第42話

 次の日。俺はクラウスさんとの訓練のため、庭へと向かっていた。

 この前のヴァンの一件から、俺はますます訓練に力を入れるようになっていた。

 ……ヴァンの件が落ち着いたとはいえ、力がなければ言いなりになるしかないのがこの世界の常識だ。

 

 ルシアナ様を守るのはもちろん、今の自分の生活を守るためにも、もっと強くならないといけない。


「来たかロンド」

「お待たせしました」


 庭に到着すると、クラウスさんが待っていた。いつものように剣を手にして、俺を見ている。その目はいつものように鋭く、こちらを射抜いている。

 俺は彼の前に立ち、剣を構えた。


「……今日はいつも以上に気合が入っているな」

「……はい。もっと強くならないといけないんです」

「そうか」


 そう言うと、クラウスさんは俺に鋭い目線を向けた。


「それならば、全力でかかってこい」


 クラウスさんが剣を構えたところで、俺は深呼吸し、魔力を全身に巡らせる。まずは【加速】を発動し、一気にクラウスさんへと迫る。

 振り抜いた一閃はしかし、かわされる。カウンター気味に振り下ろされた一撃を俺もかわす。

 しばらく、互いの攻防は続くが、やはりクラウスさんにはまだまだ遠い。


 ……だが、それで終わりではない。

 クラウスさんのように、自分やらも格上の敵と戦わなければならない状況もあるだろう。

 その時に、ダメだった、と諦めるのか?

 諦めるつもりはない。


 俺は、【加速】を二重にかけ、スピードを上げる。

 ……スキルの二重発動は、成功した。ただ、制御が難しい。気を抜けば、体に大きな負荷がかかりそうだった。


「……ほぉ」


 クラウスさんの表情が少し変わった。そこから攻撃を放つが……まだだ。これだけじゃ足りない。

 俺はさらに【加速】の魔力を操作し、三重にまで引き上げる。そして、一気に踏み込んだ。


 俺の剣がクラウスさんに向かって放たれる。風を切る音が響き渡り、圧倒的なスピードでクラウスさんに迫ったが、彼は余裕でかわす。


「なかなかの速度だ」


 その瞬間、クラウスさんが一撃を振りぬいてくる。俺は即座に反応し、受け止める。だが、力でも負けそうになる。

 押しつぶされそうになるのを、【剛力】を二重にかけて粘る。


 ……ギリギリだ。ここまでやってもなお、食らいつくのに精一杯だ。

 それでも、彼の力は圧倒的だが、なんとか耐えた。


「……ふん、よく受けたな。だが――」


 クラウスさんの剣が再び襲いかかってきた。

 俺はすぐに再び【加速】をかけ、一瞬痛みで体が沈む。

 避けようとするが……剣がすぐ目の前に迫る。


「――くっ!」


 その瞬間、俺は思い切って全身に強烈な力が走るが、なんとかその一撃を回避することができた。


 クラウスさんは俺がかわすと思っていたようですでに次の攻撃が迫っていた。

 その一撃に俺は【剛力】を三重にして剣を振り下ろした。今までよりも遥かに重い一撃でクラウスさんを迎えうつ。


 だが――。


「ほぉ……!」


 クラウスさんは一瞬よろめいたものの、すぐに体勢を立て直して受け止めた。

 俺の剣が彼の剣に叩きつけられ、激しい衝撃音が響き渡る。


「はああああああっ!」


 さらに俺は力を振り絞り、もう一度剣を振りかざす。

 クラウスさんの剣に力で押し切ろうとした寸前、剣を返すように動かして力の向きを変える。

 その一瞬で、クラウスさんの体勢を僅かに崩し、そこへ剣を振り抜く。


「……やるな」


 クラウスさんが俺の剣を受けたが、その表情には微笑が浮かんでいた。

 そして、俺の剣が彼の肩口をかすめ、かすり傷を負わせた。


「っ……! す、すみません! クラウスさん!」


 俺は思わず謝罪の言葉を口にしたが、クラウスさんは笑みを浮かべて首を横に振った。


「いや、気にするな。次の訓練を始めるぞ」


 そう言って、クラウスさんは軽く肩を叩いた。

 彼の傷はすぐに回復していく。何かしらの自己回復系スキルを使ったのだろう。


「……これで終わりじゃないぞ。まだまだ訓練は続くからな」

「……はい!」


 そこからのクラウスさんはすごかった。

 さっきよりもさらに動きのキレが増したクラウスさんに、俺はやはり手も足も出なかった。

 もっと、訓練しないとだな……。




 私がいつものように執務室で書類を確認していると、クラウスが静かに部屋に入ってきた。相変わらず、ノックなどをすることはない。

 視線を一度向けてから、私は手元の書類へと戻した。


「どうした、クラウス?」

「ロンドは何かあったか? 今日はいつにも増してやる気に溢れていたぞ」

「……この前、ヴァンが訪れると話しただろう? 最近の出来事はそのくらいだが」

「なるほどな。良い部下に恵まれたなルシアナ。あの男、わしに一撃を当てたぞ」

「……なんだと?」


 私は思わず書類を置いて顔を上げる。ロンドが、クラウスに……? 本当に、あのロンドがそこまで強くなったのか?


「本当なのか?」

「ええ、あいつは敏捷が足りないと感じたところで、スキルを二重、そして三重にかけてみせたんだ。それが見事に成功した」

「スキルの重ねがけなんて……聞いたことないぞ?」

「わしは見たことがあるがな。高等技術であることは間違いないな。とにかく、奴はかなり力をつけているぞ。この屋敷にいる兵士どもよりも強いのではないか?」


 ……かも、しれないな。

 【加速】の三重がけ……そんなことができるなんて、ロンドがそこまで上達していたとは……。

 

 私は驚きと感動が入り混じりながら、クラウスの報告を聞いていた。


「……それで、一撃を喰らって無事だったのか?」

「ああ、もちろんだ。わしにとってはかすり傷のようなものだ」

「そうか。介護費用でも要求されたらどうしようかと思ったぞ」

「ふん、生意気なやつめ」


 クラウスはそう言って鼻を鳴らした。


「ロンドがそこまで強くなるとは……お前に指導を任せて正解だったな。ありがとう」

「ふん。わしがいなくとも、奴ならば一日で強くなっていただろう。とにかく、これで失礼する」


 クラウスはそう言って、静かに部屋を後にした。

 そうしようとした時だった。彼は最後に一度だけ視線を向けた。


「わしは、この国の王が誰になろうとも構わない。だが、ヴァンは嫌いだ。だから、忠告しておく」

「なんだ?」

「奴がここ最近私兵を動かしていると聞いた。お前と面会した後から、何やら不安な動きがある。せいぜい、気をつけるのだな」

「……そうな。それならば、お前が屋敷に滞在してくれはしないか?」

「わしにはわしのやるべきことがある。お前たちの兄弟喧嘩に付き合っている暇はない」


 ……まあ、彼はそういう男だろう。

 忠告してくれただけでも、感謝するべきだろうな。

 クラウスが去っていったあと、私は内心でため息を吐く。


 ……面倒くさいなぁ、と。

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