第48話

 ……兵士たちは、そこまで強くなかった。

 こちらを舐めているというのもあるかもしれないが、第一陣を退けることには成功した。

 とはいえ、今も建物内は騒がしい。すぐにまた敵が来るはずだ。

 俺は扉を閉めてから、近くにあった棚を動かし、その入り口を固く閉ざす。これで、中に入ってくるまで僅かに時間がかかるだろう。

 それから俺は窓を開け放ち、外を見た。


「ここから脱出するぞ」

「……だ、大丈夫?」

「ああ。ついてきてくれ」


 俺はすぐに【浮遊】の魔法を放つ。浮遊、というよりはどちらかというと滑空に近いものだ。

 高い位置からゆっくりと降りることができる魔法であり、それを俺たち全員に使用し、窓の外から地上へと降りた。

 そのまま、入ってきた出口へと向かうと、すでにそこには兵士たちが警戒態勢をしいていた。

 ……数は四人か。

 あれを片づけることは別に難しくはないが、片づけた後が問題だ。


「……リーニャンはこのままリアンとともに先に屋敷に戻ってくれ」

「……ろ、ロンドはどうするの?」

「俺は少し暴れて、注目を集めてから脱出する」


 ……二人で同時に脱出してもいいが、これだけの警戒状態では厳しいだろう。

 俺はすぐに地面を蹴り、【加速】を発動させ、兵士に迫る。


「貴様は……!」

「侵入者の女だな……!? ぐあ!?」


 そう言ってきた兵士には、少し強めの拳を放った。

 一瞬で兵士たちを無力化させた俺は、それからリーニャンたちに視線を向ける。


「リーニャン、先に行け。あとから追いつく」

「……分かった。リアン、行こう」

「うん。……お姉さん、ありがとうございます」


 ぺこりと、リアンが丁寧にお辞儀をしてきた。

 ……うん、丁寧な子ではあるが完全に俺の性別を誤解しているな。

 さて、あとは、リーニャンたちが安全圏まで逃げるまで、しばらく時間を稼ごう。

 ……リアンもいるし、そう素早くは移動できないだろうし、それなりに暴れる必要があるだろう。


 リアンの弱々しい体を抱きしめるリーニャンの姿が闇に溶け込んでいくのを見届けたところで、俺は敷地内へと戻る。


「……いたぞ!」


 兵士たちが俺を見つけ、声を張り上げる。

 ……よしよし。いい感じに注目を集められたな。

 兵士たちは俺に気づき、剣を抜いて迫ってくる。

 その数は十人ほどか。


 ……この兵士たちに罪はない。

 俺としても無益な殺生はしたくないので、あくまで気絶させるように戦うつもりだ。

 俺は深呼吸をして、全身に魔力を巡らせる。そして、【加速】を発動。一瞬で彼らとの間合いを詰め、一人の兵士の腹に拳を打ち込んだ。


「が……っ!」


 兵士は呻き声をあげ、あっという間に気を失って倒れる。俺は次々と彼らの剣を避けながら、致命傷にならない部位に攻撃を叩き込んでいく。

 剣士として鍛えられている彼らとはいえ、俺の速度に対応することはできないようだ。


「邪魔だ」


 剣の柄で相手の顎を突き上げ、腹に膝を叩き込む。一人、また一人と兵士たちは次々に倒れていった。

 相手の動きが鈍くなる中、俺は冷静に対処していく。……そうすると、兵士の方にも動揺が生まれ始める。


「くそっ! こいつ、何者だ!?」

「この女……滅茶苦茶強いぞ……!」


 俺はすべての兵士を倒し、ほっと息をついたところで、遠くから重い足音が響いてきた。

 兵士の後ろから現れたのは、一人の剣士だった。


 体格は俺よりもひと回り大きく、いかにも強そうなオーラを放っている。彼の歩いている姿から、それなりの経験を積んでいるのが一目で分かる。だが、俺は気を抜くことなく、剣を構えた。

 その男は、近くにいた兵士の肩を掴むと、押しのけるように突き飛ばした。

 ……ガラが、悪いな。舌なめずりをしたその大男は、下衆な笑みとともにこちらを見てきた。


「ほぉ、なかなかいい女じゃねぇか。……どんな声で鳴くのか、楽しみだなぁ」


 彼は俺を睨みつけ、威圧的な態度で剣を構える。

 誰が女じゃボケが。

 内心ではそう思ったが、それだけ変装がうまく行っていることの証明でもある。俺は努めて冷静に、息を吐き向き合う。


 俺は剣を振り下ろす彼の一撃を軽々とかわし、逆に踏み込んで腹に一撃を入れる。彼は驚いたように後ずさりし、一瞬、体勢を崩した。

 その隙を見逃すことなく、俺は剣の柄を彼の肩に叩き込み、一気に倒れさせた。

 ……弱い。

 いや、クラウスさんが強すぎて……この程度の相手ならまるで相手にならない。

 今まで俺が、どんな化け物を相手にしていたのかが良く分かる。


「が……っ! く、くそ……っ!」


 大男は顔を歪め、悔しそうに呻く。そして、苛立ちが頂点に達したように叫んだ。


「オレが……女なんかに……! 負けてたまるかぁ……!!」


 彼は苛立ちを隠せず、地面に拳を叩きつけてから、何かのスキルを発動した。

 彼の体から魔力のようなものが溢れ、こちらへと迫ってくる。

 速い。恐らくはステータスを強化する系のスキルだろう。

 振りぬかれた剣と拳による攻撃を、俺はかわしていく。


「はっ! 逃げてばっかりでどうにかなると思ってんのかぁ!?」


 ……そう、大きな声とともに振りぬいてきた一撃を、俺は剣で受け止める。そして、その力の向きをそらすようにして……剣を弾き上げる。

 隙だらけとなった大男の股間へと、蹴りを放った。


「あが!?」


 凄い顔で悲鳴を上げた大男は、泡を吹いて意識を失った。……さすがに、潰してはいないがしばらくは動けないだろう。

 俺の一撃を見て、兵士たちは完全に怯んだようで、俺を囲みながらも一歩、距離をとる。

 ……そろそろ、時間稼ぎはいいだろう。

 俺は、片手を動かし、魔法を放つ。


 【煙玉】だ。三重で発動させた【煙玉】が、辺り一面を覆いつくしていく。


「くそ! 逃がすな!」


 兵士たちのそんな声が聞こえる中、俺は【索敵】を利用してさっさと兵士たちがいないエリアから外へと脱出した。


 すぐに隠していた馬の元へと急いだ俺は、手綱を握って走らせる。

 馬に【加速】のバフを使ってやり、一気に移動してもらう。


 しばらく、夜道を駆け抜けていくと、暗闇の中を進む、リーニャンたちの背中が見えた。


「大丈夫か、リーニャン、リアン!」


 俺が呼びかけると、リーニャンは一瞬驚いたように振り返ってくる。……それから、安堵した様子で息を吐いた。


「うん……大丈夫」

「そうか。リアン、体は大丈夫か?」


 リーニャンはリアンをしっかりと抱えている。

 リアンはまだ眠そうだが、俺を見つめて小さく笑みを浮かべた。


「うん、大丈夫です。お姉さん、ありがとうございます」


 ……リーニャン。道中で誤解をといてくれてないのか。


「……俺は男だぞ?」


 リアンは驚いたように目を瞬かせ、リーニャンも思わず微笑を浮かべた。


「えと……どういうこと……?」


 リアンはぽかんとした表情を浮かべ、首を傾げている。

 ……今、この場で誤解を解くのは難しそうだな。

 屋敷に戻ったら、ちゃんと俺の

 だがどうすればいいんだろうか? さすがに、男であるものを見せるわけにはいかない。そんなことをしたらリーニャンに蹴り飛ばされるだろう。

 俺は屋敷に帰ってからのことを真剣に考えていた。





 ロンドたちが救出作戦を成功させたあと――ヴァンは怒り狂っていた。

 ヴァンが管理していた孤児たちの人質を管理している施設が、何者かによって襲撃されたという話だったからだ。

 その結果、リアンが誘拐されたことで、ヴァンはその犯人と裏で動いている人間の正体について、気づいていた。


「許さん……許さんぞ、ルシアナァ!」


 彼は机を叩きつけ、憤怒の表情を浮かべていた。完全にルシアナを出し抜いたつもりだったため、それが余計にヴァンのプライドを傷つけた。


「このオレに逆らった代償を……必ず払わせてやる! おい! グシヌス!」

「……はい、なんでしょうか」


 ヴァンの呼びかけに応じ、姿を見せたのは――アカデミーの最高傑作である暗殺者、グシヌスだ。


「ルシアナを殺してこい」

「……承知しました。……捕らえて、オレの好きなように遊んでもいいのですか?」

「……ああ、構わんぞ。いや、むしろその方が楽しそうだな。生け捕りにしてこい、グシヌス」

「御意」


 ヴァンは笑みを浮かべた。

 グシヌスの手によって、ルシアナの顔が歪む姿を想像したからだ。


「このオレを怒らせたこと、後悔してももう遅いぞ」


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