第51話

 部屋で休もうとしていたところ、屋敷内が騒がしくなっていた。

 ……明らかに異常な様子に、俺はすぐさま部屋を飛び出した。

 その瞬間、リーニャンが俺の部屋へとちょうど来ようとしていたようで、ぶつかりかける。


「わーとと……っ。良かった、ロンド、大変……っ」

「……何があったんだ?」

「何者かが、屋敷に襲撃しにきた。……それも、一人。凄い強いみたい」

「……そうか。リアンは、無事か?」


 ……真っ先に心配だったのはそちらだ。この屋敷を襲撃してくる人間となれば、考えられるのはヴァンの手下だ。裏切者の始末か、あるいは……ルシアナ様を狙ってだろう。


「私たちは、大丈夫」

「……そうか、分かった」


 ならば、急ぐべきはルシアナ様のもとだ。

 ……ルシアナ様の部屋は、兵士たちが厳重に守っている。

 きっと、大丈夫のはずだ。

 廊下を駆け抜けるように走っていくと、兵士たちが倒れていた。……息はあるようだが、剣のようなもので切られた傷が目立つ。


「リーニャン、手当てを頼む。俺はルシアナ様のもとに向かう!」

「……分かった」


 兵士たちが殺されていないのは、恐らく治療させる必要が出てくるからだ。

 ……以前、ヴァンの施設へ襲撃に行ったときに分かったが、怪我をさせた場合、それを手当てする人間が必要になってくる。普通は、見捨てて放置はしないからな。


 相手の戦力を削ぐのではなく、何かしらの目的が別にあるのでは、相手を殺さずに怪我をさせて放置するというのは、時間稼ぎをする上では便利なのだと実体験済みだった。

 恐らく、この先にいる襲撃者の狙いもそれなんだろう。


 俺の胸は不安でいっぱいだった。

 【加速】とともに床を蹴りつけ、ルシアナ様への部屋へと駆けつけた瞬間。


 部屋は、ぐちゃぐちゃだった。エレナが壁の方で、兵士たちも意識を失ってしまっているようで、倒れたままだ。

 ……部屋には見知らぬ一人の男がいた。

 彼は薄暗い部屋の中で妖しく光る刀を構え、ルシアナ様の前に立っている。


「ルシアナ様――!」


 俺が声を張り上げると、男はこちらへと視線を向けてくる。俺は即座に【加速】を二重で発動し、男へと蹴りを放った。


「……ぐっ!」


 男を部屋の外へと蹴り飛ばし、俺はその後を追うように窓から下を見る。

 エレナがうめき声をあげたのが聞こえたので、俺はそちらを一瞥する。


「エレナ、ルシアナ様を頼む! 俺はあいつを追う!」

「……ロンドさん、分かり、ました」


 俺はエレナにルシアナ様の保護を任せ、男を追って窓から一気に飛び降りた。

 しかし、男は俺を見て、刀を構える。

 ……逃げるつもりはなさそうだ。俺も剣を抜いて、振り下ろし、そこから切り結ぶ。

 男の刀は妖しく光を放ち、片腕だというのにそれを感じさせない隙のない動きで、俺を追い詰めてくる。


「……っ!?」

「……てめぇ、まさか」


 数度剣と刀で打ち合って、即座に分かった。

 俺は一度男から大きく距離を取ると、男もまたため息を吐いた。


「これはこれは、お前はまさか、ジジイの弟子か?」

「……クラウスさんのことか? あんたも、そうなんだな」

「あんた、とは失礼な奴だ。オレの方が、弟子としては先輩だぜ? 聞いたことはないか? グシヌス大先輩の話は、よぉ」

「……グシヌス。それがお前の名前か?」

「ああそうだぜ。オレはな冒険者を百人斬り殺した伝説の弟子なんだよ。あのジジイは話してくれてなかったのかよ?」


 ……クラウスさんは、道を誤った弟子がいると話していた。

 それが、恐らく彼のことなんだろう。


「さあな。少なくとも、クラウスさんはお前のことを弟子だとは思っていなかったんじゃないか?」

「かかっ、だろうな! さっきもジジイがオレを殺しにきたんだもんなぁ! 可哀想だぜ、オレは」

「……何?」


 ……クラウスさんが彼を止めに来て、それでグシヌスがここにいるということは。


「ああ、そうだぜ。ジジイはオレがぶっ倒してやったのさ。まあ、さすがに騒ぎになっちまうからトドメを差す暇はなかったがな。くく……」

「……そうか」


 グシヌスの自信に満ちた笑みを見る限り、嘘ではなさそうだ。

 どのみち、関係はない。

 俺には、ルシアナ様を守るという役目がある。……こいつをさっさと倒して、クラウスさんの様子を見に行くだけだ。


 グシヌスが持っていた刀から、触手のようなものが生み出されると、彼の腕へと突き刺さっていく。

 ……あれは、妖刀か。ゲームでの敵キャラクターが使っていた刀だな。ステータスを大きく上げる代わりに、常にHPを消費することになる呪われた装備だ。

 ……グシヌスのステータスは、相当に高いだろう。


「そんじゃあ、始めるとするか……!」


 グシヌスが叫んだ瞬間、こちらへと迫ってきた。

 グシヌスの刀に対して、俺は剣を合わせる。

 ……俺たちの動きは、似ている。ただ、似ているだけだ。グシヌスは、俺以上に実戦での経験が豊富なのだろう。クラウスさんの動きに似ているようで、違う部分が多い。


 そういうところを見せられると、反応が遅れる。

 【加速】を二重で発動しているというのに、それで対応するのがぎりぎりだ。


 クラウスさんの教えを受けた者同士、技や動きがかぶる瞬間もある。お互いの剣術がぶつかり合うと……俺が後手に回される。

 ……そこも、年季の差が出ている。

 かといって、まったく新しい戦い方をしたとしても……そんな付け焼刃でどうにかなる相手ではない。

 力でごり押ししようとしても、グシヌスの持つ妖刀の力に押され、徐々に俺は押し込まれる。


「どうした、クラウスの弟子! お前もジジイのように、役立たずか?」


 グシヌスの嘲笑が響く中、奴はさらに力を込め、異様なオーラを放つ剣技を繰り出してきた。


「……ッ」


 次の瞬間、グシヌスが繰り出した技は――【天絶刃】。

 クラウスさんとはまるで別のタイミングからの発動に、俺は反応が遅れる。


「死ねや!」


 叫んだグシヌスが、スキルを発動した。

 妖刀の力が乗った黒い衝撃。俺は回避が遅れてしまい、即座に【バリア】を発動する。

 ……だが、それで防げたのは一瞬。


 あっさりと破壊され、俺の体は吹き飛ばされた。


「ぐ……っ!」


 地面に叩きつけられ、意識が飛びかけたが、すぐに体を起こす。


「おうおう。この程度でやられはしねぇよなぁ?」

「……ああ、そうだな」


 俺は小さく息を吐く。

 正直言ってやべぇ。

 ……このまま普通に戦っても、勝てそうにはない。


 ただ、な。

 窓の方からこちらを心配そうに見ている、ルシアナ様がいる。

 ……彼女に、情けない姿を見せるわけにはいかなかった。


 

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