第44話

 リーニャンの様子が明らかにおかしい。

 ここ数日で確信を持って感じていた。いつものリーニャンと違う。どこか、焦っているというか……迷いがあるようにも見えるのだ。


 明確に変化があったのは、ヴァンが屋敷を訪れた後からだった。

 俺がそんなリーニャンの変化に気づいたのは、たぶん彼女のことをある程度疑いの目で見ていたからだろう。


 とはいえ、ゲームとは違う部分もある。リーニャンが俺に気づかれるようなへまをするキャラクターではないということだ。

 それこそ、暗殺者として淡々と仕事をこなすような冷徹なキャラクターだったはずだ。

 ……彼女も、ゲームとは何かが違う。

 そう思いながら俺は、今日もクラウスさんとの訓練を行うため、庭へと来ていた。


 剣を構えていたクラウスさんがこちらへと気づくと、すぐに口を開いた。


「ロンド。依頼のあった調査だが、あいつはヴァンの仲間に見張られておるぞ」


 あいつ、とはリーニャンのことだ。

 ……リーニャンのことを調べる上で、俺は自由に動けなかった。

 だから、クラウスさんに頼んだら、渋々とだが引き受けてくれた。


「……やはり、そうでしたか」

「何かしらの関係があるのは間違いないな。ただ、わしもそちらの道のプロではないからの。それ以上の事は分からぬ」

「いえ……。それだけ分かれば十分です。ありがとうございました」


 ……あとは、これからどうするかだ。

 リーニャンの様子がおかしくなったのは、ヴァンが来てからだ。

 ……そして、ヴァンが来てからもうそれなりに時間が経っている。

 リーニャンがゲーム本編通り暗殺者としての仕事を請け負っているのだとしたら、すでにその命令は下されているはずだ。


 どうして、リーニャンが実行していないのかは分からないが、少なくとももうあまり猶予はないだろう。


「迷って後悔するよりは、動いたほうがいい」


 クラウスさんが、ぽつりとそう言ってきた。彼はどこか遠くを見るようにして、それから俺へと視線を向けてくる。


「どれだけの力があっても、それを正しく使えなければ意味がない。お前はその力を何のために身に着けた?」

「……それはルシアナ様を守るため、ですかね」


 きっかけは、自分の身を守るためだ。力がなければ、この世界では何も守ることはできないから。

 だけど、いつしかそれはルシアナ様を守るためにも使いたいと思っていた。

 俺を、助けてくれたから。


「ならば、さっさとあいつと話をした方がいい。あのリーニャンとやらを遠ざければ、ルシアナの安全は守れるだろう」

「……そうですね。ですが、今は――リーニャンも助けたいと思っています」

「傲慢な弟子だ」

「……ダメでしょうか?」

「いや。それならば、なおさら早く動いた方がいいだろう。今日の訓練は延期だな」

「……申し訳ありません。クラウスさん……それと、ありがとうございます」

「ふん。気にするな」


 クラウスさんはそう言って手をひらひらと振った。

 俺は一礼をしてから、すぐにルシアナ様のもとへ向かう。


 ルシアナ様のもとへと向かいながら、俺はエレナ、キャリン、そしてルシアナ様を集めていた。

 全員を部屋に集めたところで、俺はルシアナ様へと視線を向け――クラウスさんから聞いていた情報について話をした。


 俺の話を聞いたエレナとキャリンは、どこか不安そうな目でルシアナ様を見つめていた。

 俺たちの視線をその身に受けていたルシアナ様は、驚いた様子で口を開いた。


「……まさか、クラウスがそんな仕事を引き受けてくれるとはな」

「……そうなんですか?」

「ああ。それだけ、お前のことを気に入っているのかもしれないな」


 ……それは、どうだろうか。クラウスさんは悪い人ではないが、俺のことだって特には何とも思っていないように感じる。


「さて、それよりはリーニャンのことだな。……普通に考えればクビにしてしまうのが手っ取り早いのだが」

「……ですが、それだと……リーニャンは――」


 エレナとキャリンが心配そうに顔を見合わせている。

 ……二人とも、それなりにリーニャンと交流があったからだろう。

 一生懸命に仕事をしていた彼女を見れば、クビにされた後のリーニャンがどうなるかは……明白だ。


「そうだな。……恐らくだが、ヴァンによって消されるだろうな。……リーニャンの評判が悪くないことは私も把握している。まあ、それもヴァンの仕事のためという可能性もあるかもしれないが」

「いや、リーニャンはそんなことはないと思います。……本気で殺すつもりなら、俺たちに異変を悟られる前に動いているはずです」


 ……第一、チャンスはいくらでもあったんだからな。俺がそのように言葉を挟むと。


「……肩を持つんだな」


 ルシアナ様は少しだけ子どもっぽく不満そうな声をあげる。……ちょっとだけ、幼児退行状態の彼女が出ている。


「……肩を持つというより、彼女と話をして……他人事だとは思えなかったんです」

「どういうことだ?」

「リーニャンは、妹のためにお金を稼ぐ必要があるそうです。……妹が病でお金がかかってしまうそうで……俺も、自分の力がなくて妹と離れ離れになってしまったから……余計に、何とかしてやりたいと思うんです」

「なるほど、な。妹、か」


 ルシアナ様はどこか遠くへ視線を向ける。それから、ぽりぽりと頭をかいた彼女は、小さく息を吐いた。


「リーニャンをただクビにする、というだけでは……私の評価が下がってしまいそうだな。……ロンド、何か策はあるのか?」

「……まずは、リーニャンの妹の存在について調べたいと思っています。恐らく、今もどこかで療養していて……人質のような状態にあると考えられますのでそちらの救助ができれば……何とかなると思います」

「そこまではいい。だが、病なのだろう? 薬などに金がかかるのなら、その負担はどうする?」

「俺は別にお金を使わないので、その金をしばらく使います。それからは、どんな病でも治せる秘薬を見つけに行きたいと思います」

「……秘薬、だと? 現実的ではないな」

「かもしれませんが……なんとかしてやりたいんです。……俺が、妹を助けられなかったから、余計にですね」

「……」


 ……秘薬を手に入れること自体は、現実的な話だ。

 ゲームに出てくる高ランクダンジョンで、秘薬を入手することはできるからな。

 だから、俺としてはリーニャンの妹を安全なところにまで連れていくことができれば、特に問題はないと思っている。


「分かった。それで、リーニャンの妹の居場所についてはどうやって知るんだ? リーニャンから直接聞くわけにはいかないだろう」


 そこが、問題なんだよな。今から、調べるには時間が足りない。

 そう思っていると、キャリンが手を挙げた。


「あっ、それなら私ができるかな?」

「……何?」

「リーニャンちゃんを寝かせれば、私がリーニャンちゃんの夢に干渉してそこからひょひょいって記憶を覗き見れるよ?」


 ……なるほどな。

 俺たちが感心していると、エレナが納得した様子で頷く。


「なるほど。それなら、リーニャンを気絶させればいいということですか」

「いや、食事に睡眠薬でも混ぜて昼休みのときに少し眠らせればいいんじゃないか?」

「……気絶する感覚というのも悪くはないものですが、より確実な方法があるのならその方がいいですね。そちらは、私が手配しておきましょう。ロンドさんは、リーニャンに気づかれないよう食事をしていてください」

「分かった」


 打ち合わせが終わった俺たちは、リーニャンに気づかれないよう昼休みまでの時間を過ごしていった。

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