第46話
俺たちがルシアナ様の部屋で待っていると、エレナがリーニャンを連れてやってきた。
……来たな。
ここからどうなるかは、分からない。リーニャンの行動次第で、今後の展開が大きく変わる。
ちょっと、緊張してきたぞ。
リーニャンはぺこりと頭を下げてから、首を傾げた。
「……なんでしょうか?」
突然、呼び出しを受けたわけで、リーニャンは戸惑っている様子だ。
まあ、そりゃあそうだよな。俺だっていきなり上の立場の人間に呼び出しを喰らったらびくびくしてしまうだろう。
リーニャンはいつも通りの落ち着いた表情を浮かべようとはしているが、明らかに動揺している。
ルシアナ様は、僅かに口元を緩めてから、鋭い目を向けた。
「リーニャン。今日ここに呼び出された心当たりはないか?」
「……」
「例えば、そうだな。ヴァンのこととか、な」
「……!」
ルシアナ様の問いかけに、リーニャンは驚いた様子を見せる。
……それがもう、答えだな。
リーニャンはしばらく迷うような素振りを見せた後、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……気づかれて、いたのですね」
「色々と情報網があってな。それで? これから私の首でも狙ってみるか?」
ルシアナ様も、立場があるとはいえリーニャンを試すような言い方をしている。
……とはいえ、本当にリーニャンがその行動を実行する可能性だってゼロではない以上、俺はいつでも動けるように準備をする。
「……」
リーニャンはしかし、首を横に振った。
それから、その場で膝をつき、床へと頭を擦り付けるようにして声をあげる。
ジャパニーズ土下座のようなスタイルで、声をあげる。
「……命を、狙った立場で失礼なことは十分承知しています。私の事はどうでもいいのです。どうか……妹だけでも、救ってはくれませんか……っ!」
「妹か」
「……はいっ。言い訳になってしまいますが、私には病を持った妹がいます……っ。どうしても、妹を養うにはヴァンのもとでなければ、ダメだったんです……っ! 私はどうなってもいいのです。ですが、妹だけは……妹だけはどうにか、救ってほしいです」
「それならば、自分の手で救いに行けばいいのではないか」
「……え?」
ルシアナ様は小さく息を吐いてから、リーニャンをじっと見る。
……いよいよ、作戦開始だ。
「お前が自分で妹に会いに行く分には、別に何も問題はないだろう。リーニャンが、ただ妹に会いに行き、妹とともに我が領で生活をする。表向き、ただの孤児院で面倒を見ているだけの妹だ。それを無理やり連れ出そうとも、特に何も問題はないはずだ」
……ルシアナ様のいう通りだ。
リーニャンが妹を連れ、この領へと引っ越してこようとも、それは別に何も関係ない。
そもそも、ヴァンだってリーニャンたちのような孤児を使い捨てしているというのは、あまり大っぴらにはしたくないだろう。
他の王族に知られれば、それは決定的な弱みとなるからだ。
「見逃して、くれるのですか?」
「……見逃す、というよりも。お前の仕事ぶりはなかなかだと聞いている。優秀な使用人をみすみす失いたくはないからな。妹を連れて、屋敷に戻ってこい」
「……っ。ありがとう、ございます」
リーニャンが涙ながらにそういうと、ルシアナ様は僅かに微笑を浮かべた。
……ルシアナ様も、恐らくだがリーニャンに自分の過去を重ねているんだろう。
それは、俺も同じだ。
「リーニャン。ヴァンから殺しの命令を受けた期限は明日までだな?」
「……え? う、うん」
「それなら、今夜急いで出発するぞ。妹を連れてさえこれれば、お前がヴァンの言うことを聞く必要もないだろ?」
「……うん。分かった」
リーニャンがこくりと小さく頷いてから、涙をぬぐう。
かなり、凛々しい顔をしている。……それが、本来のリーニャンなんだろう。
いざ、出発しようとしたところで、エレナとキャリンが笑顔で俺の前に立った。
「今回の作戦は、リーニャンとリーニャンの協力者で行う必要があります」
「……ん? そうだな。俺が一緒に行って、最悪力づくで連れ戻すって作戦だよな?」
「はい。ですが……ルシアナ様との関係を疑われてはいけません。つまり、ロンド様がそのまま行ってはまずいんです」
……確かに、それはそうだな。
「なら、姿を隠すのか?」
「だから、私たちがいるんだよ」
そう言って、エレナとキャリンは何やら化粧道具を取り出した。
「……ん? どういうことだ?」
嫌な予感がするぞ?
俺がその可能性について考えていると、二人はにこりと微笑んでから俺の方へとずいっと近づいてきた。
「ロンド様は、幸い女装が似合うと聞いています」
「だから、ロンドくんは今日からロンドちゃんになってもらうんだ。それなら、バレないよね?」
「……ルシアナ様?」
「ロンドちゃん、頑張ってくるんだぞ」
……どうやら、ここには俺の味方はいないようだ。
俺は、エレナとキャリンによって出発の準備を整えられていった。
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