第50話


 訓練を終えた俺は、屋敷へと戻った。

 それから、リアンの様子を見に行こうと、彼女の部屋へと向かう。

 リアンの部屋へと行くと、中から話している声が聞こえてきた。

 ……これは、エレナの声か?

 俺がノックをすると、すぐにエレナがやってきた。


「ロンドさん? どうしましたか?」

「……少し様子を見に来たんだ」

「そうでしたか。どうぞ、中にお入りください」


 そう言って俺はエレナとともにリアンの部屋へと入る。

 部屋の中では、リアンが真剣な顔で魔道具を手に取っていた。


「何をしているんだ?」

「あっ、お姉さん。今日は男の子なんですね」

「……もともと、男なんだ。今は何しているんだ?」

「魔道具の、修理ですよ」


 おっとりとしたのんびりとした声でリアンがそういった。

 あっけらかんと言ったけど、そんなことできるなんてすごいな。


「魔道具の修理、できるのか?」

「はい。私、あまり動くのが得意ではありませんでしたので。いつも、こうして部屋で魔道具を弄っていたんですよ」

「そういうわけでして……今度修理に出そうと思っていた魔道具などを見てもらっていたんです」


 ……なるほどな。部屋の隅に置かれた箱には、古そうな魔道具がいくつも置かれていた。

 たぶん、エレナが倉庫から持ってきたんだろうな。


「私も、色々助けていただいてますので、できることをしたいと思いまして」


 リアンがにこりと微笑んだ。……リーニャンの妹と言っていたが、リーニャンよりもどこか大人びた笑顔だ。

 その原因は、たぶんだけど達観した雰囲気が原因なんだろう、な。いつ死んでもいいと……そういった覚悟を持ったような彼女の表情に、俺は少しだけ寂しさを覚えてしまった。


「そうなんだな。リアンは【魔道具師】のジョブを持っているのか?」

「そうなんですよぉ。それで色々と作ったり修理したりするのが得意なんです。他にも、【索敵】と【テレパシー】のスキルも得意なんです」

「そうなのか?」

「はい。【索敵】で常にお姉ちゃんの位置を把握しているんですよぉ。だから、あの日もお姉ちゃんが来たことはすぐに分かっていたんです」

「……そ、そうなのか」

「今は、【テレパシー】のスキルを使う訓練をしているんです。もしも、これがもっと自由に使えるようになったら、お姉ちゃんといつでもどこでも一緒にいられますからねぇ」


 リアンはうふふふ、と嬉しそうに微笑んでいた。

 ……ちょ、ちょっと怖いなぁ、とか思ったけど、俺は聞かなかったことにしておいた。

 とりあえず、リアンは今の生活に大きな不満もなさそうだし……大丈夫そうだな。




 夜。

 屋敷の近くにいたクラウスは、小さく息を吐いていた。

 ――小さく聞こえた悲鳴と、覚えるの魔力。

 それを探知したクラウスは、そこで一人の男性を見つけた。


「……懐かしい気配がすると思って来てみれば……貴様か」


 目の前に立つ男――それは、クラウスのかつての弟子、グシヌスだった。彼は不敵な笑みを浮かべながら、一振りの刀を一般人に突き刺していた。


「……これはこれは。お師匠様じゃないか。お久しぶりですね」

「……グシヌス。生きておったとはな」

「まあな。誰かさんのせいで、片腕は使い物にならなくなっちまったが、な」


 グシヌスは確かに片腕が何もなかった。右手に持った刀を軽く振り回す。

 グシヌスはくすくすと笑みを浮かべ、それからクラウスを見た。


「ジジイ、お前に斬られたこの片腕がなぁ。いつも痛むんだよ」

「……ふん。精々、その痛みをかみしめるといい。――ここで、貴様を殺す」

「かかか、できるのかお前に?」

「当たり前だ。今の貴様程度――とるに足らんわ」


 クラウスがそういった次の瞬間。一瞬でグシヌスの間合いへと入る。

 しかし、グシヌスは即座に刀を抜き、クラウスの一撃を受け止める。

 力は互角だ。しかし、グシヌスの握った刀から触手のようなものが現れると、それがグシヌスの右手首へと突き刺さる。

 次の瞬間、グシヌスの力が増幅し、クラウスは大きく弾かれる。


「……む?」

「これは妖刀【紅蓮魔刀】っていってなぁ! 所有者の生命エネルギーを餌に、能力を強化してくれるんだぜ!」


 グシヌスは嬉々として妖刀について語った次の瞬間。その姿が消える。

 クラウスは即座に振り返り、グシヌスの振り下ろした一撃を受け止める。


「……う、ぐ!?」

「ジジイ、老いたなぁ? おい。ずいぶんと、力が弱くなってんなぁ、オイ!」


 声を張り上げたグシヌスに、クラウスは大きく弾かれた。

 地面を転がったクラウスは、即座に体を起こしたのだが、その体にグシヌスの刀が突き刺さった。


「……がああ!?」

「オレはなぁ、ジジイ。人を殺したくてお前のところに弟子入りしたんだよ。だが、お前にそれがバレて、制裁を喰らってな。ほんと、痛かったんだよ……」


 その狂気じみた言葉に、クラウスさんは静かに突き刺さっていた刀を握りしめる。


「……お前のような輩を育ててしまったことがわしの責任だな。……もう一度、教育してやる必要がありそうだ」

「ハッ……この状況でできると思っているのか? おまえごときで、オレを止めることなんざできやしねぇよ」

「――貴様は、油断しすぎだ」


 クラウスはそう言った次の瞬間。


「――【終焉ノ漆黒刃】」」


 持っていた剣を振りぬいた。

 凄まじい衝撃が生まれ、グシヌスの体を吹き飛ばす。

 クラウスは、突き刺された部位を抑えながら、グシヌスへと視線をやる。

 だが――。


「……ああ、いってぇなおい」


 グシヌスの右腕は吹き飛んでいた。

 だが、すぐに妖刀がその腕へと伸び、まるで縫い留めたかのように腕が再生していく。


「……化け物め」

「……それは、こっちのセリフだっての。まさか、この妖刀を手にしてからここまでのダメージを喰らうとは思ってなかったぜ」


 クラウスはよろよろと起き上がり、再び剣を構えたのだが……グシヌスはそこで舌打ちを放つ。


「ああ、そうだったそうだった。もともと、王女様の誘拐に来てんだったな。これ以上、派手にやったらやりにくいか」


 グシヌスはそう言って、笑みを浮かべ屋敷へと歩いていく。


「待て! 逃げるのか!」


 クラウスは挑発してでも止めようとしたが、グシヌスはそれを無視し、飄々とした態度で歩き出す。


「お前は、もっと力をつけてからまた殺しに来てやるよ、ジジイ。どの道、お前はもう衰えていくだけなんだからな」

「くっ……!」


 クラウスが追いかけようとしたが、先ほど喰らったグシヌスの一撃で、体力の限界を迎えていた。

 クラウスは視界がかすむ中、遠ざかるグシヌスを睨むことしかできなかった。

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