。そして、諦めない気持ちをラムネに伝えるんだ。」
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