第49話
無事、屋敷に帰還した俺は、ようやくそこで肩の力を抜いて息をついた。
……とりあえず、ここまで追手が来ることもなかった。
安堵の息を吐きながら、俺たちは屋敷へと戻っていった。
玄関へと入ると、夜遅くだというのにエレナたちが待ってくれていた。長旅で疲れているリアンを休ませるため、エレナとキャリンはリーニャンとリアンを部屋へと案内する。
「ロンド、無事のようだな」
「ええ、まあ」
俺は長髪のカツラを取りながら、ルシアナ様とともに屋敷内を歩いていく。
「……本当に、良かったぞ。心配していたんだからな」
「ただ、これからどうなるかは……分からないです。ヴァンがこのまま大人しくしているとは、思えなくて」
「……だろうな。確実に、何かしらの行動に出てくるはずだ。まあ、落ち着くまでリアンとリーニャンには屋敷で保護する。心配はするな」
「……はい」
心配は、それだけではない。
恐らく、ヴァンは今回の一件をルシアナ様が命令して実行したと考えているだろう。
狙いはもちろん、リーニャンたちもあるかもしれないが……それよりは、ルシアナ様が狙われている可能性の方が高い。
……気を引き締めないとな。
そう思いながら、俺は女装を解除して、少しだけ休憩をとることにした。
翌朝。クラウスさんが来ていると教えてもらった俺は、屋敷の庭へと向かった。
連続で来るのがまず珍しく、それに朝早い時間だ。
俺は、少し困惑しながらクラウスさんに声をかかえる。
「クラウスさん、こんな朝早くからどうされたんですか?」
俺が尋ねると、クラウスさんは剣を軽く振りながら答えた。
「お前に訓練をつけてやろうと思ってな。さあ、構えろ」
突然の訓練宣言に驚きつつも、俺は剣を手にして構えた。
クラウスさんとの訓練はためになるので、まあいきなりであっても困ることはない。
すぐに俺が剣を構えると、クラウスさんはゆっくりと口を開いた。
そして、地面を蹴ってくる。……速い。最初から、全力だ。
それに俺も、使えるスキルを組み合わせて抵抗していく。だが、クラウスさんはどんどん速度が上がっていく。
ハイペースだ。比較的小柄なその体のどこにそんな力があるのかというほどに、縦横無尽に駆けまわっている。
……ここまで全力で仕掛けてくるクラウスさんは、初めてだ。防戦一方になりながらも、俺は反撃の機会をうかがっていると、彼の動きが【天絶刃】を当てるためのものへとなったのが分かった。
――来る。
彼の必殺技ともいえる【天絶刃】を予測した俺は、その一撃に合わせ、俺のバージョンの【天絶刃】を準備する。
クラウスさんが放った瞬間に合わせ、俺も剣を振りぬいた。
俺の【天絶刃】は、基本の【天絶刃】に様々なスキルを組み合わせている。【天絶刃】自体に、【斬撃】、【加速】、【威力アップ】などのスキルを組み合わせ、無理やりに効果を増したものだ。
さらに、相手にヒットした場合には、【ガードブレイク】、【スピードブレイク】といったデバフが乗るようにもなっている。
ただし、これを準備するまでには、事前にいくつもの文字を用意しておく必要があり、クラウスさんのように即座に打てるわけではない。
……なんとなく、今日のクラウスさんは【天絶刃】を放ってくる気配がした。
だからこそ、それを放てるよう戦闘が始まった瞬間から準備をしていた。
俺の一撃と、クラウスさんの【天絶刃】。それらが正面からぶつかり合う。
……互角。いや、クラウスさんの方が強い。
俺はその衝撃を利用するように、一気に跳躍する。剣を構え直したクラウスさんへと、重力をのせた一撃を振り下ろす。
正面から受け止めたクラウスさんの体が沈む。そこに俺は、【剛力】を三重で発動し、その体を弾き飛ばした。
クラウスさんはすぐに体勢を戻したが、そこで剣を鞘にしまった。……攻撃をするためではなく、訓練終了を告げるためのものだ。
「……見事だ」
「……ありがとうございます」
俺がそうやって頭を下げたところで、クラウスさんはこちらを見てきた。
「短期で、ここまで上を磨くとは。相当な努力を重ねたのだろうな」
「……そう、ですね。自分一人のおかげではありませんが」
エレナやキャリンが、俺の訓練に付き合ってくれたおかげだろう。特に、キャリンのおかげで普通の人よりも訓練できる時間が数倍に跳ね上がったのは言うまでもない。
「その心を忘れるな。……その力は、間違ったことを使わぬようにな」
「もちろんです」
俺が答えると、クラウスさんは迷うような素振りを見せた後、ゆっくりと語りだした。
「……わしには、何人か弟子がいた。だが、力を手にした弟子たちの中には、その力を……弱者をいたぶるために行使する者もいた」
「……そう、なのですか」
「わしは、そういう弟子を……自らの手で消した。わしに、そんなことをさせるんじゃないぞ」
クラウスさんは少しだけ冗談っぽく笑ってから、鋭く睨んでくる。
だが、俺にはその苦しみが……少しだけ分かった。
自分が大切に指導した弟子を殺すなんて……相当に辛い思いをしたのだろうか。俺にはそういう経験はないけど、それが苦しいものだとは察することができた。
「分かっています。俺は……今は、この屋敷の人たちのためにこの力を使いたいと思います」
「それでいい」
クラウスさんはそう言ってから、小さく息を吐いた。
それから、屋敷の外へと歩いていき、俺はその背中へと深く頭を下げた。
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