Try and error(試行錯誤)
「一茶、おはよう~。」
学校にいつも通り登校して、一茶に挨拶をすると、一茶はなんだか難しい顔をしていた。腕を組んで、机に置かれた写真を見ている。
「何見てるの?」
私はその写真を覗き込んでみると……
「って、昨日の写真!?」
私はあわあわしながら一茶の机から私が裸で土下座している写真を急いで取り上げ、背中に隠した。
「……亀山から聞いたよ。俺のせいでこんなことになっていたとは、……ごめんな。」
私は顔を真っ赤にしながら、一茶の申し訳なさそうな顔を見た。
「わ、忘れなさい。」
「えっ、そんなことできない。させた方もさせた方だが、俺が昨日ワープ装置を試してみなかったら、こんなことには……。
それにこの格好のまま逆立ちで校庭1周なんて……。」
一茶は懐から新しい写真を数枚取り出した。逆立ちで校庭を1周する私の写真だった。写真の私は力を振り絞っているせいか、顔は憎しみもあって、酷く崩れている。
私は即座に写真を取り上げた。
「忘れなさい!」
「だから、無理だって、俺のせいなんだから。」
「忘れなさい!!」
「いや、だから……。」
「忘れろって言ってんでしょ! 今すぐ忘れないと、海馬にメス入れるわよ!」
「分かった。忘れるよ。」
一茶は敬礼して、答えた。私は写真を制服の胸ポケットにしまった。
亀山殺す。
「こほん。
そんなことよりもワープ装置の件よ。私達は色々と時間やワープさせるものを変えて、ワープ装置を使ったわよね。そして、私が昨日ワープした場所を分かる限りで調べてみたの。
その結果、一茶が行った2回のワープを加えた合計7回のワープの内、場所が完全に分かったのは5つ。
時間順に並べると、1つ目は5秒のラムネの箱が約300メートル先の道で方角は西、2つ目は1分の氷水が約1キロ先の山のふもとのバス停で方角は北東、3つ目は5分の魚と蛙が約3キロ先のこの学校のグラウンドで方角は東、4つ目は30分の落ち葉が7キロ先の交差点の真ん中で方角は南西、5つ目は50分の服が10キロ先のスーパーで方角は南。
この結果から、時間が増えると、距離が増える関係があるけど、時間が増えるほどに距離の増加率は鈍化することが分かったわ。そして、方角はバラバラで法則性は分からなかった。
不思議なことは、洗濯槽の中に入って分かったんだけど、洗濯槽の中は濡れていて、強い静電気が発生し、暖かかったのにもかかわらず、ワープした物質はその洗濯槽の条件の影響を受けなかった。
例にして言うと、ラムネの箱は濡れていなかった上、フィルムと髪の毛は静電気が帯電していなかったし、氷水は私が見つけた時間と氷の解け具合から逆算して、洗濯槽の温度の影響を受けていなかった。それどころか、洗濯槽の中に氷水があった時間の温度の影響が丸ごとなかったの。」
「つまり、どういうこと?」
「洗濯機でワープする、洗濯槽の中の物質は何からも影響の受けない状態で保護されているってこと。」
「それが分かったことで何が分かるの?」
「私も厳密に計測したわけじゃないけど、氷水の状態は時間経過による熱の変動を全く受けていなかった。こんなことは普通起こらなくて、どれだけ厳密に温度変化を無くそうとしても、ほんの少しの温度変化が出てしまうはずなの。
それなのに、この洗濯機の中では一切の温度変化が起こらない。これは、熱力学第2法則のエントロピー増大の法則を全く無視しているわ。
これだけでもノーベル賞3回分くらいとれる大発見ね。」
「そんなにすごいことなのか? その”えんとろ”みたいなのは。」
「エントロピーね。
簡単に言えば、このワープ装置はエネルギーを別のエネルギーに100%変換しているってことよ。」
「それはつまりどういうことだ?」
「例えばだけど、スマホは充電している時、温かくなるでしょ。それは、電気のエネルギーが熱エネルギーとして逃げているの。これはどれだけ技術が進んでも、熱エネルギーとして逃げてしまう。その逃げてしまった熱エネルギーを完全に回収することは出来ない。
これが、エネルギーを100%変換することができないというエントロピー増大の法則の具体例ね。」
「なるほど。」
「もし、そのエントロピー増大の法則を無視できるなら、永久機関が完成するわね。」
「それはすごいなあ。」
「それだけすごいことをあのワープ装置は成し遂げてしまっているの。時間停止を行っているのか、エネルギー変換効率を格段に高めているのかは検討中ね。
まあ、分かったことはこのくらいかな。とりあえず、今日、放課後すぐにあのコインランドリーに集合ね。」
「何々? 逆立ち校庭歩きより面白い話? 私でなきゃ、聞き逃しちゃうところだったぞ。」
私と一茶が話している間に割って入ったのは、亀山だった。私はノータイムで亀山の腹に拳を入れた。亀山はそのまま地面に倒れた。
「……流石、武道も出来る才色兼備の天才少女。拳が重い!」
そう言って、亀山は力なく床に倒れこんだ。それを見送った後、微笑んだ私は亀山を殴った拳と共に一茶の方を見た。
「さっきの写真のことは完全に忘れたわよね?」
「……はい! 忘れました。」
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私はコインランドリーに着くと、この町の地図をコインランドリーの机の上に広げた。
「へえー、こんな感じだったんだねえ。」
「そうよ。ワープで移動した場所を地図に示したら、こんな感じになったわ。赤いバツ印がこのコインランドリーの場所で、黒いバツ印がワープした場所。地図に書いたら法則性が見えてくるかと思ったんだけど、いまいちよく分からないわね。やっぱり、試行回数を増やして、法則性を探るしかないのかしら?」
「ふーん。所で、旦那さんは今日どうしたの?」
私は一瞬意味を考えて、顔を赤くした。
「旦那さんじゃないわよ! まだ、結婚できる年齢じゃないし……。」
「ふーん、結婚できる年齢になったらするんだ。」
私はさらに顔を赤くした。
「うっさい! まだ、付き合ってもないのに、そんなこと考えるまで至ってないわよ。」
「まだ、ねえ。」
私は言葉尻を捉えてくるいやらしい吋の性格に苛立ちを覚え、手に持ったペンを吋に向かって投げた。吋は上手いことそのペンをよけた。そして、ニヤニヤとこちらを見てくる吋の顔に、さらに苛立ちを覚えた。私は吋のペースに飲まれないように、気持ちを落ち着かせた。
「一茶は文化祭の手伝いよ。」
一茶は文化祭の担当に、半ば強制的に出し物の準備を手伝わされている。まあ、10月の学校行事と言えば、文化祭だから、ものづくりの天才である一茶を重宝するのも分からなくもない。
実際、去年の1年生の文化祭ではロボット喫茶と銘打って、料理から接客まで全てロボットで自動化してしまった。結果、クラスメイト全員がさぼり出した事件は去年の文化祭の伝説となっている。
だから、今年も伝説を残してもらおうと、文化祭の担当は必死なのだ。まあ、早く抜け出してくるように言ってあるから、適当に準備をこなしてすぐ来ると思う。だが、一茶は熱中癖があるので、文化祭の準備に熱中してしまわないか心配だ。
「なら、ラムネは一茶と一緒に文化祭を手伝わないの?」
「私はこっちのワープ装置の解明の方が第一だから……。っていうか! ラムネって気安く呼ばないで!」
「これは申し訳ない。なんだかこっちの方がしっくりくるからね。」
「なんで、勝手にしっくり来てんのよ。」
「ところで、文化祭に参加しなかった理由は嘘だね。」
「なっ、なんでよ。」
「気付いてないの? ラムネは嘘をつくと、口に咥えたラムネ菓子が上を向く癖があるんだよ。」
「えっ……。」
私は思わず、口に咥えたラムネ菓子を下に向けた。
「ハハハ、面白いねえ。ノーベル賞を総舐めにした天才少女が分かりやすいねえ。」
「うっさい!
それに、まだノーベル賞は候補には上がっているけど、まだ1つも獲ってないから!」
「ああ、まだ獲っていなかったっけ? でも、ノーベル賞候補にもなっている人間が普通の公立高校に進学なんて、もったいないねえ。」
「……別に、もったいなくないわ。私の人生なんだから、自由に決めただけよ……。」
「ラムネ菓子、上に上がってるよ。」
私は机を強く叩きつけた。コインランドリーの中は、机を叩いた音が反響していた。
「それ以上、詮索しないで。」
「おお、怖い、怖い。」
「言っとくけど、今のは本気よ。それ以上私に何も聞かないで。」
「わ、分かったよ。悪かった。」
「それと今の会話は、一茶には絶対に言わないこと、いいわね。」
「……はい。」
「よろしい。」
「……それよりも、さっきの机叩きで、カップラーメンこぼれちゃったけど大丈夫?」
私はそれを聞いて、机の上を見てみると、カップラーメンの容器が倒れていて、中のスープや具がこぼれ出していた。
「ちょ、っちょっと、地図が濡れちゃってるじゃない。」
私は地図を持ち上げて、地図を避難させた。
「あーあ、楽しみにとっておいたナルトが……。」
「それよりも地図でしょう。」
私はもう1度、机にこぼれ落ちたスープと具を見た。そこにはぐるぐると渦を巻いたナルトがこぼれ落ちていた。私は何かをひらめき、持ち上げた地図を見た。
「そうか、渦巻!」
私はそれをひらめくと床に地図を敷いて、ペンを取り出し、赤いバツ印を中心にぐるぐると渦巻を書くようにして黒いバツ印をつなげた。
「なるほど! ワープの方角と距離は、渦巻で決まっていたんだ。」
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