第47話
「……ロンド、可愛い」
「……うるせぇ」
俺を着せ替えるための衣装は、キャリンが大量に持っていたので服には困らなかった。
動きやすい女性物の服、女性物の下着、そして化粧。それらで姿を変えた俺は、完全に今は別人と化していた。
鏡を見てびっくりしたもんね。自分が映っているはずなのに、そこに自分がいないかのような感覚。ちょっと気持ち悪かった。
夜の静寂を裂くように、俺たちは馬を走らせていた。
月明かりが薄く照らす夜道を、リーニャンとともに施設へ向かっている。
リーニャンと俺はそれぞれ馬を走らせていく。彼女の顔を見れば、かなり緊張している様子に見える。
「……ロンドは、いつから気づいてたの?」
「ヴァンが屋敷に来た時だな。あれからの、明らかに様子がおかしかったぞ?」
「……うん」
「なんで、殺さなかったんだ?」
俺はリーニャンのことを詳しくは知らなかった。
だから、そう問いかけてみたら、彼女は力なく笑った。
「……初めて、だったのもあるかもしれないけど……。皆と一緒に仕事をして、それで……楽しかった。ここで、ずっといられればいい、って思った」
「そうか。……それなら、良かったよ。お前が手を汚す前でな」
「…………ありがとう。ロンドが、色々と動いてくれたってこと、エレナたちから聞いた」
「……俺も、ルシアナ様も。色々とあって妹を救えなかったんだ。だから、協力したいって思ったんだよ」
「そう、だったの?」
「少なくとも俺はな。でも、ルシアナ様も、似たようなことを考えていたと思うよ」
……俺にもっと力があれば、どうにかできたかもしれない。
それは、何度も考えてしまっていた。
「助け、られるかな。……助けたあと、リアンを、守れるかな」
「大丈夫だ。俺も、手伝うからな」
「……うん、頑張る」
俺の言葉に、リーニャンは小さく頷いた。その瞬間、彼女が手綱を握る手がわずかに震えている。
……そりゃあ、緊張するよな。
しばらく馬を走らせていくと、目の前に施設の大きな建物が見えてきた。巨大な石造りの屋敷のような建物は、辺りの闇に溶け込むように静かに佇んでいたが、どこか不気味な威圧感を放っていた。
「あそこがそうなのか?」
「うん。そう」
リーニャンは目を細めながら、建物を見つめている。
……ゲームで見たことのある建物だ。ゲームではすでに廃墟となっていたエリアだ。
この世界の状況を見てみると、どうやらゲーム本編の時代よりも少し前のように思える。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺たちは建物から少し離れたところで降りて、そこで馬を待たせる。
「それじゃあ、建物に向かおうか」
「でも、正面から向かっても……許可がないと会えない」
「なら、裏から入ってリアンを連れて逃げ出すか」
「……その方が、いいと思う」
見つかれば交戦は避けられないが、仕方ない。
俺たちはすぐにそちらへと近づいていく。
……夜ということもあるのか、警備の兵士たちはあまり見当たらない。
チャンスだ。俺たちは草陰に身を潜め、慎重に進む。施設の裏口に到着すると、リーニャンが鍵穴へと視線を向ける。
「……壊して入るか?」
「ピッキング、できるから大丈夫」
彼女はもっていた針金のようなものを鍵穴に通し、すぐに鍵を開けて見せた。
……さすが、暗殺者として教育されているだけはある。
すぐに俺たちは中へと入る。音を立てないよう、忍び足で。
施設の中は暗く、冷たい空気が漂っている。石造りの壁に蝋燭がぽつぽつと並んでおり、どこか無機質で冷たい雰囲気が漂っている。
「……リアンは、二階の一番奥の部屋にいるはず。警備も厳重だと思う」
リーニャンの声が小さく響く。俺は彼女に頷き返し、注意深く周囲を警戒しながら進む。
廊下を進んでいくと、二人の兵士が立っているのが見えた。……こいつらをどうにかしないと、先には進めない。
「リーニャン、少し下がってくれ」
「……どうするの?」
「少し、眠ってもらう」
俺は剣を手に取り、慎重に兵士たちに近づく。そして、【加速】のスキルを発動し、一気に間合いを詰めた。
素早く兵士の首元に柄を叩きつけると、彼は音もなく意識を失って倒れた。もう一人も同じように仕留める。
「……大丈夫だ。進もう」
「……分かった」
俺の合図で、リーニャンが再び前に出る。俺たちはそのまま二階へと向かい、廊下の奥にある大きな扉の前にたどり着いた。
「リアンは……ここにいるはず」
リーニャンは扉の前で一瞬躊躇したが、すぐに決意を固め、扉を開けた。
そこには、やせ細った少女がベッドに横たわっていた。白い服を着たその少女は、見た目こそ幼く、病気のせいか顔色も良くないが、リーニャンと同じ顔をしている。
……栄養状態が良くないように見える。食事がとれていないのか、そもそも食事をあまり与えられていないのか。
……リーニャンを使うためだけに、生かされている。そう思えるような姿だ。
「リアン……!」
リーニャンはその姿を見た瞬間、駆け寄って彼女の手を取った。妹リアンの目がゆっくりと開き、ぼんやりとリーニャンを見つめる。
「……お姉ちゃん……?」
リアンのか細い声が、静かな部屋に響いた。その声を聞いた瞬間、リーニャンの瞳から涙が溢れ出す。
「お姉ちゃん、久しぶり……」
「……ごめんね。なかなか会いに来れなくて……助けに来るのが遅れて……ごめん」
リーニャンはリアンの手を強く握りしめ、泣きながら謝る。
リアンはそんな彼女を見つめ、弱々しく微笑んだ。
「……ううん……お姉ちゃんが……来てくれて……嬉しい……」
その言葉を聞いた瞬間、リーニャンはリアンを強く抱きしめた。再会の喜びと安堵が、彼女たちを包んでいる。
「……リーニャン、リアンを連れてここを出よう。俺たちがいる限り、大丈夫だ」
俺がそう声をかけた瞬間――。
「誰かいるぞ!」
廊下の奥から、兵士たちの足音が響いてきた。くそ、気づかれたか……! 俺はすぐに剣を構える。
リーニャンはリアンを抱きかかえながら、扉の反対側へと身を潜めた。その瞬間、複数の兵士たちが一気に俺たちの前に現れた。
「……侵入者だ! 女が二人……っ!」
誰が女だ!
内心で叫びながら、俺は兵士を迎え撃つために魔法の準備を始めた。
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