第40話
次の日、俺たち専属の使用人たちの昼食の後の休憩時間に、俺はエレナたちともに話をしていた。
「エレナ……ちょっと聞きたいことがあるんだが、ルシアナ様の兄が今度、この会いに来るって聞いたんだけど」
俺の言葉に、エレナはぴくりと眉尻をあげた。キャリンもまた、少し表情が引き締まっていく。
「はい。そのようですね。……といっても、今回我々に落ち度はないので、下手な要求をされるようなことはないと思うのですがね」
「だけど、ルシアナ様の兄は結構……やばいんだろ?」
「……やばいですね。変な言いがかりをつけてくることは間違いないと思いますよ、ヴァン様は」
「ヴァン様って言うんだな」
「ええ、そうですね。あまりいい噂を聞かない人ですよ」
「……みたいだな。あんまり詳しくなかったけど、その名前で誰かに聞いたらだいたい皆苦笑いしてたよ。具体的には、どんな人なんだ?」
俺はエレナに問いかける。ヴァンという人物についてはあまり具体的な情報がなかった。
ゲームでも名前くらいは聞いたことがあったのだが、その程度という認識だ。
「そうですね……ヴァン様は王位継承争いに参加している兄弟の中でも、特に手段を選ばないタイプという噂が立っています」
「手段を選ばない、か」
「はい。……気に入らない相手をすぐに消すような人だとも聞いてます。特に、王座を狙う相手には容赦がありませんよ」
「……でも、ルシアナ様は興味がないだろ?」
「そうですが……ヴァン様の味方にもなっていませんからね。だから、気に食わないのだと思いますよ」
……面倒だな。ルシアナ様は特に興味ない、無関係でいたいというのに……立場がそうはさせてくれないんだもんな。
エレナの言葉に続けて、キャリンが口を開いた。
「ヴァン様って、孤児たちを集めて世話をしているんだよ。表向きはね」
「……表向きは?」
「うん。実際は、孤児の子たちを奴隷みたいに鍛えて徴兵してるんだって。いうこと聞かなかったら行く当てもないから、皆仕方なく言うこと聞くしかないんだよね。でも、表向きは孤児たちに仕事を斡旋して、子どもに優しい人、って感じでアピールしてるんだけどね」
……酷いな。
孤児たちからすれば、ヴァンに従うしかないもんな。
「他にも裏では色々とやっているそうですよ。何人かの王族の死にも関わっている噂があります。……まあ、これはあくまで噂ですのでそれだけで決めつけるわけにはいきませんが」
「あんまり、関わりたくはないな」
エレナの声には、軽く嫌悪感がにじんでいて、聞いているだけでもあまりいい印象はなかった。
「ヴァン様はどんなことを要求してくるんだろうな」
「ここ最近、ヴァン様の領地は不作が続いていますので、食糧などの要求ではないでしょうか。あるいは、兵も足りていないそうなのでそれらの要求かもしれませんね」
「……不作、か。この領地だとそんなことはないな」
「ええ。不作の土地にはポーションを肥料してまくと効果があるのですが……ヴァン様の領地ではそれらに割く予算がないというのは耳にしました」
「領地運営がうまくいってないのか?」
「単純に、ヴァン様の才能がないのもそうですが……本人が無駄遣いしすぎなのだと思いますよ。過剰に税を巻き上げ、領民たちも苦しんでいますし……場合によっては、この領に逃げ込んでくる人もいるそうですし。それで、余計にヴァン様から目をつけられてしまっている部分はあるみたいですが」
「……なるほどな」
そこは、ルシアナ様の優しさ故なんだろうな。
とにかくまあ、何事もなければいいんだけど……そういうわけにもいかないだろう。
俺にできることは、ルシアナ様を守ることくらいだし……もっと訓練を頑張らないとな。
話していた通り、ヴァン様が屋敷へとやってきた。
俺はルシアナ様とともに応接室へと向かう。
「ルシアナ。妹のくせにオレを待たせるんじゃねぇ」
「すまないな、ヴァン」
……ルシアナ様はあくまで対等な関係として、話をしている。ルシアナ様の返事が気に食わないようで、ヴァンは苛立った様子だった。
ヴァン様は……長身で痩せた体つきをしている。
その目は冷たく、鋭く細められており、何かを見下すような嫌味な輝きを放っていた。
鼻筋は通っているが、口元には常に薄い笑みが浮かんでいる。……事前に聞いていた話があるせいで、彼のそんな笑みが嫌味な笑みに見えてしまっているのは、俺があまりにも歪んでしまっているだろうか?
彼の身にまとう上品な貴族服は黒と金で縁取られ、派手さが強調されている。
まるで、権力を見せつけるための服というような、飾り立てた感じだ。
さらに、彼の指にはいくつもの装飾の凝った指輪がはめられていて、それがまた威圧感を増しているように見える。無駄にゴテゴテしたデザインのそれらは、自分の財力をひけらかすための道具でしかないと感じさせる。
ああ、ダメだ。どこをどう見ても穿った見方をしてしまう。
彼が持つ全体の雰囲気は、いかにも「嫌味で、貴族特有の傲慢さ」を漂わせており、その場にいるだけで場の空気が重苦しくなるような存在感を放っていた。
「それで? 何の用だ、ヴァン。私も忙しいのだが」
「それが、人の領地に兵を派遣した人間の態度なのか?」
「……それについては、きちんと説明をしただろう。こちらの領内にいた魔物がそちらの領に入ってしまったため、仕方なく討伐に向かった、と。そのまま放置したほうが問題だろう?」
「どうだか。オレ様の首をとるために、兵を派遣したんじゃねぇのか?」
「……」
ルシアナ様の声には冷たさがこもっていたが、ヴァンは気にする素振りもない。
……この内容だけでは、ルシアナ様にも非はあるからな。
「ならば、何を求めているんだ?」
ルシアナ様のその言葉を待っていたとばかりに、ヴァンがにやりと笑みを浮かべる。
「オレの領地の兵が少し不足している。だから、少しお前のところから兵を貸せ」
目的は兵力の要求のようだ。
ヴァンは穏やかに話しているが、その目は明らかに冷酷さを帯びていた。ルシアナ様はすぐに反応する。
「それは無理だ。私の領地の兵も多くはない。第一、私がお前に兵を貸したとなれば、それこそ周りからは同盟でも結んだのかといらぬ誤解を与えるだろう」
……なるほどな。ヴァンの狙いはそこもあるのか。
中立であるルシアナ様を自軍に引き込んだと周りにアピールしたいんだ。それが、仮に誤解だとしても、な。
ルシアナ様は断固として拒否するが、ヴァンは一歩も引かない。
「逆らうつもりか、ルシアナ?」
ヴァンの声が低くなり、威圧感が増す。彼の部下たちがぎろりと視線を向けてくる。
……こちらも兵士はいて、少し空気が重くなる。お互いに部下同士で睨みあっている中、ルシアナ様はゆっくりと口を開いた。
「私は、ただ領地の安全を守りたいだけだ。無理な要求を受け入れるわけにはいかない」
「ふん、気に食わん態度だ。兄に逆らうなんてな」
ヴァンはルシアナ様の腕を乱暴に掴もうとする。しかし、俺がすぐに彼の腕を止めた。
「なんだ、貴様?」
「使用人の立場で、割り込んでしまい申し訳ございません。ですが、あくまで今回は話し合いのために来たのですよね? ルシアナ様への暴力に関しては、ルシアナ様への宣戦布告ともみなされる行為になりますよ」
「暴力? これは兄妹のじゃれあいだ。平民風情が、邪魔をするな」
ばしっと俺の手は弾かれる。
ヴァンが苛立ったようにこちらを睨みつけてきたところで、ルシアナ様へと視線を向ける。
ルシアナ様も負けじと睨み返す。
「ヴァン。この場で兵を動かせば、本当に話し合いでは済まない自体になることは分かっているだろう?」
「オレ様を警告しているつもりか? 王座継承争いから逃げた腰抜けの分際で」
「私は別に、王座に興味がないだけだ。誰が王であろうとも、変わらず今の仕事をするし新しい王が私を不要だというのであれば、その仕事もしない。それだけだ。……それで? ……お互いの兵をぶつけあうか?」
ヴァンの兵士たちは威圧的な態度を崩さない。それに対抗するように、こちらの兵たちも腰に差した剣に手を伸ばす。
「……ふん。だが、そちらの平民の執事は、次期王であるオレ様にあれだけの無礼を働いたんだ。……このまま帰るわけにはいかんな」
「私を守るための行動だ。いうなれば、私の声を代弁したにすぎない」
バチバチとヴァンとルシアナ様は数秒ほど睨みあったところで、ヴァンは舌打ちをした。
「……ふん。勝手に人の領地を侵犯するなよ、腰抜け」
「ああ。分かっている。申し訳ないな」
ヴァンは帰り際に俺をちらりと見てから、部屋を去っていく。
……一瞬、ではあったがかなり苛立った様子だった。
目をつけられてしまったかもしれない。
ただ、ひとまず何事もなくヴァンとルシアナ様の面会は終わりを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます