Polar coordinates(極座標)

「出来た。」


 私は地図のバツ印をなぞりながら、ぐるぐるとペンを走らせると、ちょうど綺麗な渦巻を書くことができた。


「これがどうかしたんだい?」


 いんちは机にこぼれたカップラーメンを拭き取りながら、そう聞いてきくる。


「どうもこうもこれで、洗濯時間の設定から正確に方角と距離を計算することができる。」

「……解説をもらえる?」

「なんで、関係ないあんたに説明しなくちゃいけないのか分からないけど、教えてあげる。


 今まで分かっていたことは、時間が増えるごとにワープする距離が増える。しかし、そのワープする距離の増え具合は、時間が大きくなるにつれ小さくなっていく傾向があったってことが分かっているの。その傾向は、ワープ装置が時間に従って、この渦巻を描いていたとすると完璧に説明できる。


 渦巻を書いてみると分かるけど、渦巻は中心に近い程、1周を回る線の長さは短いが、中心から離れれば離れるほど、1周を回る線の長さは長くなる。


 だから、中心から近い方が渦巻をなぞる距離が短くても、中心から早く離れることができる。だけど、中心から遠くなれば、円周が大きくなるから渦巻をなぞる距離が長くなる。だから、中心から離れる速度が鈍化するの。」

「だから、5分で3キロワープさせることができるのに、50分で10キロしかワープさせることができなかったってことかい。」

「そう言うこと。


 さらに、今まで分かっていなかった方角の謎もこれによって解明することができる。確かに、一見不規則に見えた方角だけれども、今ここに書いた渦巻を洗濯時間に比例する長さでなぞるように進んでいったとすると、方角の法則性も見えてくる。


 この渦巻を良い精度で書くことができれば、このワープ装置で自由に決めた場所にワープさせることができる。おそらく、極座標を使えば、すぐに計算可能だわ。」

「極座標?」

「簡単に言うと、こんな中心からの角度と距離で、場所を特定する数学よ。今回の渦巻の計算に役立つの。」

「なるほど、じゃあ、自由にワープ先を選ぶことができる訳だ。」

「そうね。」

「じゃあ、もうワープ装置を完全にものにできたわけだ。」

「いや、まだ、分かっているのはワープ装置の仕組みの氷山の一角に過ぎない。だって、まだワープ位置がどこになるかの特定しかできていない。1番大切なワープをどうやって起こすのかが全く分かっていない。」

「全く分からないって言うが、そもそもワープするとしたらどんな方法があるんだ?」

「そうねぇ。


 ……ワープは大きく分けると2つに分けられるわ。スターウォーズのミレニアムファルコン号や宇宙戦艦ヤマトみたいに光の速さを超えて瞬間移動する瞬間移動タイプとドラえもんのどこでもドアみたいに今いる場所と遠くの空間を限りなく短い時間でつなぐワームホールタイプの2つがあるの。」

「そもそも、スターウォーズとか、ドラえもんとか詳しく知らないからよく分からないんだけど。」

「現代っ子ねえ。スターウォーズならまだしも、ドラえもんも知らないなんて……。


 分かったわ。じゃあ、瞬間移動タイプから解説するわね。」


 私はそう言って、通行カバンの中から白紙とペンを取り出した。そして、白紙の右と左にAとBと書き、そのアルファベットの下にバツ印を付けた。


「この紙を空間とする。そして、AからBにワープしたい。ちなみに、ワープは光より速い速度で移動することね。なら、AからBまで光より速い速度で移動すればいいと思うんだろうけど、相対性理論って言うルールから光より速い速度で物体は移動できないことになっているの。


 なら、どうするかって言うと、こんな感じで空間をくねらせ、波打たせると……。」


 私は紙の上の地点Aにペンを置き、紙を波打たせて、ペンをB地点に移動させた。


「こんな感じで、サーファーが波乗りするみたいに物体が移動する。この時、上手いこと空間の波に乗れば、見かけ上は光の速さを超えて、B地点に着くことができるの。」

「まあ、かろうじて、ざっくりとしたイメージはできた。」

「最悪、こっちは理解できなくてもいいわ。


 だって、こっちのワープがこのワープ装置に使われている可能性は低いもの。このタイプのワープは移動の間に障害物があるとワープは難しくなるからね。」

「えっ、でも、A地点とB地点の間の障害物に邪魔されないで、ワープすることなんてできるのか?」

「頭がお固いみたいね。


 じゃあ、カチカチ頭の吋君に、頭の体操になる問題を1つ。このAとBの最短距離はどこかこのペンを使って表してみて。」


 私は吋に紙とペンを渡した。吋は紙とペンを受け取ると、数秒考えた後、AとBの間にペンで直線を書いた。


「どうだい。」

「不正解ね。」

「嘘ぉー。AとBの直線が最短距離だろう、これ以上短い距離なんてないよ。」

「それがあるんだなあ。」


 私は吋から紙とペンを受け取った。


「じゃあ、私がAとBをペンを使って、最短距離でつないでみよう。」


 私は紙を折り曲げて、AとBを紙の裏で合わせた。そして、ペンをAからBに突き破った。


「ってことで、これが最短距離。」

「ず、ずる~。」

「ずるくてもこれが最短距離でしょう? それにちゃんとペンを使って、最短距離を繋いでいるしね。」


 私は突き刺したペンを引き抜き、空いた穴を吋の方に向けた。


「そして、このできた穴がワームホールって言うワープを可能にする穴よ。」

「なるほど、ずるいけどそれなら、AとBの間にある障害物の影響を受けることなく移動することができるのか。」

「そう言うこと。だから、このワープ装置はワームホールタイプである可能性が高いの。」

「じゃあ、ワームホールタイプってことが分かったんなら、ほぼワープ装置について分かったも同然なんじゃないか?」

「いや、問題は山積みよ。大きく分けると問題は3つ。


 1つ目、ワームホールをどう作るのか? 2つ目、ワームホールをどうやって開き続けるのか? 3つ目、ワープさせるものをどうやってワームホールを通り抜けるのか?」

「ちょっと待って。これから、その3つの問題について1つ1つ語っていくつもり? もう、俺の頭はワームホールの理解でパンパンだよ。」

「軟弱な頭しているわねえ。


 まあ、いいわ。じゃあ、その3つの問題を一気に解決することができる物質の名前くらい、入る頭の容量はあるかしら。」

「まあ、かろうじて。」

「じゃあ、その物質の名前を言うわね。


 それは、エキゾティック物質。


 簡単に言えば、負の質量を持つ物質。普通はどれだけ軽いものでも質量があるから、全ての物体にはもちろん正の質量ある。そんな中、不思議なことに負の質量を持つ物質があって、それがエキゾティック物質なの。


 これさえあれば、ワームホールを使ったワープは可能になるかもしれない。」

「ほえー。」

「頭をパンクさせてしまったみたいね。」

「いや、違う、違う。


 そのエキゾ何とかみたいなものどっかで聞いたような気がするんだ。」

「なんかの勘違いじゃないのか? 


 普通に生きていて、エキゾティック物質なんて言葉に出会うことなんてないでしょう。」

「いや、絶対どこかで聞いた、いや、見たな。それもつい最近。」

「もし、本当に見ていて、エキゾティック物質生成装置なんて書かれていたら、共同研究者として、お前にノーベル賞をあげるよ。」

「そうだ! それだ! エキゾティック物質生成装置! 


 それをこのコインランドリーの奥の部屋で見かけたんだ。」

「マジ?」

「マジ、マジ。確か冷蔵庫に……」


 私はそれを聞いて、ワープ装置の裏にある部屋の扉へ走った。そして、その扉を開いた。すると、そこには昔遊んでいた部屋があったが、見覚えのないものが2つあった。すごく大きな業務用の冷蔵庫と足付きのブラウン管テレビだった。


 私はまずその2つの内、吋が言っていた冷蔵庫の方を見てみることにした。冷蔵庫をよく見てみると、冷蔵庫は私の身長のはるか上まであり、大体2mくらい有り、横幅はその高さの2、3倍はあった。


 そして、その冷蔵庫の上部分を見上げてみると、ワープの洗濯機と同じく「FIRABELFIA」と言う名前が印字されていた。さらに、その横には「エキゾティック物質生成装置」と書かれていた。私はそれを見て驚いて、固まってしまった。それを尻目に、吋が近づいてきた。


「なあ、俺にノーベル賞くれるんだろうな?」

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